第67話 戦い終わって
アニエスの言葉通りに螺旋状に作られた階段を登って行くと右手に長船兼光を手にして階段を降りてくる彼方を見つけた。向こうもほぼ同時に徒人に気が付いたのか視線が合う。
「神蛇さん、大丈夫?」
彼方もそれなりの傷を負っているように見えた。
徒人は開いている空間をすり抜けてジャンプ。階段をショートカットして彼方に一番近い踊り場に移る。
「なんとかな。そっちは仕留めたのか?」
「勿論。あいつ、心臓が堅くて難儀したけどね。でさ、長船兼光に刃こぼれとか起きたらいけないからあいつの剣を使ったらこのザマだよ。魔王の骨だけあって呪われてたのかな? ヒリヒリと焼けて痛いたらありゃしない」
彼方が左手を開いて見せる。そこには布が巻かれていた。
「治すよ。……清浄なる光の、下僕たる神蛇徒人が、命じる。傷付き倒れた、この者に安寧たる光の祝福を! 《ヒール!》」
徒人は回復魔法を使う。淡い光が彼方を包む。彼女の左手を閉じたり開いたりして確認している。よく見ると右手にも布が巻かれていた。
「ありがとう。痛みとヒリヒリが随分マシになったよ。あと遅れてごめん。扉が閉まってシャッターみたいなので道を塞がれてしまったから時間が掛かってしまった」
「いや、気にするな」
「神蛇さんこそ大丈夫なの? 鎧も服も血まみれで怖いんだけど。あとなんか襟の所、黄色い汁付いてるよ」
彼方に言われて徒人は自分が酷い有様なのに気が付いた。
[死と再生の転輪]の即時蘇生効果に頼って意識してなかったが自分の傷や体力までが回復していない事、それと鎧や服も岳屋とアニエスとの連戦で破れたり、損壊している。[死と再生の転輪]の能力を秘匿するには服装にも気を払わなくてはいけない。
スキルで補うか、魔法で秘匿するか、いずれにせよ、情報を垂れ流す訳にはいかない上に何回死んだら終わりなのかも分からないのだから。
「ああ、無我夢中で気が付かなかった。指摘されたら急に気持ち悪くなってきたよ。……清浄なる光の、下僕たる神蛇徒人が、命じる。傷付き倒れた、この者に安寧たる光の祝福を! 《ヒール!》」
徒人は自分で自分の傷を治す為に魔法を唱える。青い光に包まれて全身の傷と体力が多少回復した。
「あいつ、そんなに強かったのか。神蛇さんに譲ったのは失敗だったかな。被服代も出してもらおうかな。冗談だよ。冗談」
彼方がこっちを見ていった。OKしていたら被服代も出させたくせにと指摘するのは止めておく。鎧も服も買わないと駄目なのにこれ以上の出費は勘弁してくれ。
「さすがに食費代の次にそれまで要求されたら俺の金なくなる」
「だよね」
彼方は話を打ち切るように降りてきていた階段を反転して上へと登り始める。都合の悪い話は即座に打ち切る辺りが彼女らしいが。追求してもやぶ蛇になったら困るので徒人は黙っておく。
「そういえば、他の敵は居たのか?」
「雑魚なら何体か斬ったけどレオニクスは見てないな」
「奴には逃げられたか」
レオニクスが帝國に戻れるとは思えないが徒人と祝詞がアニエスと組んでいる事がバレるのは出来る限り避けたい。その延長線上で徒人がトワと通じている事が発覚した場合、最悪の事態になるのは火を見るよりも明らかだ。
しばらくは奴を探す事を重要視した方がいいかもしれない。
「そう言えばさ、神蛇さん気が付いた?」
警戒しているのであろうが軽やかに階段を登っていく彼方が口を開く。
「何に?」
「ここ、人間の住んでる匂いが薄いんだよね」
「そりゃ、岳屋の奴が人間辞めてる妹と住んでたんだから人間の匂いが薄いのも仕方ないんじゃないのか?」
徒人は岳屋の妹である八雲を思い出す。声は──聞いていないので仮面の印象と胸部を走る醜い手術痕しか思い出せない。正直、あんなに気持ち悪い女の肌は見た事ないとしか言えなかった。
「当方もそう思ったんだけどさ。なんか変な臭いがするんだよね。人間のモノではない感じが」
「俺は鼻が利かないからな。祝詞なら何か分かるかもしれないから聞いてみた方が良い」
徒人は言ってからそれを彼方に知らせて良かったのかと思う。
「リーダーは巫女だけどそっちに強いのかな。彼女から神蛇さんとは同じ高校だったとは聞いたけどなんか知ってる?」
「本人曰く魔に近い神社の巫女やってたから人外には鼻が利くんだとさ」
「ふーん。なら聞いてみるか。そろそろ上まで戻れたかな」
彼方が足を止めたので徒人も足を止める。前方上に金色の小鳥が見えた。和樹が錬金術で創りだした斥候用の鳥だろうか、それともアスタルテの配下の錬金術士か、或いは──
『二人共、無事か?』
鳥は和樹の声で喋った。
「無事無事。それと元勇者ならぶっ殺したよ」
「お前が言うなよ。譲ってくれた事には感謝するけど」
だが和樹の反応に微妙な間があった。彼らが十字架教の連中にとっ捕まって刃物を突き付けられてる可能性を考える。
『なら良いんだが……俺たちは一応レオニクスの姿を探してここへ来たんだから片手落ちだなと思っただけさ』
『とにかく戻ってきてくれる? アニエスも貴方たちを探しに行って今前衛が居なくて困ってるの』
和樹の重い声を押しのけるように祝詞が指示を飛ばす。
「戻ってこき使われますか」
「神蛇さん、テンション下げないで欲しいな」
徒人の言葉に彼方が首だけこちらに向けて恨めしそうに呟く。柳の下の幽霊みたいに。
『もしもし、聞こえてるんだけど』
祝詞が文句を言いたそうなトーンで言う。いや文句そのものだった。




