第6話 ダメイドがお仕えします
説明回になります
徒人は兵士宿舎の3階で小さな個室を割り振られ、靴を脱いでベッドに寝転がる。粗末なベッドだけど靴を脱いでくつろげるのは良い事だ。あとベッドの端で頭をぶつけたりしないのも。
彼はとりあえず精霊を呼んでスキルや称号を確かめてみた。数字がある物に関して最大10まで。
神蛇徒人 職業剣士 職業熟練度1
職業とは戦闘における職の事で一般的な職の事ではない。一般人でも戦える者は職業に就いている。
職業熟練度とは職業の練度。魔法系はレベル15に到達して色んな職を得るのが手っ取り早く強くなる手段ではあるがまれに一つの職を極め尽くしてからの方が強い場合もある。
・スキル
[殴属性耐性2][対魔族耐性1]
効果 見てそのまんまなので省略。
[異世界言語3]
効果 この世界の言語を喋れるようになる。でもレベルが低いと流暢に話せているとは言い難い。他の大陸の言語は5から。
[闇の帳]
効果 スキルや称号の隠蔽を可能にするスキルだが人間でも持てる低位の隠蔽スキルなので効果は高くない。
[魔族との交渉術1]
効果 魔族との交渉を円滑にするスキル。人間の国に潜入している魔族との連絡を取りやすくする為にも使われる。
[異世界の礼儀作法1]
効果 この世界の礼儀作法。でもレベルが低いとちゃんと出来ているとは言い難い。他の大陸の礼儀作法は5から。
[知識欲1][成長促進1]
効果 両方とも経験値や熟練度に1%加算。最高10%。
・称号
[転移者]
召喚に応じた者たちに贈られる称号。異世界言語3は自動で習得するようになっている。
[魔王の蛇]
魔王のスパイに贈られる称号。 効果は会話して情報を引き出すと経験値や熟練度が追加。そして場合によって相手の保有スキルが習得可能。ただしこの称号での効果は強奪ではなく強制的に教えてもらう程度に過ぎない。そして大抵習得スキルのレベルは1。一度聞いた情報に経験値や熟練度は入らない。
[巫女のお友達]
ラティウム帝國で力を持つウェスタの巫女と友人になった称号。はっきり言うとコネ。大事にしよう。
会話して情報引き出せば経験値と熟練度とスキル習得なのは有利だけど随分とRPG的な能力だと徒人は思った。オタクだった両親が再三口を酸っぱくして言っていたのがRPGでは人の話を聞け。絶対にキャンセルボタンで会話を飛ばすなと言っていたのを思い出した。
それが幸いしたのかのウンチクを聞くのは大好きだった。それがトワの話を聞いても苦痛ではなくカルナの説明もちょっと面白そうにも聞こえた。決して良い親ではないが感謝したくなった。
「そう言えば、親父とお袋はどうしてるかな」
「お家に帰りたいんですか?」
部屋の中から少女の声が聞こえた。
「いや帰りたいんじゃなくてせめて無事を伝えられたらいいなと……ん?」
小柄でオレンジ色の長髪。瞳は紫のメイドが椅子に腰掛けてこっちを見つめていた。部屋に入った時に誰も居ない事は確認した筈だったのに。
徒人が叫び声をあげようとした瞬間、メイドに口を押さえられた。
「トワ様からの潜入してるメイドが居ると聞いていませんか? それに神蛇徒人様でよろしいでしょうか?」
見た目16歳くらいのメイド、ちゃんとロングスカートに帽子にエプロン、いずれも頑強に作られたと思える良い品だった。
目と顔を縦に振る事で合図する。
「叫ばないで下さいよと言うのは冗談です。一応、アイテムで音を遮断させて頂きました」
「確かに俺は神蛇徒人で話は聞いてるけどあんたは誰だよ」
この世界は初めて丁寧じゃない言葉を使った。正直、こいつへの対応は雑でいい。一日中、敬語だと疲れるのでこいつで発散させてもらおう。
その言葉にメイドは待ってましたと言わんばかりに顔の一部を右手で隠して中二病っぽいポーズを取る。
「ある時はラティウム帝國の軍属メイド。ある時は特殊兵のお世話係。しかし、真の顔は南の魔王軍で一番のメイドにして天才スパイのアニエスです。……超決まった! マジ決まった! こんなに格好良く決めポーズ入ったのは久しぶり」
アニエスは一人で悦に入る。これは潜入じゃなくて追い出されたんじゃないかと思わずにはいられない。いやトワさんもトワさんでかなり怪しいけど。
「確かに一番だ」
徒人の口から言葉がでた。ただし、痛いさが──
「やべぇ。異世界人って違いの分かる奴らかもしれねぇ。良い奴かもしれない」
彼女は一人で納得している。この世界に来てから変な人間しか見てない気がする。トワさんとアニエスは魔族だろうけど。
「あ、でもトワ様から聞いていたイメージだともっとヘラヘラでニヤニヤしてた感じだったみたいなんですがあれは事実なんですか?」
徒人は思い返して自分がはしゃいでいた事を自覚する。地獄に仏ならず、魔王と言う名の救い主だったのだから仕方ない事だろうと──もう一度、あの胸に鼻面を突っ込んでクンカクンカしたいとか思ったりしたが今はポーカーフェイスで聞き返す事にした。
「あれとは?」
「トワ様に告白とか。あの人、50年くらい男と仕事以外で話してなかった気がするんだけど、人身御供になるつもりなら今のうちに……ん? いだだだだ」
徒人は立って両手で拳を作り、それをアニエスのこめかみをグリグリと押しつけてお仕置きする。普通、上司の悪口を部下は居るけど新参者にお仕置きされるメイドとは何なんだ? ダメイドなのか? しかも人間に魔王の悪口を言ってお仕置きされるなんて前代未聞ではないのか。
「失礼な事を言うなよ。俺は本気で告白からな」
そう言って徒人がアニエスから離れる。
「分かりました。ガチだと報告しておきます」
「報告しなくていい。報告したら仮面被らせて偽名を名乗らせて潜入させるように魔王様に告げ口するからな」
気恥ずかしさから徒人は格好悪い切り返し方をしてしまった。まるで子供の喧嘩である。
アニエスが震えているので徒人は声をかけ直そうとしたら彼女が顔を上げた。
「か、仮面。それにぎ、偽名。自分はアニエスではない。ニースだ。……かっけぇ! やべぇ。やべぇよぉ。超格好良いよぉ」
アニエスは怯えて震えていたのではなくて感動で極まっていた。
徒人は額を押さえる。頭痛を感じたからだ。こいつと居たら偏頭痛で死ぬかも。
「徒人様、正直、自分は見くびっておりました。非礼をお詫びします。これからは中二病のご主人様と呼ばせていただきます」
「普通にご主人様と呼べよ」
「了解です! ご主人様!」
再びアニエスが中二病ポーズを取った。南の魔王軍は本当に駄目かもしれないと不安が過ぎる徒人であったが流されて色々聞いてない事があったのを思い出した。
「そう言えば、トワさんが倒してきてくれって言った勇者って何なんだ?」
その言葉にアニエスは中二病的なポーズを一切やめてその紫色の瞳がしっかりと徒人を見据える。なんか落ち着かないが普段もそうしてくれたら頭痛の種が減りそうなのに──
「まず、職業ではありません。かつてこのゾディアック大陸で人間側を勝利に導いた12人の人間に送られた称号と言うのが歴史学者の見方ですが死んだ人間にも贈られる名誉とも言われています」
「なんか曖昧なんだな」
話が長くなりそうなので徒人はベッドに座る。それを見てアニエスも簡素な木の椅子を近くに持ってきて座る。
「そうですね。ただ明確に勇者と思しき人間は居ます。今日なら神前早希と名乗った少女は勇者と思しき波動を感じます」
徒人は唇を噛む。彼女を殺さないと駄目なのか──
「あと蘇生魔法とかあるのか? あったら仮に殺害できても蘇生してしまうじゃないか」
「問題はそこなんですよね。簡単には殺せないのに蘇生魔法で復活されたら目も当てられない状況になります。ただ自分は信仰心が低くて回復魔法の類いは使えませんので詳細は分かりかねますが……本人の魂が蘇生魔法を拒むケースと蘇生魔法が間に合わないケースがありますから。今はご主人様は早まった真似はしないで下さいね。現時点では職業から考えて向こうは盾騎士。剣士であるご主人様が戦えば返り討ちに遭う可能性が高いので」
だとしたら余計に迂闊には動けない。スパイに徹するしかないのか。なんで職業の事まで知っているんだろうか。
「アニエスは回復魔法の類いは使えないのか?」
「はい。幼い頃に就いた職業と生まれた大陸での戦争で信仰心を失いましたから」
地雷を踏んだか。徒人はそこを無視して質問を変える。
「……どうして神前の職業について知ってるんだ? スパイとしての能力か?」
「残念ながら企業秘密ですね。それにご主人様は[魔王の蛇]の称号を持っているのですから自分で聞いてきた方が糧になるかと」
正論なので徒人は黙り込む。楽はさせてくれないようだ。こうして真面目に話してる時のアニエスはメイドと言うよりは女家庭教師みたいに見える。
「しかし、ご主人様は変わって居ますね。転移者たちはこういうケースだと戦争で酷い目に遭ったんじゃないかと聞いてくる物だと思いましたが」
「悲惨な体験を聞くのは野暮だろう。話したいのか」
そっちも話したくないだろうし、こっちも聞きたいとは思わない。
「自分の場合はそんなに悲惨でもないですね。衛生兵見習いしてましたから。ちなみに衛生兵になった物は信仰心が失われてしまうので回復魔法が使えませんので御注意を」
アニエスがさらりと重要な事を言う。
「それは結構重要な事じゃないか? なんで巫女たちは言わなかったんだ?」
「簡単な事です。回復系の資質を持つ人間でなろうとした者の殆どは止められますから。素質の損失ですし、戦力にはなりにくい。それに普通の人間は衛生兵なんかなりません。分かり易く説明するとご主人様が剣士を勧められたのは今は戦士に劣っていますが中級職の転職を迅速に繰り替えば戦力になると思われたからでしょう。あ、ちなみに強くなる手段には二通りありまして一つは先程述べたように一定レベルまで到達してガンガン転職してスキルや魔法を覚えていく事。もう一つは一つの職を極限まで極める事です」
「剣士を極めるのはなしなのか?」
徒人は疑問を口にする。
「下級職でも極めたら強いのは戦士です。それ故に戦士は即戦力として重宝されます。反対に剣士や剣客は中級職を目指す方が早く強くなれます。獲物も限られてますから迷う必要もありませんし、だから結果論としてはなしですね」
「剣士を極めても利点がないのか?」
「剣士じゃない自分が答えるのもなんですが多分それをやる時間を転職に掛けると範囲攻撃や回復魔法覚えて4回以上の中級職の転職が可能かと……」
アニエスの言葉に頭を抱える。
「使えない下級職な訳か」
徒人はベッドに横たわる。誰でもいいから泣き言を言いたくなってきた。だが目の前のアニエスはやめておけと本能が言っているの止めた。
「身も蓋もない事を言ってしまうとそうなりますね。下級職は五大下級職と言われる戦士、僧侶、盗賊、魔術師、錬金術師以外は軽視される傾向にあります」
「ん? 錬金術師はどうして重宝されるんだ? 取り立てて役に立つようには思えないんだが……」
「錬金術師は目利きが利くので鑑定が出来たり、錬金術でアイテムの呪いを解除したり出来ます。これは僧侶系もそうなんですが壊さずに解除出来るというのは錬金術師の大きな利点です」
聞いてると徒人は頭が痛くなってきた。
「また今度でいいか? 眠たくなってきた」
「そうですね。ご主人様の事を考えずに喋りすぎてしまいました。ではお休みなさいませ」
アニエスはまた中二病ポーズを取っていた。
頼むから普通にしてくれと徒人は思わずにはいられなかった。
【神蛇徒人の[[知識欲1]と[成長促進1]は2にレベルアップしました】