第62話 彼方の意地
Sideです
彼方の目の前で岳屋を連れて徒人が左の部屋へと消えて行った。彼方にとっては双子に連携されるのが一番厄介だったのでありがたい。
「さあ、始めましょう。あんな風には言ったけど当方は我が儘なんだ」
「行かせない。兄様は、私が守る」
片言の言葉と同時に八雲は予備動作なしで双剣を、1対の白い小剣を抜き放つ。それは本当に何気なく殺意すら感じさせない。
「思ったよりも楽しませてくれそうじゃない」
彼方は腰を落として長船兼光を寝かして切っ先を八雲に向ける。
「刀谷彼方、推して参る!」
彼方は言うや否や床を蹴って塵屑を舞い上げながら突進し距離を詰め突く。
八雲はそれを左の小剣で受け止めようとする。しかし、彼方をそれを見切っていて相手が防ごうとした瞬間、長船兼光で左の小剣を絡めとるように巻き込み弾き飛ばす。そして突進の勢いを利用して
突きで八雲の左腕を押し斬った。ドス黒いと称した方がいい血らしき存在と腕が床を転がる。
彼方は壁を蹴って勢いを殺さぬように体を方向転換させて八雲の右側から襲い掛かる。微かに動揺を覚えた。
突きで潰した筈の八雲の左腕が何事もなかったかのように元通りそこにある。厄介な事に弾き飛ばした筈の小剣すらもその手に握られている。
「魔王の力か」
彼方は勢いを止めずに突撃を続ける。
「ご名答」
八雲はその場で撃退せず、彼方を迎え討つ為に走った。
彼方は敢えて打ち合わず、双剣を掻い潜り、左足を斬り裂く。そして、その胸元を、心臓を狙って突きを放つ。
八雲はそれを両方の小剣で受け止める。
「下手くそ」
彼方は長船兼光を押してからすぐに引き、相手の重心を崩して心臓を突く。だが妙な感触と響く奇妙な音に距離を取る。
八雲はそれを追わずに左足が再生するのを待っていた。切り裂かれたブーツから覗くのは黄ばんだ肌と奇妙な液体。それらはすぐに元あった場所に戻るように収まっていくが再生というよりは魔法で元の場所に無理やり戻しているように思えた。
「大丈夫。貴女とのダンスには充分」
そう言って、八雲は1対の小剣を構え直す。その刀身を見て彼方はある事を思いついた。
「どうして剣がその手にあったのかと思えば……それも南の魔王の身体の一部だったのか。とんだリサイクル商品ね」
殆ど想像にすぎないが八雲の隙を伺いながら彼方が独り言を呟く。
「でも私の身体に馴染んでる。最高の武器」
「兄妹揃って死体愛好家とは趣味が良すぎるね」
彼方が皮肉を言うが八雲は応じない。
「そんな心配しなくてもいいよ。貴女の刀は私の心臓を貫けない。だから貴女はここで死ぬ」
左足が治ったのを確認してから八雲が動き出す。
死神でも気取ってるつもりなんだろうかと彼方はイラッときた。ネタの割れた手品などどうとでも出来るのに。
「そんな程度の事で勝ち誇るから兄妹で魔王にぶっ殺されるんだよ。粗忽者」
酷薄な笑みを浮かべて彼方はブーツで床を蹴る。
「魔王の強さも知らぬ雑魚が!」
煽られて怒った八雲が襲い掛かって来る。
その1対の小剣は先程までと違って全力で、いや防御を完全に無視した捨て身の戦法に彼方は押されながらも左右から繰り出される斬撃を長船兼光一本で火花を散らしながら受け流す。
「なかなかしぶとい刀ね。魔王の大腿部の骨で出来てるのに」
彼方は答えない。
そんなのは当たり前だ。力任せに圧し折ろうとしても当方がそれを阻止する為に微妙に力を受け流しているからだ。日本刀で鍔競り合いなどする馬鹿者と同一にしないで欲しい。だからこそこいつに付け入る隙がある。彼方は勝機を伺う。
「お前は理解すべきだった。自分の限界とその果てを」
左右から振り下ろすだけで力任せの斬撃を苦もなく左右にステップを踏んで捌きながら彼方が叫んだ。
「負け惜しみか」
「自分が弱体化した事も分からないのは耄碌してるって事。その時点で貴女は自分の愚かさを知るべきだった」
その一言に仮面から覗く目に怒りの炎が灯る。その瞬間に八雲に隙が生まれた。
彼方はその隙を突いて後ろに回り込み、八雲の背中を蹴り飛ばす。自らの勢いと蹴りの威力で壁に飛んで行く。赤黒く薄気味悪い壁に叩きつけられたのにも関わらず八雲は痛がりもせずにスリッパに叩かれ潰されかけた蜘蛛みたいに蠢いている。
彼方がその空いた距離を見逃しはしなかった。
「一刀一死!」
彼方は声と共に長船兼光の柄を持ち、槍投げのように投擲。それは八雲の右肩に深々と突き刺さり、標本にされた虫のように壁に縫い止める。
「貴様!」
八雲が叫んでいる間に彼方は距離を詰め、その手に握りしめていた1対の小剣を奪う。
そして、奪った小剣を八雲の心臓と後頭部に突き刺し、反転させ、彼女を絶命させた。いや動かなくしたと言うべきか。動かなくなった八雲の身体、いや正確には後頭部と心臓から黄色い液が溢れだして白い煙が上がり、心臓は消滅しかかっている。
「使えもしない最強の矛と盾を同時に持ってくるからこうなる。間抜け」
彼方は忌々しそうに長船兼光を引き抜く。刀身を調べてみるが刃は欠けていないようだ。
「それにやろうと思えば、魔王の心臓くらい貫ける奥義はあるよ。長船兼光を潰してまで使うには勿体ないから使いたくなかっただけ」
最早2度と動くことのない八雲の死体に彼方は吐き捨てる。素顔を見るのを忘れたがもう斬撃と崩壊の余波で潰れていて意味はないだろう。
「クソ。手が焼けただれた。魔王の呪いか」
彼方がただれた自分の両手を確かめながら悪態を吐いた。
長船兼光を床に刺して持っていた水筒で両手を洗い流して布を巻き付けて応急処置を施す。
そして彼方は長船兼光を手にして徒人の消えた方向へと走った。




