第81話 鏡
2階の徒人の狭い部屋、正確に言うと六畳間に7人も集まれば圧迫感は結構なものだった。アニエスと和樹はドアの向こうの廊下で無表情で部屋の中を眺めている。
徒人は部屋の中に入っているが祝詞にドアの隣に立っていてと言われてしまってずっと立ってガサ入れの真似事を黙ってみていた。変に騒いで転移陣や媒介になってる鏡に何かあっては話にならないからだ。
祝詞、彼方、終、十塚の4人で徒人の部屋を荒らしまわっている。と言っても元あった物はそれ以上に片付けて直しているのでガサ入れと呼ぶには相応しくないのかもしれないが。何気に全員女子力が高いのか部屋は4人が探し始めた時よりも整然としている。
「何も出てこないな」
祝詞が押し入れから布団を出して奥を調べた後、気になったのか丁寧に畳み直しながら布団を戻す。
「当たり前だ」
「本当に寝て帰るみたいな感じ。なんか置こうよ」
黒鷺城に戻ったりしてるからこの自室は殆ど寝る為に帰るスペースになっている。特に最近は。
「当方、期待してたんだけどベッドの下にエロ本とかないのか。凄く肩透かしなんだけど」
「未来人がエロ本を探してどうするんだ?」
「弟居るって言わなかったけ? 弟がそういうの持ってなかったから神蛇さんの部屋にあるかなとか思ったんだけどこの部屋だとベッドをまず置けないよね」
和樹のツッコミに彼方は畳を上げてみるが何もなくてすぐに下ろして丁寧に元に戻す。
「でも当方の時代は電子化してたからそういうのなかったんだよね」
「ならなんで俺が持ってると思う?」
別の事でヒヤヒヤしてる徒人にとっては怒りを覚えずには居られないが出来るだけ顔に出さずに聞く。終と十塚の2人がスパイだったらこの部屋に何かあると思われるのはマズイ。
「いや、ノリかな。男の人の部屋って覗いてみたいじゃない」
「分かるわ。浮気した彼氏の部屋とかガサ入れは基本やしな」
彼方のトンデモ発言に終が頷く。
『確かに確認できるならしておきたいですよね』
心の中でトワの声が聞こえたが徒人は聞かなかったフリしてやり過ごそうとする。
「やった事あるんですか?」
「残念ながらないんよ。あったら面白かったんだけどね。こっちの世界に来るくらいなら1人くらい口説いておけばよかったかもしれない」
アラ探ししていた4人は諦めたのか、既に雑談に移行し始めていた。
『不愉快ですよね。徒人のお部屋を荒らしても良いのはわたしだけなのに』
心の中に直接聞こえてくるトワの声はちょっと怒り気味だった。
『怒るポイントはそこなんですか?』
『勿論、そこです。でもここは転移陣以外は空っぽですから問題ないとは思うのですがやはり気持ちのいいものではありませんよね』
徒人はちゃんと考えてるんですねと思ってしまった。
同時に心の中に冷たい冬の山風が吹いてくるような感覚に襲われる。
『徒人、わたしが頼りなさそうに見えても一応は南の魔王なのですからそういう認識は止めて下さい』
声のトーンとしてはトワは怒っては居ないし、口調も普通なのだが徒人は実際に震えるのを必死で止めた。アニエスと祝詞以外に震えてる姿を見られたら不審がられるだけだ。
『ごめんなさい。トワさんが魔王だって事はよく分かりましたから』
一先ず謝ったのだが今度はトワが面白くないのか肩を落としている姿が見えた気がする。
『ただ乙女としてはそこで魔王と認識されるとちょっと傷付きます』
徒人にはトワがなんか構ってちゃんオーラを出しているように思えた。
さすがに好きな人でも遥かに年上なのにちょっと面倒だなと思うのを必死で堪える。そんな事がトワに知られたらまた何日凹まれるか酒乱モードに戻られるか分かったものではない。
『トワにとっての程々の基準が分からない』
『長く付き合えばそのうち分かるようになりますよ。……徒人が聞かなくてもいい話は終わったようですね』
そんなやり取りをしてる間に4人の女子──2人ほど二十歳過ぎが居るが雑談を切り上げようとしていた。もしかしてこの会話を聞かせたくなかったんじゃとも思わなくもない。
十塚が浮気した彼氏の家に合鍵使って入ってチェックしたとか言う話だったが徒人には詳細はよく聞こえなかった。
「剣峰さんの恋話?」
「にならないのよ。ごめんな。これは古風で大きな鏡やね」
祝詞が珍しく食いついていたのだが終は小さな机の上に乗っていた大きな鏡に気をかける。
勿論、転移陣の発動に使っていた鏡でアニエスが引っ込めたのかと思えば時間がなかったのかそのままだった。引っ込めた方が怪しいと判断されると思ったのだろうか。
『転移陣に使う鏡ですね』
トワの声が響く。
「古いけど物凄くいい鏡やね」
終が手にとって眺めている。
「駄目ですって貴重な品なんですから」
徒人は終の手から大きな鏡を取り上げる。
その瞬間、何か突き刺さるような視線いや感覚を感じた。獲物を見つけたライオンに見つめられた。いや違う。これはもっとおぞましい存在が放った殺気なのだろうか。初めての感覚に徒人は判断を下せない。
「慌ててどないしたん? ちょっと見てただけやん。徒人ちゃんのを取ったりせいへんよ」
終は感じなかったのか何事もなかったかのように振舞っている。
『部屋の中でしょうか? 外からでしょうか? その場に居ないし、スキルもないわたしには判別がつきませんでした』
徒人はトワに返答できなかった。額を一筋の汗が垂れる。混乱して叫びだしたくなるのを必死で耐える。
「徒人ちゃんが焦ってるし、もうこのくらいでええかな。酒もないからワームポットを受け取りに行かへん?」
終はヘラヘラとして提案する。彼方は何かを感じ取ったのか先程までと違って無表情になっていた。




