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第89話 あれはセプテントリオン

 自宅に帰ってきて夕食朝食を済ませた後、徒人は2階に向かって階段を登っていく彼方を見つけた。顔が赤いので風呂上がりなんだろうが浴衣が普段着のように見えてしまって全く色気を感じない。まあ、色気を感じたらトワに怒られそうではあるが。


「彼方、お前の部屋は1階じゃないのか」


「当方の部屋は1階だよ。屋根に登って星を見るんだよ」


「屋根? 出れる所あったけ?」


 徒人は2階の間取りを思い浮かべるが屋根に出られるところなどなかった気がする。

「フッフフフ、明智くん。窓から出るのだよ」


「窓? 俺か和樹の部屋しかないじゃないか」


 彼方の怪しげな態度に徒人は不安を覚える。


「ご名答。だから神蛇さんの部屋から出て行くんだよ」


 彼方は言うや否や階段を駆け上がって行く。鍵は掛かってないが勝手に入られたくない。第一、転移陣の鏡の件で冷や汗をかいたばっかりなのに。

 駆け上がって行く彼方の浴衣がはだけて足が、白い裏もも側の辺りまでが見えた。


「パンツ見えてるぞ」


 これで足が止まるだろうと徒人は言葉で牽制する。


「神蛇さん、残念だったな! 当方はふんどしだ!」


 彼方が階段を駆け上がって2階へと到達する。え? ふんどし? 予想外の事に不意を突かれた徒人は頭が真っ白になった。だが次の瞬間に動きを止める為の罠だったと気付く。


「汚いぞ。嘘吐いたな!」


 彼方の軽やかな笑い声が返ってきただけだった。徒人が急いで2階の廊下へ上がると自室のドアが開いている。


「さらばだ。明智くん!」


 彼方は窓から屋根へと出る瞬間だった。慌てて追うが彼方は屋根へと逃げてしまった。

 徒人が慌てて窓から顔を出すと体育座りの彼方はこっちを見ている。もしかしてこれも罠?


「神蛇さんの部屋の中に興味なんかないよ。既に調べたしね。それより、ほらほらケチ臭い事は言いっこなしで」


 瓦屋根に座る彼方は窓から顔だけを出した徒人を手招きしている。その様子は夏の花火大会の前の女の子みたいでなかなか似合っていた。

 夜風は黒鷺城の物と比べると肌寒いし、夜空は明るいが星に関して知識がない徒人には面白そうな物には思えなかっただがこのまま文句を言っても彼方の性格なら面白がっても素直に応じたりしないだろう。

 徒人は諦めて向こうの要求に応じて屋根へと出た。素足なので昼間の熱を奪われた瓦がひんやりとして冷たい。あまり楽しくはないが座っていた彼方の隣に座る位置を確かめながら座る。落ちて怪我をしたら祝詞に怒られるだろうし、格好悪い。


「彼方、仮面の勇者と戦った時に最初の落とし穴にワザと落ちたんじゃないか?」


 取り敢えず、徒人は岳屋と戦った時に感じた疑問を振ってみる。


「そうだよ。雑魚相手ならアニエスさん1人でみんなを守り切れると思ったし、あの時は土門さんも居たからね。なら手っ取り早く分断されたふりをして勇者を潰すのが先だと思ったからあの組織は仮面の勇者に頼りきってたから倒されたら瓦解すると推測したんだ」


 彼方は北の空を見上げたまま、呟く。その表情はいつもと違ってどこか悲しげに見える。


「彼方は無茶しかしないな」


「ちゃんと計算して無茶してるよ。その証拠に無茶しても無理はしてないし、それにあの時は神蛇さんが一緒に落っこちてくれたじゃない」


「呆れた奴だな」


 徒人は両手で瓦を掴んで体を支えながら上半身を後ろに逸らす。

 その一言に反感を覚えたのか彼方はため息を吐く。やりにくいなと徒人が肩を竦めた。


「神蛇さん、あの星が分かる? ポラリス、北極星だよ」


 彼方が上空の星を左手で指差して言った。周囲がくらいので元の世界とは比べ物にならないくらい星が明るく見える。


「北極星なんて見えて……ここは異世界だろう?」


 彼方の言った事が理解できないで徒人は瞬きの回数が増える。北極星と言う単語を理解している筈なのに話が理解できない。


「本当にここが異世界ならね。夜空を見て。おおぐま座の北斗七星は分かるよね?」


 ああと答え、徒人は夜空を見上げ、ひしゃく型の北斗七星を発見する。そして小学生の時、理科の授業で教わったとおりに北極星を見つけた。


「あった。……北斗七星と北極星だ」


 以前に冗談で言ったが事実として突き付けられると思考が停止する。


「それでさ。これ、なんか知らないけど使えるんだよね。ほら」


 彼方がコミデを取り出す。そしてその画面を見せた。インターネットに繋がってるように見える。そして画面を操作してGPSによる位置情報らしき出す。

 しかし、画面には文字化けしたのか意味不明な文字とノイズが混じってよく分からない。青くて海上みたいに見えた。それがGPS衛星が辛うじて生きていてアクセスできるんじゃないかと思わせる。だが仮にそんな事がありうるのだろうか。

 メフィストが言ったとおりならこの星は7回の絶滅を繰り返しているのならGPS衛星が生きてる訳がない。


「そんな馬鹿な事が……担ごうとしてないよな?」


 ここで嘘を述べる必要はないのは分かっていたが徒人はそんな事を口にしていた。


「神蛇さん、それは本心から言ってる?」


 彼方が徒人を見つめる。目と目を、それは剣と剣を突き合わせるように。


「いや、取り乱してすまない。これで確かに全く関係ない異世界であると言う可能性は潰れたけどそれより彼方はなんでそんなに冷静なんだ?」


「この世界に来た時に北斗七星を見て見つけたから。そりゃ2ヶ月近くも経てば冷静になるよ」


 彼方の返答に徒人は考え込む。


「だから黄道十二宮の勇者ヒーロー・オブ・ゾディアックなのか。この大陸がゾディアックとか言われてたからそれでかと思って騙されたよ」


「取り敢えず、この世界が当方たちが居た世界なのか並列世界か分からないけど、ここが、この星が地球であると考えた方がいいね」


「彼方は誰かに話したのか?」


 徒人は声を絞り出す。彼方は首を横に振った。


「まだ確証が持てないから誰にも言ってない。それに神蛇さんが居たのがΑの地球で当方が居たのがΒの地球でもそれを証明できないし、今の段階で証明できるのは限りなく地球に近い星で当方たちの召喚は時間移動なんじゃないかって事だけだから」


「だから神前早希は蘇生しないのか。そりゃ異世界だと思ったら地球でしたじゃ古典SFだ」


 彼方の意見に徒人は頭を抱える。同時にトワたち魔族は知っているのだろうかとも思わなくもない。


「さすが神蛇さん。昔の人だけはある。冗談だよ。冗談。つまらない冗談はさておき、多分、冬堂さんもアニエスさんとかなり話し込んでるし賢いから気付いているよ」


 徒人の表情を見て感じ取ったのか、彼方は苦笑いを浮かべながら両手を自分の前で左右に振って訂正する。


「だとしたら問題は」


「勿論、剣峰さんも十塚さんも知ってると思うから、問題はリーダーだと思う」


 彼方が導き出した回答に徒人は自分でも分かるくらい表情が歪んだ。


「祝詞が出来るだけショックを受けないタイミングで話す、か。その打ち合わせも兼ねてここに引きずり出したのか」


 彼方がワザとらしく視線を外してみせた。

 食えない奴だなと徒人は肩を竦める。


「一応は帰る手段と言うか時を遡る手段を探さないと」


「意外だな。彼方は帰る気がないように思えるんだが」


 その言葉に彼方は微笑んでみせる。


「それは神蛇さんも同じでしょう。人の事を言えるとは思えないけど……ここに好きな人が居るんじゃないの?」


 徒人はその指摘に視線を逸らして夜空を見た。我ながら反応が露骨過ぎる。なんとも情けない話だ。

 それを見た彼方は声を漏らして笑っていた。

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