第73話 噛み合わない稀人たち 中編
「えーと、2026年には廃刊してるのか?」
真っ先に立ち直った土門がフォローの言葉を付け加える。
「2016年には女性誌くらいチェックしてるよ。だからその頃から見た事ないんだ。ロンロって何? ナンナなら知ってるけど」
彼方は自分のコミデを弄って立体映像にしてそれを見せた。確か女性週刊誌の表紙にはナンナと書かれている。
「う、嘘」
祝詞は完全に固まっている。
「どうなってるんだ? 両方共本物だよな?」
「両方も何も刀谷彼方は当方しか居ないよ」
呆れている彼方が箸で味噌汁から芋を取り出して口に運ぶ。取り敢えず、徒人は座卓の上にあった瓶、鰹節らしき粉を白米に振りかけて箸で食べ始める。今のうちに食べておかないと食い損なう気がしたからだ。
美味しいけどこれ鰹節なのか? なんか違う気がすると思いつつ、味噌汁を飲む。
「似てるけど若干違うな」
土門はコミデで映しだされた写真と女性週刊誌に載った彼方を見比べながら言う。確かに同一人物らしいが妙に違う。コミデで映しだされた彼方は目の前に居る彼方の面影がある。一方、女性週刊誌の彼方は似てはいるが双子の妹のようにどこか違う。受けるイメージだけで言えば、2016年に優勝した彼方の方が清楚な気がする。
「確かに私が持ってる週刊誌の方が可愛い気がする」
立ち直った祝詞がまた要らない事を言ったような気がする。
「失礼だな。結構気にしてるのに、つーか、これでも女子力高いんだから魚を捌かせてくれたらリーダーには負けないから」
「それはありがたい。私、魚触るの嫌いなんだ。魚を捌く役を是非お願い」
その返しに彼方は黙ってしまった。
「そう言えば生は無理だけど切り身魚くらいは食べたいな」
今まで黙っていた和樹がぼやいた。
「港町ジュノーの朝市場にある海魚か水の回廊で取れる川魚なら食べられると思いますが」
隣りに座っていたアニエスが自分のおかわりを入れつつ、助け舟を出す。
「弟子よ、それ、いけるのか?」
「魔物に食い尽くされてなければちゃんとありますし、川魚ですが焼けば問題なく食べられるかと」
アニエスはみんなが飲んでお茶が減っていた湯呑みにこの部屋では異質さを放つ洋式のポットでお茶を注ぐ。和樹への配慮もだけど食べながらもこういう心配りを忘れないのは偉いと思う。
「でも川魚なら当方の出番なくない? それなりにデカいのなら捌いた経験あるから港で丸々一匹買うなら捌くけど」
「心配する所がそこなのかよ」
彼方の心配している所に土門が呆れていた。かなり重要な話をしてるのに彼方はマイペースすぎる。それはそれで救いとも言えなくもないが──
「これは仮説だけど例えば俺らが第6番目絶滅した世界で彼方は7番目絶滅した世界の人間なんじゃないか? だから齟齬が生じてるのかも」
徒人は食事していた手を止めて思いついた仮説を口にしてみる。
「でもその説だとここは異世界じゃなくて遠未来になるんだけど……それなら並列世界が幾つもあってそこから世界と時間を問わずに召喚された方が筋が通らない?」
「仮説も何も根拠がなさすぎる」
祝詞と土門にあっさりと否定されてしまった。彼方は武家の女子の如く礼儀正しく品よく味噌汁を飲んでいる。和樹はアニエスに茶碗を渡しておかわりを入れてもらっていた。慣れた夫婦みたいに見える。
「あぅ」
正直、袋叩きな気がする。フォローも援軍も来そうにない。
「自分がご主人様に申し上げる事はありませんがさすがにその面白い説が当たっていたとしても皆さんは受け入れる事はないと思いますよ。自分たちが滅ぶと言われてはいそうですかと納得できるとは思えません。それに並列世界の方が納得できそうですが……それと手が止まってますよ。早く食べて下さい」
その言葉に徒人は気を取り直して食事に集中することにした。
アニエスは既に食べ終えたのかアヒル座りから立ち上がって席から離れる。正座できないと疲れますねとぼやいていた。
「なあ、みんな、今まで黙ってたがスマホ? スマートフォンとはなんだ?」
和樹の問いに徒人はむせてしまった。見かねたアニエスと祝詞が背中をさすってくれた。幸いだったのは口に食べ物を含んでなかった事だけだ。
「……和樹君は何年から来たの?」
慣れたのかいつもの調子で問う祝詞。
「2006年だけどスマホは携帯の事だよな?」
「そうだよって冬堂さんは当方より20歳も爺さんな訳?」
彼方の言葉に和樹は傷付いたような表情だった。
「彼方が2026年ならそうなるな」
和樹は言いたくなかったのか、珍しく肩を竦めたような仕草をした。
「……なら長老とお呼びしましょうか?」
「先輩と呼んだ方がいいか?」
祝詞と土門が冗談でからかうが和樹は青ざめていた。
「頼むから止めてくれ!」
その言葉に居間は静まり返る。祝詞は頬をかき、土門は髪を触っていた。
「悪かったわ。2度と言わないし今までと同じ呼び方で呼ぶ。それでいいかな」
「すまなかった。事実が大きくてつい余計な方向に流れちまった」
祝詞と土門が姿勢を正して頭を下げた。
納得がいってない和樹にアニエスが近付いて何かを耳打ちする。それを聞いて和樹は複雑な表情でアニエスの顔を見た。
「冗談だろう? 今日聞いた話で一番信じられないんだが」
「さあ、冗談かもしれませんね」
アニエスははぐらかすように笑顔で微笑んでみせた。こいつらが夫婦に見えたのは歳のせいなのかもしれないと徒人は朝食を食べ終えて湯呑みのお茶を飲みつつそう思う。
「取り敢えず、みんながパラレルワールドの住民で冬堂さんがおっさんだって事は認めるしかないね」
「オッサンは余計だ! オッサンは!」
暢気な彼方の返答に和樹が叫ぶ。徒人を含めて笑いに包まれる。彼方はなんだかんだ言いながらも人を和ませる才能があるのかもしれない。
「誰か来ました。足音は二人分」
折角和んだ空気を台無しにするようにアニエスが呟いて居間からふすまを開けて直接縁側へと出た。




