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第54話 手打ちはないよ

 ずっと[気配察知]のスキルを発動させているが声はこの部屋の中からではない。


『その部屋には居らぬぞ。食堂に来てもらえるかね。麿はそこに居る』


 徒人はパーティメンバーと顔を見合わせる。


「壊すかどうかの話は後回しで行くしかないでしょう。罠でもね」


 リーダーである祝詞の判断に全員無言で従う。

 隠し部屋を出て隠し通路を抜けて客間に出る。徒人の目には心なしか部屋の感じが違うように見えた。豪華な家具や調度品にも呪的な意味合いがあるのではないかと勘ぐってしまう。


「レオニクス、食堂はどっち?」


 祝詞が先頭を行くレオニクスに聞く。


「エントランスまで出て向かって右側の奥だ。罠は感知できないが警戒しとけ」


 その言葉に徒人は魔剣を鞘から抜き放つが彼方は反応しない。居合でも出来るんだろうかとも思わなくもないが双子座の勇者に首を刎ねられてから慢心は消えた気がするので声は掛けない。和樹はロッドを握りしめ、祝詞も戦闘姿勢に移る。

 レオニクスが宣言した通りに右へ曲がった。床に引いてある絨毯の模様ですらも罠に思えてくる。先程まではただの貴族の屋敷に過ぎなかったのに急にダンジョンに入ったかのような冷たい空気を感じた。


「ここだ。開けるぞ」


 右の、建物を正面から見て左の廊下に入ってすぐの扉でレオニクスが立ち止まる。


『別に構えなくても麿は何もせぬ。入られよ』


 勿論、それを素直に聞くパーティメンバーは誰も居なかった。同時にレオニクスが扉を蹴り飛ばす。蝋燭の炎で照らされた薄暗い闇の中、食堂の正面にあるホスト席には仮面を被った男性らしき人物が座っていた。いや正確には男性なのかも分からないが。


「お前がこの館の主であるカイルスか?」


「そもそもこの屋敷がカイルスと言う人物が住んでいると言う事自体がミスリードだよ」


 和樹の問いに仮面のホストは二重の意味で否定する。そして普通に喋り始めた。[異世界言語]のスキルが発動せず日本語っぽいのが気になる。


「じゃあ、お前は何なんだ? 答えろ!」


「君たちが十字架教と呼んでいる組織の者さ。もっとも民衆向けのプロパガンダで正確には違うがね」


 徒人の声に仮面のホストは大げさに肩を竦めてみせた。


「それじゃあ、教えてくれる? 貴方たちは何なの? (わたくし)たちに取って? 敵?」


 祝詞の心底冷たい声が食堂に響き渡った。それは恫喝しているようにも見える。


「この愚かな帝國を倒して政治体制を民主主義にして全ての魔王軍を倒すのだ。稀人(まれびと)による世界を稀人(まれびと)の為の世界を作るのだ!」


「人の首を刎ねて置いて面白い冗談を言ってくれるね。第一、民主主義なんて物は民にある程度知恵がないと治まらないと思うけどね。こんな世界でどうするのさ? 聞き心地の良い言葉を使えばなびくと思ったの? 随分と人をコケにしてくれる」


 仮面のホストの言葉を最初から聞くつもりが無いかの如く彼方が否定する。


「あれは当教団の落ち度だった事は謝罪しよう。事故だったのだ」


「事故で首を刎ねられたら堪らないな」


 和樹が思わず皮肉を呟く。徒人は[気配感知]スキルを使ってみるが仮面のホストには反応しない。


「神蛇徒人を引き渡してもらいたい。それで貴方たちの身柄を保証しよう」


「随分、徒人に拘るじゃない? 何か価値が有るのかな? (わたくし)には分からないんだけど」


 祝詞が少しでも情報を引き出そうと彼方よりも先に口を開いた。


「その男が勇者だからだ。他にも自らで存在を秘匿している勇者は居る。どうやっているのかは知らないがね」


「当人は違うと否定してるわよ。もしかして、最初の襲撃は殺して遺体を連れて帰るつもりだったのかな?」


 祝詞の言葉に初めて仮面のホストが答えない。どうやら正解らしい。


『本気で怒ってますね。勿論、わたしも怒りますけど、第一に徒人が勇者ならわたしが気付かない筈ないですから』


 妄想の世界から戻ってきたトワが口を挟む。


「決裂ね? 話にならない。貴方たちが約束を守る保証がない上に(わたくし)の仲間を殺して連れて行くですって……今世紀で一番非常に不愉快な戯言だわ」


 祝詞の碧色の瞳に怒りが宿り、周囲には赤い炎が揺らめいているように見えた。


『この子、所有欲が強くないですか? 徒人はわたしのフィアンセなのに……無性にムカつきます』


 その通りですからちょっと向こうに意識を集中させて下さい。徒人の意志が伝わったのかトワは黙った。


「勿論、蘇生させて我々と共に戦ってもらうつもりだった。この世界の為に」


「じゃあ、何故、この屋敷を破壊しなかった? あんたたちが純然に稀人(まれびと)たちの犠牲者を減らそうとするのならこの屋敷も他の似たような施設も壊せた筈だ」


 再び仮面のホストが押し黙る。


「相互転送装置だったら(わたくし)たちが帰れないよ」


 祝詞が珍しく弱気な声を出す。背中に隠した左手は人差し指と中指を立てて2のサインを出している。意味はNOとダウトでつまり口から出まかせの嘘だ。


「そうだ。我々は帰る手段を探している」


「へぇ? どうして最初からその話をしなかったのかな? 本当はそんな手段知らないんだよね?」


 仮面のホストは3度目の沈黙を返す。


「交渉決裂だね」


 彼方が素早く胡桃のような物を投げる。仮面のホストはそれを反応すらしないでその仮面の被った顔面に胡桃をもろに受けた。

 だが仮面のホストは何も言わずに絨毯の上へと倒れ込んで首がもげる。最初から対峙する気はなく仮面のホストと思われた人物はマネキンみたいな人形だった。


『残念だな。後悔するといい』


 その言葉だけ残して声は虚空に消える。


「……取り敢えず成果は出たわ。衛兵たちに見つかる前に帰りましょう」


 祝詞の判断に徒人を含めて誰も文句は言わなかった。

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