第9話 街へお出かけ
一旦、万屋と宿舎に戻って戦利品を売ったり荷物を下ろした後、徒人は夕方の街を適当に歩いてみる事にした。勿論一人で。
「アニエスはまいたか。……15になったら回復魔法覚えられる職業に転職したら問題ないよな」
徒人は着替えて市民らしい服装で擬態する。帝國では黒髪で黄色人種は珍しい上に宿舎から出てくる様子を見られていたら身も蓋もないないが──
「えーと戦士寄りの騎士に──」
紙に書かれた中級職リストと睨めっこしながら徒人は読み上げる。祝詞との約束もあるが単独行動する為にはどうしても回復魔法を習得しておく必要がある。
「騎士は戦士寄りで回復魔法が使えますが剣士の利点が消えます。行動速度が落ちてしまいますので」
振り返るとメイド姿のアニエスがニコニコしながら手を振っていた。
「お前がいると目立つよ」
徒人がダッシュして置き去りにしようとした瞬間、天地が逆転していた。
そして徒人が地面に叩きつけられる前にアニエスが彼の身体を反転させてダメージが少ないようにうつ伏せにして落とした。
勿論、常人の出来る技ではない。
「どうせ、ご主人様の容姿だと十分目立ってますよ。それに稀人は日本人とか言う人種が多いですし、町の人は稀人か稀人の子供くらいにしか思いませんよ」
そしてアニエスは徒人が投げられた衝撃で話してしまった中級職リストの書かれた紙をキャッチして見せた。
「相変わらずはっきり言うな」
悔しいがこのサラキアの街中では日本人を見かけたら異世界から召喚された者たちと言う事になってしまう。
「はっきりと言うのが自分の忠誠ですから。取り敢えず、街まで歩きながらと言うか、そこの転移陣が使えますから歩きは止めましょう」
「それを言う為に投げ飛ばしたのか」
アニエスは笑って誤魔化した。まあ、いい。歩くよりはマシだ。
徒人はアニエスに言われたとおりに転移陣を使い、街中へと移動した。何処かの建物らしき場所に出る。そして転移陣近くに見張りのおっさんがこっちを睨んでいた。市民っぽい格好だがその視線の鋭さは一般人ではない事を伺わせた。素早くアニエスが近寄って何やら話した後、彼が口を開く。
「新しい人かよ。認識票は首から提げて置いてくれよな。ちょっとビックリしたぜ」
軽く叱られるのと同時にアニエスが徒人の首に何かを掛けた。よく見るとここの言葉で神蛇徒人と書かれていた。
読めるのは[異世界言語]のスキルのお陰だった。
「……認識票を忘れたのか」
「あんちゃん、無くしたり忘れたり、スラれたりしないように気をつけなよ」
おっさんはそれだけ言うと徒人に興味を無くしたのか、転移陣の監視に戻る。
「ボーッとしてても仕方ないでしょうから行きましょう」
アニエスに促されて徒人は転移陣のあった石の建物から出た。大通り近くで一つか二つ路地に入った場所らしい。
「取り敢えず、さっきの続きを」
「駄目ですよ。直接調べたら……スキルがあるんですから自分に聞いて下さい。それで魔王の蛇の効果が発揮できるんですから」
徒人が紙を取り戻そうとしたら小声で叱られてしまった。
「じゃあ、アニエス。早速だけど俺があと1レベルでなれる中級職を教えてくれ」
「はいはい。超有能天才メイドのアニエスちゃんがお教え致しますよ。まず、騎士は戦士寄りで回復魔法が使える……ぶっちゃけて言うと回復魔法が使えるようになる代わりに一部の武器が使えなくなる戦士ですね。さっきも言ったとおり行動速度が遅いです。で次が剣騎士、純粋に回復魔法が使えるようになった剣士と言って良いでしょう。デメリットが単体にしか回復出来ない事です。自分には回復出来ますからご安心を。3つ目は錬金剣士で剣に攻撃魔法の属性を乗せる事が出来ます。回復魔法を覚えたらこれになって堅い敵相手の戦い方を覚えるのもいいかもしれません。デメリットは範囲剣技を覚えません。最後は盗賊剣士。盗賊寄りの剣士ですね。盗んだり強奪したり出来ます」
一々ポーズを決めながら器用に歩くアニエス。目立って仕方ないのは確かなんだが変な人間は慣れてるのか、大通りを歩く市民たちの反応は薄い。
「強奪と言うのはスキルとか奪えるのか?」
チートかもしれないと思って詳しく聞いてみる。
「いえ全然。奪えません。持っているアイテムとかだけです。ただの中級職でスキルを奪えたら大変じゃないですか」
「夢がないな。ん?」
何やら出したまんまにした精霊さんが騒いでるので見てみたら職業熟練度が15に上がっていた。抗議だと思ってしまった。
「お、上がりましたか。これで帰りにウェスタの巫女神殿へ寄れば中級職ですね」
「速いの?」
下らん事を聞きながら次に何になるかを考える。剣騎士になっておくか。
「当たり前です。黄道十二宮の勇者なら半日で上級職に就いたとか言われてますが……人間側の作り話でしょう」
今度は本当に怒られてしまった。
「あれは?」
大通りの少し離れた位置のテントで隠れたように商売してる連中が居た。なんか黒くて厚い布の向こうで怪しいおっさんたちが何やら話し込んでる。
「奴隷の売買ですね」
徒人は思わず懐を確かめる。
「甲斐性ないんですからやめておいたらどうですか。第一、美少女奴隷なんか売ってませんから」
正面から冷たい視線が突き刺さる。しかもやけにピンポイントなツッコミ。
「買わないのに」
アニエスの言葉に反論してみるが明らかに言い訳っぽい。それに一々言う事が当たってそうなのが悲しい。
「それにEDで何するんですか。あと魔王様がいい顔すると思っているんですか。それと余計な人間を増やすと秘密の漏洩を気にしないといけなくなりますから駄目ですよ」
さすがにスパイ。よく観察してるとも思わなくもない。
「は、反省してます」
徒人はそういうのがやっとだった。
「それに見ておいて下さい。あれは美人局です。それにこの国で奴隷を持てるのは貴族階級以上ですから稀人には無理です」
アニエスが言いながら徒人を引っ張る。
路上から見た場合、徒人の姿は上手い具合に店先の看板で隠れた。
引っ張られる前に悟の姿が見えたような気がした。
「最後に大体こんな所で売買するのは公認されても怪しいと思いませんか?」
「言われてみれば……スパイ狩り?」
「違いますよ。引っかかった奴の弱みを握るんですよ。稀人が気に入らない連中がよく仕掛ける罠です。何故か妙に引っかかる人たちが居ますから」
徒人は指摘されて納得がいった。
さぞ効果があるだろうに。看板から片目だけを出して覗いてみるが悟の姿はなかった。ただの気のせいかと思われた瞬間に言い争う声と共に悟がテントから勢いよく吹き飛ばされ、反対側で開いていた店の中に突っ込んでいった。
「ちなみにあの向かいの店もやらせです」
アニエスの言葉に徒人は苦笑いする。頭からつま先までド嵌まりしてる訳か。どこの世界も鴨る相手は変わらないんだなと呆れかえる。
勿論、他人事なのだから。
「お、そこの君! 僕に加勢してくれ!」
悟はふざけた事にこっちへ助力を要請してきた。勿論、徒人には加わる義理はない。
「逃げますよ」
「おう」
徒人が返事をするや否やアニエスはその手を取り、兎の如く駆け出していた。 悟が何やら言っていたが見捨てて逃げるのは気分が良かった。あいつがやらかしてくれると本当に勉強になるな。
今日は森Gやネズミに襲われたのに徒人の心は晴れ晴れしていた。ただし、アニエスに乱暴に扱われて引っ張られたまんまだが──
【神蛇徒人は剣士の職業熟練度が15になりました。[行動速度増加1]と[逃走]のスキルを習得しました】