第59話 アニエスの怪しさ
徒人はレオニクスを取り逃がしてすぐに他のパーティメンバーに待機してもらっている今へと向かう。だが門を開けた瞬間に徒人が移動するのをやめた。目の前に彼らが居たからだ。恐らくレオニクスが使った閃光弾のような物の音を不審に思ったのか、残りの4人は玄関に飛び出してきている。幸い全員無事だったが詳しく説明する暇はなかったので皆怪訝な表情をしていた。
「一体何があったんだ?」
和樹が憮然としているがアニエスの姿を見つけてすぐに視線を祝詞に戻す。
「説明するから一度中に入りましょう。アニエスも来て」
「はい」
アニエスが真っ先に門を潜って戸が開いていた玄関に入って行く。そんなアニエスの姿を見て徒人はすっきりしない。必勝の策だとは思っていなかったがこうも最悪の結果になるとは思わなかった。
「神蛇さん、また切った張ったでしょう」
「違うよ。切った張ったなら呼んでる。つーか、そんな風にならずに全部終わってる展開だったんだがな」
完全武装状態の彼方が駆け寄ってくる。徒人はあくびを噛み殺す。
「上手く行かなかったのか。そりゃ良かった」
「何を言ってるんだよ」
「上手くいってたら当方の出番がないし」
彼方の話す呆れた理由に徒人は怒る気にもなれなかった。
「二人共、早く入って」
既に玄関の中に入っていた祝詞に怒られてしまった。自分は冷静になれそうにないので説明は彼女に任せようと徒人は思った。
祝詞はレオニクスが居なくなった原因が十字架教のスパイである事、自分と徒人が気付いて慌てて対応した結果、彼を取り逃がした事を簡潔に話す。100年云々21世紀云々の発言は伏せていた。異世界召喚だから同じ時代から呼ばれたと思っていたのだが時間までズレがあるとは盲点だった。この事は今回の件が片付いてから話すのが一番だろう。徒人は祝詞の隣に座りながらそんな事を思う。
当のアニエスは窓際の隅にただ黙って立っている。
「とんだ失態だな。話してくれたら良かったのに」
「当方たちを呼ばなかったのはレオニクスが盗賊で索敵スキルがパーティメンバーで一番優れていたからか。油断させて捕まえるつもりだった。そんなところでいい?」
非難するような口調の土門に彼方がフォローの言葉を掛けてくれた。祝詞は頷いて答えている。
「アニエスに用事があったらしくて連携に不備が生じて取り逃がした」
徒人の言葉に普段なら真っ先に口を開きそうな和樹がずっと黙り込んでいた。何かを考えていて黙っているようには見えない。何かにショックを受けている様子だ。
「申し訳ありません。自分がちこくしてしまったせいで」
「それはあとで責任を取ってもらうとして全体的に反応が遅くない?」
「単に反応が悪いのは失態をやらかしただけですよ」
祝詞の追求にアニエスは低姿勢でかわそうとする。
「アニエスがミスるなんて珍しい。雨が降るんじゃないのか」
ようやく黙っていた和樹が喋り始めるが当たり障りのない事しか話していない。
「アニエスが裏切ったと思うか?」
徒人は祝詞にだけ聞こえる声で聞いた。
「本当に体調が悪いだけじゃないの? こっちに来てから調子の悪い日は痛みだけはアニエスさんから痛み止めもらったりしてるけど……それに」
「それに」
祝詞は言うだけ言って黙りこんでしまう。
「邪推だからやめておく」
徒人はそんな場合じゃないのもあってそれ以上追求しようと思わなかった。
「レオニクスが裏切っていた原因は何だったんだ?」
「2年前の事件とか言ってた。奴の嘘かもしれないし、そこだけは真実かもしれない。ただ魔王を倒して帰れる筈だったとか言ってるからその辺りが動機だろう。いずれにせよ、2年前の話に繋がってくるみたいだな」
土門の言葉に祝詞よりも先に徒人が返した。
「帰れるね……」
土門は1人でその言葉を噛み締めている。
「倒されていた事を祈るべきだったのかしらね。そしたらみんなとは仲良くはなれなかったけど」
「当方はこの世界に来れて良かったと思ってるけどね」
女子2人は暢気な話をしている。徒人は埒があかないのでアニエスに問う。
「お前はレオニクスがどこに逃げたか分かってるんだよな」
「はい。ラティウム帝國の北西の山脈にある施設だそうです」
それを聞いて徒人が立ち上がろうとするが眠いせいで上手く立てない。
「徒人はあんまり寝てなさそうだから少し寝てから行きましょう。私はそれまでに準備してるから」
見かねた祝詞がそう言ってくれた。




