第49話 権力者たち
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徒人が祝詞に悩みを打ち明けている頃、謁見の間では権力者とその使いが集まっていた。玉座近くにユリウスにノクス。その近くには護衛役のアスタルテ。入り口近くには執政室にも居たフードを被った男。他には右の壁際には元老院の代表である豪奢な服装の中年男性が立っている。その場のほぼ全員が浮かない表情でいる中、ノクスが口を開いた。
「思った以上に教団の尻尾を掴めないとは間抜けな話ですね」
「それは前皇帝の妹殿も同じ事では?」
「そうかも知れませんね。貴方の眼にそう映るのであれば」
中年男性の言葉にノクスは上品でありながらも彼を嘲った笑みを零している。
「双方、児戯はやめよ。夜深くに集まってもらったのは諍いを起こす為ではない」
現時点ではユリウスはラティウム帝國で最高権力者である為にノクスも中年男性も言うとおりにせざるおえないので沈黙を持って応える。
「成果と言えば一応教団の勇者の能力が分かったのは僥倖と言えるのかもしれませんね、お兄様」
「何が僥倖な物か。我らが帝國を救う筈の勇者が我らに牙を剥くとは……論外だ。何の為に稀人を召喚したのか分からなくなる。我らの首を絞める為だったのか」
アスタルテのフォローに元老院の代表の中年男性が皮肉の言葉を吐き捨てる。本当に唾まで飛んでいるのではないかと言う取り乱しっぷりで。
「2年前の召喚の件でしたけ? ノクスはイマイチ覚えていないのですが」
金髪碧眼の美少女が悪魔のように口の端を吊り上げて笑う。余りにその表情が様になるので元老院では悪魔の人形とすら陰で揶揄されるくらいだった。
「我々としてはあれは手違いが起こした事故だったのだがね」
「貴方たちの愚かしさから始まった話であるなら自分たちで尻拭いして頂きたいですね、元老院とその元老院議長の使いであるバルカ殿で。第一、酷い目に遭った方は事故だったでは済まないでしょう」
その言葉にバルカと呼ばれた中年男性は押し黙る。そして歯ぎしりが静まり返った謁見の間に響く。
「それに観測員からの報告によると今回の勇者の特殊スキルを暴いたのも白咲祝詞のパーティメンバーである刀谷彼方の活躍あっての事。これは執政官殿の手腕を認めしかありませんわよね」
バルカに追打ちするようにノクスが事実だけを述べる。
「だがその彼らが仕留めきれなかったのも確かだ。やはり我々元老院の預かる稀人たちで始末を着ける方が確実であろう」
「これは異な事を仰られる。今回の件の裏側にある話を考慮すれば、元老院の預かる稀人たちには知られたくないのでは?」
ユリウスの問いにバルカが押し黙る。
「お言葉ですが2年前の出来事とは一体? 前皇帝の妹であるノクスに具体的に教えて頂けるかしら?」
その発言にノクス以外の全員が押し黙る。
「小官が知ってる限りで簡単に申し上げますと北の魔王の討伐を失敗したのですよ。当時の南の魔王を倒したまでは良かったのですがね。当然、今代の南の魔王より遥かに強かったと言われている魔王を倒して有頂天になった元老院はその討伐を成した稀人パーティに北の魔王の討伐命令を下したのです」
見かねたアスタルテがノクスに説明し始めた。
「それでその稀人たちはどうなったの?」
「北の魔王は当時四天魔王で最強と言われて居ました。今、戦闘力で最強と言われる西の魔王や南の魔王を遥かに凌ぐ力を秘めている相手にその強行軍はやはり無謀でした。本気すら出さなかった北の魔王にパーティメンバーは半分が死亡。生き残ったパーティメンバーは」
アスタルテはそこで言い淀んだ。
「ええ、止めぬか! アスタルテ! 噂の類に等しい虚言は」
「黙りなさい! このノクスが命じます。お前が知っている事を話しなさい」
バルカの横槍にノクスが蜂蜜を思わせる金髪を逆立てるような勢いで怒鳴る。
黙っていたアスタルテは意を決したように口を開く。
「生き残ったパーティメンバーは元老院の失態を隠す為に暗殺されたと言われています。そして生き残ったパーティメンバーとは双子の勇者で、確か名前はユロクだったと思います」
「ふん。バカげてる。わざわざ勇者を殺すなどと話しにならん。第一、双子の勇者の名前はタケヤ・ミロクだ。勇者が生きていれば他のメンバーなどまた呼べばいい」
アスタルテの言葉をバルカが鼻であしらう。
「なるほど。つまり、貴方たちのヘマで勇者を失ってでかい顔をしている訳ね。大方、今みたいに失言を繰り返して生き残った勇者に逃げられた。そんなところかしら?」
謁見の間に扉を開けて1人の男が入ってくる。そしてその男がバルカに耳打ちする。
「急用が出来た。帰らせていただく。くれぐれも邪推による流言の類を広めぬように。皆様の品位の為に」
バルカは部下らしき男を引き連れて急ぎ足で出て行った。その姿は逃げ出しているようにも映る。
「逃げ足だけは早い事で。ところで執政官殿、先程の芝居はもう少し上手くやれなかったんですか? お世辞にもアスタルテは演技が上手とは言えないかしら」
ノクスは謁見の間の扉が完全に閉まったのを見てから感想を述べる。
「魔術以外がポンコツで申し訳ございません」
「そう責めないでやってくれるか。僕が頼んだ事なのだから」
ユリウスがアスタルテを庇うようにフォローする。
「それでさっき言った事は大体間違いないのかしら?」
「大方においては……ただ、双子の勇者がどんな状況で出奔したのか、それとも一度殺されて蘇ったのか詳細は分からないのだよ」
「面倒な話ね。無駄な事をしたせいで帝國は要らない血を流している。彼に召喚された時に連れ合いが居たのかしら? 兄弟や顔見知りとか」
ノクスの問いにはユリウスは黙したままだった。
「小官には詳しい事は分かりません。資料がありませんので」
「分からないのね。もう良いわ。帰って寝るわ。これ以上起きては居られないし」
ノクスは言うだけ言って謁見の間を出て行った。
「ではそろそろお開きの時間だ。君には期待しているよ。シュナイダー・レオニクス」
ユリウスは入り口に立っていたフードの男にそう言った。
フードの男、いやレオニクスは舌打ちして謁見の間を去って行く。
「そう言えば、お兄さま、神前が蘇生しなかったのは勇者に関する待遇を知っていたのでしょうか?」
アスタルテが疑問を口にする。
「どうだろうな。僕には分からんよ」
ユリウスも出入り口の方へと向かって歩き出す。アスタルテも慌ててそれに続いた。




