第６５話 アニエスとの対峙 前編
徒人が何かされたと認識する前に喉から血が吹き出した。そして膝を床について座るような形で倒れこむ。
その次の瞬間、流れ出た血は逆再生されたかのように徒人の中に戻った。気持ち悪い光景だが死ぬよりはマシだ。
「即死攻撃では死なないのですね」
アニエスが凍てつくようなトーンで言った。その目は徒人を観察しているようにすら思える。
徒人には何をされたかが理解できなかった。先程の岳屋ですら攻撃された事くらいは認識できたのに。恐らくアニエスに頸動脈を切られたと考えるのが自然か。
徒人は魔剣を構え直す。
「折れない心には敬意を表します。ですが」
再びアニエスの姿が消えたと思ったら徒人の真横に現れた。防ぐ間もなく首を狙った蹴りが放たれる。
その一撃をマトモに食らって首が折れる音を聞きながら徒人は壁に叩きつけられて床に落ちた。普通なら確実に死んでいる。
だが徒人は魔剣を支えに何とか起き上がった。最初よりは確実に反応できるようになっている。ただし、それは僅か成長にしか過ぎない。
「あの方に助けを求めないのですか？」
「……裏事情が分からないけどそれは違うだろう」
精霊さんを呼び出してスキルを確かめる。
[死と再生の転輪] 即死を防ぐ。死亡した場合、即時蘇生か蘇生する場所を選択できると教えてくれた。蘇生場所を選択して逃げる事は可能だがアニエスが彼方をまだ殺していないのなら見捨てる事になるし、蘇生場所が自宅、黒鷺城謁見の間しか選べない。
アニエスの行動が身内の対立ならトワさんを危険に晒すし、黒幕が居たらそれこそより状況を悪くするだろう。
「男子の意地ですか」
「仲間をおいて逃げるのが嫌いなだけだ」
徒人は魔剣を肩に担いでブラッド・クレセントを放つ体勢を取る。取り敢えずここよりも戦い易い場所を選ばないと一方的にやられるだけになってしまう。
「おイタは駄目ですよ」
声が後ろから聞こえたと思って徒人は慌ててブラッド・クレセントを中止して背後に剣を振るうが虚しく空を斬った。その瞬間、アニエスに背後から首を締められる。そしてそのまま窒息させられて徒人は意識を失った。
意識を失ったのではなく窒息死したのだろうが徒人は無理やり蘇生してアニエスが居ないと思う方向へと距離を取る。
「判断は間違ってないんですがね」
徒人はアニエスが居るであろう方向に力を振り絞って斬撃を放とうとする。しかし、その前にアニエスがカウンター気味に放った掌底が鎧越しに心臓を捉えた。
「かはぁ」
またもや徒人は壁に叩きつけられ吐血する。一瞬、視界が途切れたのを確認する。心臓を潰されて一度死んだのだろう。気持ち悪いが泣き言を言ってる場合じゃない。
「４回殺したのに即時蘇生ですか？ 反則ですね。回数制限があるのかないのかよく分かりませんし」
アニエスは無防備に立って独り言を呟いている。まるで徒人が立ち上がるのを待っているかのように。
「いい加減、頭にくるんだが」
徒人は立ち上がってアニエスに向かって突撃する。そしてアニエスの顔めがけて魔剣を振り下ろす。
アニエスはマタドールのようにそれをヒラリと回避し、掌底を繰り出して徒人のこめかみを狙う。その一撃を徒人は体を捻ってかわそうとするが吸い込まれるように掌底に引き寄せられその一撃をマトモに食らう。
徒人の体は床を転がって魔剣を手放してしまう。
「脳を破壊されたら即時蘇生しても助からないでしょう」
アニエスは動かなくなった徒人に背を向けて部屋を天井から出て行こうと上を見上げている。
徒人は出来るだけ音を立てないように立ち上がり、床に転がっている魔剣を拾い上げて無言でアニエスに斬りかかった。だがその斬撃ですらも気配を感じて振り向いたアニエスが右手に握りしめていたクナイで防がれる。
「本能ですかね？ 随分嫌われたものです」
アニエスは井戸端会議でもしているかのような軽い感じで喋る。徒人の渾身の一撃であるのにも関わらず巨岩を相手に押し比べをしてるみたいだ。
「失礼だな。ちゃんと思考は冴えてる」
「さすがご主人様、今の不意討ちは悪くないですよ」
怒りの声を上げる徒人にアニエスは暢気に評価を下している。そして左手で何かの糸を投げた。
徒人の足にそれが絡まり、一瞬、その場から動けなくなる。
「アサシネイション！」
アニエスが叫ぶと同時に左手にもクナイを持ち、いつの間にか徒人の後ろに居た。気が付くと床が迫ってくる。いや、徒人が顔から床に崩れ落ちていた。今度は即死スキルで殺されたのだろう。
「さて、今度はスキルで殺しましたがこれで終わりになりましたか？」
冷たい言葉と共にアニエスはわざわざクナイをしまう。
両手で埃っぽい床を押しながら徒人は怒りの感情だけで起き上がる。確かに今のところは蘇生が不可能になる様子はないが何回も死んでは居られないし、無限に生き返るとは限らない。それに死んで即時蘇生は精神的にキツイ。
「さすがに６回も殺されたらイライラしてきたよ」
「申し訳ありません。すぐに終わらせますので」
再びアニエスは両手にクナイを構える。そして大きく息を吸い込んだ。大技が来る。
徒人の周囲に４つの気配が生まれる。全てアニエスの気配。
『魔王の御手！』
四重に重なったアニエスの声が徒人のすぐ傍から聞こえた。
