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第72話 噛み合わない稀人たち 前編

 結局、またもや朝に自室へ帰ってきてしまった徒人はトワの残り香を気にして服を着替える。アニエスが気を利かせて似たようなのを用意してくれたので助かった。


「入ってよろしいですか?」


 徒人はああと肯定して服の襟を正す。


「朝食ですよ。結局、匂い対策は断られたんですね」


 ドアを開けて入ってきたアニエスが鼻を鳴らす。やっぱり匂うようだ。


「言うなよ。結果は分かってたんだし」


「取り敢えず、対処法は考えてますので下へ降りてきて下さい。メサイア草の香水は人間にも不快ではないから大丈夫でしょう。祝詞さんにはバレバレでしょうが」


 アニエスは畳に引いたままの布団をテキパキと片付ける。


「気が重くなるような事を言わないでくれ。ところでメサイア草とは?」


「ご主人様も大体は分かってると思いますがトワ様が使ってる香水の原料です。人の気分を落ち着かせたりする効果があると言われてます。トワ様も不安なので余計に多用してしまうのでしょうね。魔族用なんで人間には効果がですぎる可能性はありますけど」


 トワの寝室に行って帰ってくると妙に気分が落ち着いてるのはメサイア草のせいかと納得する。


「ご主人様、納得したら居間へ行って朝食を食べて下さい。早く食べてもらわないと片付きませんから」


 徒人はその言葉に自室を後にして階段を降りて1階の居間へと向かった。



 居間のふすまを開ける必要もなく開け放たれたふすまの向こうでは座卓を囲んで祝詞、彼方、和樹、土門の4人がNを書くように席についていた。徒人を待たずにそれぞれ食べ始めていた。

 祝詞の隣、座卓を囲む5番目の席には徒人の分と思しき、ご飯が盛られた茶碗と味噌汁の入ったお椀が置かれている。

 徒人は少しは待てよとも思わなくもないが電子レンジもないこの世界でわざわざ温かい食事を冷ましてまで待つ気なれないのは仕方ないのかとも思う。


「おはよう」


「神蛇さん、おはよう。この味噌汁、豆腐入ってないんだよ。芋とネギばっかりだし」


 徒人の挨拶に反応した彼方は味噌汁の入ったお椀を見ながらこぼす。席についた徒人は右手に箸を持って左手で味噌汁を飲んでみるが特に不味いとは思わない。

 アニエスが居間に顔を出した。おひつと鍋の隣に腰を下ろす。所謂、アヒル座りと言うスタイルだった。彼女はみんなが終わるのを待っている。


「アニエスも一緒に食えばいいだろう」


 和樹がそう言い出した。


「使用人が主人とテーブルを共にするのは間違いだと思いますが」


「外じゃないからいいだろう?」


 他のメンバーは何も言わない。祝詞が何か言いたげにしているが黙っている。


「ご主人様にも早く食べてくれと言った手前、仕方ないですか。師匠の仰るとおりにします」


 アニエスは予備に置いてあった茶碗とお椀を取り、それぞれに白米を盛り、味噌汁を入れる。


「さっきの続きだけど嫌なら自分で作ってよ。今度は味が薄いとか言い出すんじゃないかと思ってるから」


「味はいいよ。味が薄いのは、あっさりしたのは2023年に死んだ婆ちゃんが作ってくれたし」


 味噌汁を作ったのはアニエスじゃなくて祝詞らしいが彼方の変な一言に引っかかる。


「ん? 2023年? それどういう冗談だ?」


 徒人はその引っ掛かりを無視できないで質問する。


「え? 何言ってるの? 2023年に当方の父方の祖母が亡くなった話だよ」


 彼方以外の全員が凍り付いた。全員が考えないようにしてた核心に触れてしまったみたいだ。だがどうして彼女は2023年なんて未来の事を口にしたのか。


「冗談やめてよ。(わたくし)たちが召喚されたのは2016年5月なんだから」


「冗談じゃなくてただの事実じゃない。みんなで嵌めようとしてるのならつまらないよ」


 祝詞の言葉に彼方の瞳孔がスッと細くなっていく。要らない事を言って朝食を食べ損なう事態になりそうだと徒人は覚悟する。視線の先ではアニエスが器用に箸を使って白米を掴んで口に運んでいた。荒れそうなのに我関せずと言わんがばかりの態度だ。


「彼方、嘘は言ってないんだ。俺たちは2016年の世界からこっちへ来てる」


 徒人のフォローに彼方が出していた攻撃的な雰囲気を一度収める。


「ちょっと待って。貴女は2015年の全国剣道大会の優勝者でしょう? 2016年だったら年齢が合わないじゃないの?」


 慌てた祝詞が座卓の上に身を乗り出して問おうとするが隣に居た土門が「味噌汁がこぼれるから」と止められた。

 聞いていた彼方は何を意味不明なと言い出しかねない表情をしている。


「リーダー、さっきから何言ってるの? その大会なら私は2026年の優勝者だよ」


「え? 何を悪い冗談を」


 徒人は初めて混乱する祝詞を見た気がした。彼方が言っている言葉を受け入れられないようだ。和樹は目をパチクリさせてその様子を眺めている。

 混乱する様子の祝詞を見て彼方は嘘やドッキリの類ではないと感じ取ったようだった。


「彼方、なんか証明出来る物ないか」


「あるよ。ほら、当方は2009年生まれだし、高校入ったのが2025年だし」


 徒人の言葉に彼方が見た事のない新型スマートフォンらしき物を取り出して画面を弄ったかと思うと空中に、座卓の上に立体映像で学生証らしき映像を出した。そこには2026年度府中七夜高校3年生と書かれていた。

 確かに彼方は嘘を言ってない。それより彼女が持っていた新型のスマートフォンの方に対して驚きを隠せない。当然だが徒人はこんな機能を持ったスマートフォンなんか見た事がない。


「そのスマホはなんなんだ? オレは見た事ないぞ。新型か? そんな機能あるのか?」


「スマホ? スマートフォンとか言うの? これはコミデだよ。正式名称はコミュニケーション・ディヴァイス。スマホなんかとっくに消えたじゃないの。当方、ガラケーの方がまだ見た事あるよ」


 土門の問いに対して彼方が冗談勘弁してと言いそうな表情で笑う。

 徒人もその説明に凍り付いてしまう。カルチャーショックではないけど2026年とか言われても信じられなかったが新型のスマートフォンいやコミュニケーション・ディヴァイスを見せられたら信じるしかない。


「そのスマホ……じゃなかった。コミデは電池切れないのか?」


 徒人は声を絞り出す。異世界に来てから随分経つのでスマートフォンならもう電池が切れてる頃だ。


「何をば……コミデは永久電池と言うか体温発電と太陽光発電搭載だから電池なんか切れたら大問題」


 その言葉にアニエス以外が再び凍り付いた。彼女だけが黙々と朝食を食べている。祝詞が何かを思い出したのか立ち上がって居間を出て行った。そして男である徒人ですら知っている有名な女性週刊誌ロンロを持って戻ってくる。


「これ、貴女じゃないの?」


 祝詞が開いたページには彼方らしき人物がトロフィーを持ってる写真が一面にデカデカと載っていた。だが髪の毛の長さが微妙に違う。この写真に写っている彼方はおかっぱではなく肩を超えて伸ばしている。


「2016年なら当方の叔母さんだよ。ほら」


 彼方が指でコミデを操作して写真を立体映像になった写真を映し出す。そこには彼方以外によく似た人物が2人写っている。小学校2年生くらいの彼方を肩車した母親らしき女性と隣にはロングヘアーで高校生くらいの少女がトロフィーを持って写っている。


「嘘」


 証明された筈だったのだがかえって女性週刊誌のせいで余計に混乱が広がってしまった。


「1つ聞いていい? そのロンロって女性誌は何? 当方は全女性誌立ち読みするくらい好きだけど見た事ないよ」


 その言葉に今は沈黙に包まれた。

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