第53話 人こそもっとも邪悪
隠し通路を進むと妙な小部屋に出た。所狭しと使い方の分からない道具が棚に置かれており、祭壇らしき物には人骨らしき物が備えられ、床には得体に知れない文字で書かれた魔法陣が描かれている。魔法陣は[異世界言語]のスキルを使っても読めない。
徒人は天井を確認して吊り天井じゃないか、いちいちチェックする。
「これは人骨かな?」
「変な怨念みたいな物を放ってるから触らない方がいい」
間近で祭壇を睨みつけていた彼方が祝詞の言葉で慌てて距離を取った。その顔は不快感と嫌悪に歪んでいる。
『魔族の骨ですね』
徒人の頭の中にトワの声が響いた。アニエスから連絡が行っているだろうとはと思っていたので特には驚かない。むしろ、ナイスタイミングだった。
『分かるんですか?』
『はい。何故ならその骨は先代の南の魔王ですから』
『えっ!? どうしてそんな物が』
徒人がトワに問い質す前にレオニクスが口を開いた。
「リーダーさんの言うとおりだ。触るな。それが2年前に倒された南の魔王の一部だ」
「どうしてこんなところにそれがあるんだ? それにどうしてそんな事を知ってる?」
和樹が彼方の背に隠れながら問う。
「稀人たちには有名な話だからさ。2年前の、正確には3年前に呼び出された勇者だったらしいがそいつが、いやそいつらが倒した魔王の1人さ。南の魔王を倒して喜んだのもつかの間、お偉いさんの無茶な命令と勇者パーティの自惚れで北の魔王討伐に向かった」
「結果はどうなったんだ?」
『勿論、返り討ちですよ。あいつは無責任でいい加減でしたが強かったんですから』
徒人の問いにトワが答える。何にも考えないようにしようとするがちょっと黙ってて欲しかったなと微かに思ってしまった。
「全滅したらしい」
『わたしの方が正確ですね。全滅じゃなくて双子座の勇者とその親族1人だけ生き残ったそうです』
意地を張ってるのか、徒人の意識にトワさんが胸を張りながら説明するイメージが流れ込んでくる。その様子が微笑ましくて笑いたくなるが目の前ではこんな話をしているので顔に出す訳にはいかない。
「それは分かったがどうしてそれが南の魔王だって分かるんだ?」
和樹が全員が思っていたであろう疑問を口にする。
『普通に見たら魔力でしょうけど、この盗賊に分かるんでしょうか? 魔盗の職業に付いてるという報告は上がってませんね』
徒人の意識に資料を出してきて読みだすトワの姿が見える。
「噂とこの屋敷の現状を組み合わせて推測しただけだ。それにもう1つ噂があったからだ。魔王と勇者の一部を召喚の為にサラキアの四方に西洋式の建物を建物を作ってアンテナにしていると……一応聞くがアンテナの存在は知ってるよな?」
「普通に知ってますよ」
「21世紀の人間なんですから」
レオニクスの態度に彼方と祝詞がムッとして反応する。だが彼は押し黙っていた。
『勇者の件がどうかは知りませんが前の南の魔王が召喚の媒介に使われていると言う話は聞いた事ありますね』
『結構酷くないですか?』
『えっ!? 何がですか? あいつ、酷い上司だったんですよ。どうなっても知りません。わたしに嫌がらせとかいっぱいしましたし、第一、仮にも魔王なんですから自力でなんとかできると思うのですが』
徒人がツッコミを入れるとトワの愚痴が始まってしまった。魔王が魔王を罵ると言う変な状況になっている。
『その話は別の機会に伺いますので』
その一言でトワは押し黙った。とんでもない約束をしてしまった気がしなくもないが今はレオニクスを問い質す方が先だ。
「レオニクス、違ったらすまないがここに神前早希を案内したりしなかったか?」
「どうしてそんな事を思う。俺は便利屋じゃないぞ。発想が飛躍し過ぎじゃないか? 想像力が逞しいな」
勿論、素直に答える訳もない。レオニクスの反応を見たのだがやはりいつもに比べたら口数が多い。
「その噂ってどういうのなの? 普通に教えて欲しいんだけど」
祝詞が一瞬だけ徒人を見た。この場でのこれ以上の追求は危険だと判断したのだろうか。最悪、戦闘になった場合、狭いので人数差を活かせないのを懸念したのだろうか。
「異世界召喚には媒介が必要だ。俺は門外漢なんでよく分からんが魔力も結構消耗してるだろう。だが2年前の南の魔王討伐を期に魔力は最低限で済むようになった。何らかの魔力供給源を得たと考えるのが妥当な判断だと思うが」
『人間の説明にしては筋が通ってますね。あ、徒人はそこに含まれてませんから。徒人は特別ですから。どんな事が起きても』
余りフォローになってない一言だけどトワから特別扱いされるのは悪い気分じゃない。
「魔王の躯は魔力供給源で分かったけど勇者の一部は何に使うの?」
再び祝詞がレオニクスに問う。
「……そこは俺も詳しくは知らないが勇者の骨を使って召喚する稀人を選定しているとは聞いている。もっとも最終的には召喚主の血液や髪が呼び出される人間の方向性を決めるらしいがな」
『眉唾っぽいですね。逆に勇者が生き残ってるのを知っていてブラフである可能性もありますが』
徒人はトワが訝しむのを黙って聞いている。考えているのは別の事だった。
「それよりこの屋敷をどうにかすべきじゃないのか? さすがにこの施設を放置するのはどうかと思うんだが」
徒人の提案にその場に居た5人が驚愕の表情を浮かべる。そして5人は徒人の顔を見る。
「何? 変な事を言ったか?」
『素晴らしいアイデアですね。徒人は責任を持ってわたしが養います。仕事を終えて帰ると素敵な旦那様がエプロンを着けて料理を作ってくれて、そして、仕事で疲れたわたしに手料理を食べさせてくれるなんて最高です』
トワさんが興奮して口を挟んでくるが今の徒人には仲間の反応が気になる。
『残念ながらそれはご遠慮願いたいな』
屋敷の中を男性の声が響いた。




