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第69話 逃がさんお前だけは

sideです

 黄昏時、ラティウム帝國と西の魔王勢力下と小さな小国ラインの3つの国境線が交差する荒れ果てた山中、アニエスは五星角(ごせいかく)が一人、時空魔道士カイロスの助けを借りてこの場に転移してきた。

 岳屋弥勒の遺体はアスタルテに引き渡し済みである。あいつなら祝詞たちの手柄を正しく評価してくれるだろう。

 アニエス自身は徒人と戦った服装のままで傷も殆ど治していない。元々、大した傷ではないのもあるが──治したのは殴られた時に折れた歯くらいなものだ。


「助かったよ。終わったら呼ぶから待てて貰えるかしら」


 アニエスが山肌にある小さな岩に隠れる。


「……」


 何も答えようとしないフードを被った影人間は黙って虚空に消えた。正確にはアニエスに見えなくなっただけで時空の間に滑り込んだだけだが。

 さて、待ち人がここを通ればいいが──暫く目を閉じて気配を消すのと[気配察知]に集中する。見つけた。こちらに向かってきている。必死になって走っててこちらの存在に気が付いていないのか、それともこっちに気付いているのかは分からないが。

 ターゲットの足音が近付いて来る。出来れば捕獲したい。出来れば、だが。

 逃げられない範囲にターゲットが入ったのを確認してからアニエスは岩陰から出てその人物、レオニクスの前に現れた。


「しつこい奴だな。アニエス。それがお前さんの忠誠心ってやつなのか。魔族のくせしやがって」


 レオニクスは右手にナイフを逆手に握っていた。どうやらバレていたらしい。


「はて? 貴方には魔族と名乗った覚えはありませんが誰から教わったのでしょうか?」


 レオニクスの表情が変わる。


「どうやら余計な事を喋ってしまったようだな。とにかくそこを退かないのならお前には死んでもらうぜ」


「おやおや、随分嫌われたものですね。では嫌われついでに自分の事を喋った人間について教えてもらいましょうか? いえ、訂正しましょう。どこの魔王軍ですか?」


 アニエスの声に余裕の笑みを浮かべていたレオニクスの表情が変わる。


「どこまで知っている?」


「さあ? どこまででしょうか?」


 人間だけでラティウム帝國と戦う筈はないと上司である魔王トワが指摘していたがその通りのようだ。これでレオニクスは心理的に逃げにくくなった。協力者に送り狼を連れて帰る訳にはいかないのだから。

 レオニクスが動いた。本来盗賊の上位職である怪盗の職業(クラス)なので幻惑してくるのかと思えば正面から襲い掛かってくる。

 アニエスは真正面からこれを迎え討つ。2つの人影が交差し、距離を置いて再び向き合う。彼女の放った攻撃は回避され、忍び服の肩口の部分が浅く切り裂かれる。


「どうした? 貴様の力はそんなものか?」


 幾ら手加減したとは言え、レオニクスに攻撃を回避された事を不可解に思うがすぐに答えに辿り着いた。


「やはり、魔族でお前に自分の情報を渡していた者が居たのですね」


「貴様の手の内は知ってるぜ。ただではやられねぇ、返り討ちにしてやる」


「手の内ね」


 アニエスの動きの癖を伝えておいたのだろうがそれはあくまでもゆっくりと動いたから対処できたに過ぎない。戦場で相対した事のある実力者か自分の本来の戦いを見た事がある人物に絞られる。


「と言う訳だ。死んでもらうぜ」


「舞い上がってる所を悪いけどまだ全てのカードを見せた訳ではないのですが」


 再度、位置を逆転させ、お互いに相手に向かって走る。アニエスは先程と同じスピードであるかのように錯覚を誘いつつ、不可視のクナイを投げる。突っ込んでくると思っていたレオニクスはそれをマトモに受け、左肩、右腹部、左大腿部、右足首へと不可視のクナイは深々と突き刺さった。

 その痛みかレオニクスはナイフを落とした。

 取り敢えず、これでこの場から逃げ出す事は難しくなった。もっとも本気を出せば足の一本くらい事もなげに斬り落とせただろうがそれでは芸がない。最小の力で兎を狩らなければ本来肉食獣などすぐに死んでしまうのだから。


「文明を持たぬ蛮族め!」


「この世界を7度滅ぼした蛮族(人間)に言われたくないよ。もっともハーフ魔族の自分が言う事かどうか迷うけど」


 レオニクスの言葉にアニエスは自虐も込めて嘲る。


「貴様、まさか……人間と魔族の間の」


 アニエスは素早く不可視のクナイを投げた。それはレオニクスの頬に突き刺さり、お喋りを阻止する。

 だがレオニクスはクナイを無理やり引き抜く。


「そんなおぞましい事が可能なのか。いや人の業と言うのは……」


「勘違いしないで頂戴。母は被害者よ」


 アニエスはレオニクスに怒りの視線を向ける。

 尚もお喋りを続けようとするレオニクスにアニエスは3度目の投擲を行う。クナイはレオニクスの右手の指先に、正確には爪と指の間に刺さる。余りの痛みに彼は山肌を転がってもだえ苦しむ。


「薄汚い魔族ならあり得る話か。だが現実とは小説よりも奇妙な物だ。魔族が」


「そんな事よりもお前の後ろには誰が居るの? 西の魔王軍なんでしょう? それとも北の魔王軍の残党? もしかしてないと思うけど東の魔王軍?」


「知るか、クソアマ! 知っていたとしても貴様のようなおぞましき者に」


 アニエスはその言葉を聞いてこれ以上はレオニクスを喋らせないと決めた。


「アサシネイション!」


 レオニクスの脇を通り過ぎ、アニエスは彼の真後ろに立っていた。左手は血で濡れてレオニクスの首は空中へと紙風船のように舞い上がっている。そして山肌へと落ちて谷へと転がっていく。

 だが次の瞬間、姿を現したカイロスがそれを受け止めて拾い上げる。顔らしからぬ顔には何か言いたげな虚無色の双眸が見えたような気がした。


「情報を聞き出さなくて良かったのかと? 別に構わないよ。この手の策を思いつきそうなのは西の魔王軍参謀である猫獣人のメフィストだろうし」


 以前、ファウストの前で手の内を少し晒す事になったのも考えれば決して的はずれな推理ではない筈だ。

 カイロスはそれを聞きながら責めるような視線を向ける。


「殺させる為にやったのなら負けたのはこっちの方だと? ……その通りね。迷惑ついでにカイロス、こいつの死体も黒鷺城へ運んで行ってくれないかな」


 フードを被った影人間は頷くような仕草を見せた。同時に虚空に極彩色で楕円形の穴が生み出された。カイロスの時空転移魔法である。南の魔王軍のフットワークの軽さは全て彼に依るものなのだ。


「次はご主人様へ弁明か。貧乏暇なし過ぎる」


 アニエスはうなだれながら極彩色の穴の中へと入って行った。

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