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第80話 酒は要らない厄災を招く

 徒人はトワによってそれこそ隅から隅まで洗い尽くされてしまった。

 それでもアニエス曰く、トワの吐いたアルコールの臭いが取れてないと嫌なお墨付きを賜る羽目になってしまった。

 その後、トワの寝室に、天幕付きのベッドまでお供する事になって結局は朝まで彼女の寝室で抱枕の代わりをさせられる運びになった。自分が万全の状態なら生殺し状態にならない物を──

 ちなみに寝間着のズボンは乾かなかった。いや正確には乾かす事は出来るけど魔族臭くなると言われたので断ったのが事実だが。半端な状態で持ち帰って祝詞に噛み付かれるのは避けたいし、臭いが落ちきってないと使用人たちに指摘されたので寝間着は黒鷺城に置いてきた。

 そんな徒人の心境を現すかのように窓の外は朝から曇っていた。


「朝までコースなのは自分のせいなのでそこは祝詞さんに上手く誤魔化しておきます」


 徒人の部屋のドアを開けて立っていたアニエスが首から上だけ部屋に入れて言う。既に布団は上げてたから彼女の出番はない。


「あ、ありがとう。それより聞きたいんだが」


「何なりと仰って下さい。置いてきた寝間着ならあの方が乾かした後、全力で鼻面を押し付けてご主人様の匂いを嗅いでる可能性がありますが気にしないで下さい」


 アニエスが変な話をするのでこっちが緊張してしまう。と言うか、寝間着をクンカクンカしているトワさんの姿が見えたが頭を振って追いやる。


「俺、まだ臭ってる?」


「はい。人には嗅ぎ取る事が出来ないかもしれませんが自分の鼻には前のご主人様の匂いとアルコールと吐瀉物(としゃぶつ)の臭いが混ざって酷い事に。……一応、足の付根や大腿部の部分は念入りに洗われたのですよね? とてもじゃないですがそんな感じには思えないですが」


 アニエスは右手で鼻を押さえるような仕草をしてみせた。


「え? どのくらい酷い」


「そうですね。浮気してベッドインして相手の女性の残り香を消そうとしてワザと吐いたら今度はそっちの臭いが取れなくなってそれを取る為に消臭とか書いてるだけの香水を撒き散らしたような感じですかね」


 アニエスの説明を聞いてると徒人は顔の筋肉が引きつっていくのを感じる。皮肉にしか聞こえないんだが。


「浮気した事のない俺にも凄くヤバイのだけは分かった。女の嗅覚だけは侮らない」


「しかし、普通の人間に感じ取れるレベルではないですよ。逆に感じ取れたらそいつは人間じゃないか人間なら嗅覚のスキルを持ってると思うのが普通ですね。それと魔族の胃液と唾液が混じったアルコールなんでなかなか落ちませんよ」


 徒人は眉間に皺を作る。アニエスの言う事は間違っては居ないのだがこういう話の流れになるとろくな事にならない。嫌な予感が──


「おーい。剣峰たちが来たよ。荷物運ぶの手伝ってあげて」


 祝詞が1階から呼んでいる。終曰く荷物なんて殆どないと言う事だが前衛系の男子は徒人しか居ないので必然的に手伝う人間が限られてしまう。


「モテモテですね」


 アニエスが首を引っ込めて全身を廊下に引っ込めた。


「皮肉は止せ」


 徒人は魔剣をベルトに差して部屋から廊下に出てドアを閉めて木製の階段を降りていく。こういうところだけ日本家屋そのまんまの作りで落ち着く反面、異世界と言う事を考えると気持ち悪い気もしなくもない。

 降りると廊下の先の玄関で扉を開けて柱に持たれている祝詞が居た。珍しく制服姿である。こっちに着た時に着てたのだから持ってて当たり前なのだが──やっぱりない。彼方と比べてどっちがないんだろうかなどと不届きな事を考えてしまう。


「制服姿は珍しいな」


 徒人は廊下を抜けて玄関に出て靴を履く。


「巫女装束は一度洗ったんだけどなんかヌメヌメするからもう一度洗い直したら乾いてなくてね。結局はこのザマだよ。天気も悪いから乾かないし」


 祝詞は空模様を恨めしそうに眺めている。


「今日は一日中こんな天気ですかね」


 アニエスがボヤくと同時に門の所に居た和樹が開門している。門が開くと同時に疲れた顔の終と対照的にのほほんとしている十塚が手ぶらで現れた。

 終は片手に荷物らしき包みを持っているだけで大剣も背中に背負ってない。


「獲物も持ってないのね?」


 彼方が不思議そうな表情をしている。


「あ、獲物ならワームポットの中に入ってるよって功績上げてランキング10位以内のパーティなんだからワームポットの話を聞いてないの?」


 終の言葉に全員が怪訝な表情をして祝詞を見た。全員の視線を浴びた彼女はしばし沈黙してから口を開く。


「確か武器を収める事が出来る持ち運び可能なアイテムボックスみたいなのだったけ?」


 祝詞は思い出したのか、次第にその顔が青ざめていく。


「ワームポットはRPGで言うなら武器を収める事ができる武器とアイテム専用のポーチみたいなものね」


 説明と索敵と興味のある事だけ饒舌な十塚が説明してくれた。

 徒人の後ろに居たアニエスが「自分にはよく分かりませんが時空魔法の応用らしいです」と囁く。


「そう言えば、出来てると言われてたけど人員集めの方で頭がいっぱいで忘れてた」


 徒人ですら祝詞に冷たい視線を向けてしまった。


「引っ越しが終わったら取りに行けばいいじゃない。どうせ、ランキング10位以内から落ちたら返せと言われる訳じゃないし」


 終は玄関の戸を潜りながら言う。


「じゃあ、それでいいんじゃないか」


 そんな事で一々揉めるのが面倒だと言わんがばかりに和樹が乱暴に門を閉めた。


「十塚さんは引っ越ししないのか?」


「小生の部屋は物が多すぎてここに運べないんですよ。石造りの頑強な建物じゃないと床が抜けるかも。それに引っ越しするのも面倒だし」


 彼方の問いに十塚はうげぇと言わんがばかりに疲れたような表情を見せる。それだけで彼女の部屋が物で溢れかえってるのが分かった気がする。


「引越しトラックがないと運べないのか」


「それもあるねぇ。ん? フンフンスースー。えーと神蛇君かな? 芋焼酎とか飲んだ?」


 近付いて来た十塚が鼻を鳴らして匂いを嗅いでいる。

 徒人の問いに予想外の返答が返ってきた。アニエスの方をチラッと見ると徒人とは視線を合わせないように背を向けて終の部屋の場所を教えている。旗色が悪くなると即逃げ出すのはやめろよ。


「いえ。未成年なんで飲みませんよ」


「ここらへんに芋焼酎なんてあったかな」


 徒人の後ろにいつの間に終が立っていた。彼女とは背丈が殆ど変わらないので後ろから両肩を掴まれると圧迫感がある。


「カルナさんかな? 神蛇さん、貰うなら当方にも配れるものにしてよ」


 彼方が不満そうに頬を膨らませている。なんとなく原因を察せそうな祝詞は右下から覗き込むように徒人を睨んでいた。朝帰りが完全にバレてる。


「なるほど、女か。女に無理やり飲まされたんやな? 徒人ちゃん、さあ、酒の居所を教えるんや。うちが始末してあげるわ」


 終がお姉さんぶって相談に乗るようなトーンで話し掛けてくる。いつの間に名前にちゃん呼びだった。これが酒の威力なのか。


「酒はないです。つーか、それって単に飲みたいだけなんじゃ……」


「やだな。朝から飲んだりせいへんよ。ただちょっと味を見ようかなって思っただけやんか」


「それは飲酒と言うんですよ」


 徒人のツッコミに終は口笛を吹いて誤魔化している。こいつ、ただの飲兵衛さんか。


「ははーん。よし、引っ越しが終わったら徒人ちゃんのお部屋捜索やな。そうと決まったらさっさと引っ越しを済ませてしまおう。ワームポットを取りに行くのはその後で」


「そうですね。カルナさんから酒をもらっていたのなら捜索しないと」


 祝詞まで冷たい視線で睨みながらその案に乗ってしまった。黒鷺城への転移陣はアニエスが管理してるので自室に入られても多分大丈夫だろうがアニエスがどうやって隠してるかが分からないのでバレないか気が気ではない。


「まあ、なんだ。こんな日もあるさ」


 和樹が他人事のように徒人の肩を叩いた。0時回ってから今日は散々なんだが。

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