第57話 裏切り者(ベトレイヤー)
次の日、徒人は夜が明ける前に起きる。そして寝ぼけ眼を擦りながら1つ頼み事をしてトワの寝室から出た。寝ぼけている状態をトワには心配されたが突破口が出来た以上、奴を放置しておく訳にはいかない。
次に祝詞を叩き起こす。相変わらず、殺風景で最低限の物しか置いてない部屋の中央で全く乱れた様子のないが怖い。彼女は寝返りを売ったりしないのだろうか。
「夜這いかと思ったわよ」
最悪の場合として気付かれた事を察して死体になってたりする可能性を考えたが祝詞は普通に生きていた。頭頂部は寝ぐせが酷い事になっていたが。逆に言えば奴が、もしくは奴のボスがまだこちらを説得できると考えている証拠とも言える。
「もう朝だよ。それに艶っぽい話じゃないんだ」
「徒人君は冷たいな」
男に部屋に入られたのにも関わらず、祝詞は平然としている。男として見られていないのか、それとも──そんな余計な事よりも素早く事情を話して協力を仰ぐ。
「かなり分の悪い賭けね。事情的に他のメンバーは頼れないし仕方ないか。みんなへの説明はでっち上げるとして奴の正体を暴くにはこのタイミングしかないか。気取られて逃げられたら元も子もないか。分かった。私たちでなんとかしましょう」
自分たちで何とかするしかない。取り敢えず、残りの準備をする為に徒人は祝詞の部屋を出た。
徒人は家の門で祝詞と共にレオニクスを待つ。指定した時間に彼は転移陣の方から歩いてやってくる。
「お前たちが2人揃って門の前に居るんなんて珍しいな。朝日でも拝んでるのか?」
普段通りの飄々した口調で皮肉を叩く。祝詞はその間に徒人の後ろに移動する。
「まさか。あんたを待ってた」
「そいつは嬉しいね。ところで」
レオニクスは徒人の只ならぬ態度を感じ取ったのか、続きの言葉を口にしようとはしなかった。
「1つ聞かせてくれ。いつから裏切ってたんだ?」
「おい。冗談はよせよ。朝から笑えないぜ。俺にはお前の話の意味が分からない」
口調とは裏腹にレオニクスは足を止めて戦闘姿勢に入っている。徒人も剣の柄に手を伸ばす。
「アニエスだよ。どうしてアニエスに反応しなかったのかが気になったんだ」
「買収済みだったんだろう。似たような事はたくさんある。珍しい事じゃない」
呆れたようにレオニクスは言い放つ。
「でもアニエスは買収されてないんだよ。知ってたのは俺たち2人だけで他の全員はアニエスを疑ってた。でもあんただけは違った。最初からアニエスを疑ってすら居なかった」
「待ってくれよ。根拠はそれだけか? それだけで俺が裏切り者扱いなのか? 冗談きついぜ」
徒人の言葉をレオニクスは笑って否定しているが警戒は解いていない。
「違うわ。根拠は帝國に垂れ込まなかった事だから」
「そりゃ当然だろう。俺まで疑われてしまう」
レオニクスは笑って誤魔化しているがその目は笑っていない。
「下手したら私たちは裏切りかねないのにそれを帝國に報告しなかった……いや出来なかったと言うべきなのかな」
祝詞が言葉で逃げ道を塞ぐ。
「お前が帝國じゃなくて十字架教のスパイだったからだよ。お前の考えだったのか、ボスの意向なのか、組織としての方針だったのか、俺には分からないがとにかく帝國に俺らを売り渡す事は禁止されていた。多分、帝國と潰し合わせて少しでも戦力を削いでおきたかった。大体そんな所じゃないのか」
その言葉でレオニクスは俯いて押し黙る。
「……お前たちはこの世界の事を、ラティウム帝國の事をどう思う。お前たちにヒーローにでもしてくれる正しいラティウム帝國とでも思っているのか?」
再び、顔を上げたレオニクスの表情は一変していた。その変化は別人になったようにすら思えるほど自嘲と世界への嘲りで歪んでいるように徒人には見えた。
「さあね。最初から俺は自分の為にしか行動してない」
「私も前に同じく」
徒人と祝詞の返答にレオニクスが嘲笑する。
「どうしてあいつらはお前たちみたいなのに期待してるんだろうな。100年も遅れてるからか?」
徒人はレオニクスの言葉に眉を顰める。祝詞は21世紀云々と言った時も鼻で笑っていた。
「100年?」
「ああ、100年違えばこんなクソみたいな暮らしにも適応できるのか。そりゃそうだよな。21世紀なんぞ大した事はない」
レオニクスは1人で笑っている。だが殺意を感じて徒人は右手を左腰に移動させた。
「それより、認めるの? 十字架教団とか言うののスパイである事を?」
「スパイか。情報を流してた事をスパイだと言うならそういう事だな。だが俺は俺の為に行動してただけだ。お前たちのようにな」
レオニクスは目を大きく見開き狂人のような声で罵る。
「随分と開き直ったものね。いつからだったの?」
「俺が裏切っただと? 俺を裏切らせたのは2年前のあいつらだ。あいつらが余計な事をしなければこうはならなかった。今頃、魔王も倒せていたんだ。そして、俺はこんな世界からおさらばしていたんだ!」
レオニクスのこの世界の全てを呪うような怨嗟を込めた声が響く。
「双子のパーティメンバーだったのか?」
「違うがもろにとばっちりを食らったものでね」
レオニクスはこちらの隙を伺いながら何かを待っている。この場から逃げるつもりか。
「アニエスの事は何故分かった?」
「スパイのカンだ。あいつは全てをそつなくこなす。それが引っ掛かっただけさ」
その言葉と同時にベルが響く。レオニクスから聞こえてきたので奴の腕時計のタイマー機能か。
一瞬、気を取られた隙にレオニクスが動いた。奴は何かを地面に叩きつけると同時に音と光が辺りを白く覆い尽くす。閃光弾のような物か。
「アニエス! 頼む」
行動を阻まれた徒人が叫ぶ。レオニクスの物と思しき舌打ちが聞こえた。だが目の前にあるレオニクスの気配が遠ざかって行くだけでアニエスが捕まえたような気配はない。
「アニエス! アニエス!」
再度、呼んでみるが反応はない。予定ではアニエスがレオニクスを取り押さえる筈だったのだが──
祝詞を背に守っている以上、徒人はレオニクスを追い掛ける訳にはいかない。
「ご主人様、申し訳ありません。遅れました」
徒人の視界が戻った時にアニエスは目の前に立っていた。
「どこ行っていたんだよ?」
「ちょっと身を離せない用事がありましたので、申し訳ありません」
徒人の怒りにアニエスは反論しない。いつもと違って若干髪が乱れているように見えた。祝詞はただ黙ってみている。
第一、身を離せない用事とはなんだ? 手が離せない用事じゃないのか?
「今から追いかける?」
「今からでは追いつけないでしょう。それに行き先には心当たりがありますし、説明してから追いかけましょう」
祝詞に対するアニエスの返答に徒人は納得できそうになかった。




