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第5話 勇者なんて職ないから

 決闘の観覧が終わった後、徒人を含む稀人(まれびと)たちは闘技場の隣にある噴水のある広場に通された。そこにアスタルテと神官長みたいな身分の高そうな祭服を着た初老の老人と幾人かの巫女たちと兵士たちが待機していた。

 先程までと違うのは数人の巫女が椅子に座り、その対面に椅子。それを挟み込むように背の低い机と水の入った器が置かれている。

 席の順に並ばされたので近くに祝詞や和樹、それに彼方も近くに居た。

 さっきの茶番劇にげんなりしているような表情のアスタルテが口を開いた。


「巫女たちが貴君らの適性を調べて向いてる職業(クラス)を伝えるが決めるのは諸君らだ。職業(クラス)を決めたらそこに居られる神官長に希望を伝えるといい。それで今日ここですべき事は終わる」


「やけにすぐ終わるんですね」


「初日だからな。それにこっちはこっちで準備があるのだよ。とりあえず、先頭の者からそこの巫女が座って対面に座れ。適性検査を始める」


 祝詞の問いに説明するのが億劫なのか、段々適当になってきてる。なんで小官がと言わんがばかりの雰囲気が漂っている事から本来は彼女の仕事じゃないのだろう。


「待て! まずは僕からだろう!」


 悟の名乗りをあげて前に出る。アスタルテはまたお前かと言う表情をして視線が合った巫女に目配せした。先にやらせてやれと言った感じだ。


「こちらにどうぞ」


「おうともよ」


 悟は一目散に走って声を発した巫女の前にある椅子に座った。

 お上りさんとはこういう感じなのだろうと思いつつ、徒人はその様子を黙って見ている。


「聞き手を差し出して目を瞑って下さい。わたしが許可を出したら目を開けて下さい」


「いいから早くやってくれ」


 少しムッとした様子の巫女は左手で悟が差し出した右手を取り、自分の右手を水の入った陶器と思しき器にかざす。中に入っていた石がそれぞれ浮遊したり沈んだりする。


「この石が──」


「結果を教えてくれ。僕は勇者適性があるんだろう」

 またも発言を遮られて巫女の額に青筋が出来ている。


「殆どの職に適性がありません」


「あるのは勇者なんだな」


「……ゆう、か、狩人しか適性がありません」


 悟が呆気にとられた表情になる。その様子は公開処刑だった。

 徒人は吹き出しそうになったが堪えた。駄目だ笑うな。耐えろ。ここで目立ってどうするんだ。堪えろ。笑ってはいけないんだ。だが悲しいかな笑ってはいけないと思えば思うほど人と言うのは笑いそうになってしまう。


「あははははっははははははは。やばい傑作。ひぃひひひひ」


 近くに居た祝詞が吹き出してしまった。その美しい容姿から想像できない笑い声をあげ、体をくの字に曲げて目から涙がこぼれていた。


「ふははははっははっは」


 祝詞につられて徒人を含めて他の何人かが笑ってしまう。対照的に和樹はその様子を居たたまれないのか黙って見ていた。逆に彼方は黙って自分の番を待っている。


「嘘だ! もう一度、ごば」


 悟は走ってきたアスタルテの一撃を顎に受けて失神して椅子から引きずり下ろされた。


「そいつは後回しでいい。ふん縛っておけ。次は誰だ。……そこのおかっぱのお嬢さん、君からだ」


 次が来なかったのを見かねてアスタルテが指名してきたのは刀谷彼方だった。あと他に何人かを指名する。


「当方ですか。よろしくお願い致します」


 彼女は一番近くの巫女の向かい側に座った。その歩き方がまるで剣道の試合に行くような感じで酷く場違いに映る。


「かなり偏った特性ですね。久しぶりに見ました。しかもほぼ一点に集中して他の適性が皆無です」


「どの適性なんでしょうか」


 調べ終えた巫女が鎮痛は面持ちで告げるので彼方も通夜みたいな表情で構えている。


「刀を扱う前衛職の侍系統にしか適応が殆どなくてそれで今なれる職業(クラス)は剣客です」


「刀が使える前衛職なんですよね? 当方、それで構いません。と言うか日本刀、大好きです! 愛してます! 早速、職業(クラス)に就かせて下さい」


「は、はあ。間違いありません。貴方が言っているのはオリタルと言う東の大陸から来る刀の事ですよね」


 彼方の表情は誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一度に貰った子供のように輝いている。

 人の良さそうな巫女は年端もいかない少女と言う点で彼方の適性が前衛にしかない事を嘆いていたのだろうが彼方本人は大興奮して神官長の所に走って行きそうだった。


「ではあちらの神官長様の所へ」


 言うや否や彼方は巫女の言葉を最後まで聞かないで走りだしていた。そしてその1秒後には神官長らしい男性の目の前に立っていた。


「今回の稀人(まれびと)たちは疲れる。これ、終わったら有給だそ」


 アスタルテが両手を腰に当てながらため息を吐いている。


「刀谷彼方です。よろしくお願い致します」


「では刀谷彼方よ、そなたは剣客となる事を望むか」


「はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい。はい」


「はいは一回でいいですから落ち着いて下さい」


「申し訳ありません」


 長身の少女が小学生みたいに体を小さくして謝るのは滅多に見られる光景ではない。

 無事、彼方の職業(クラス)就任が終わったのだが神官長もアスタルテも疲れた表情をしていた。


「これからどうしたらよろしいのでしょうか?」


 安物の刀と着物を貰った彼方はベルトを使って刀を腰から差して着物はその手に抱えている。


「向こうに座っててくれ。あとで男女別々に宿舎に案内するから」


「了解です」


 アスタルテが指差した辺りに椅子があった。彼方はそこまで歩いて行って椅子に腰を下ろして待機した。


「ほら、ドンドン行ってくれ。日が暮れるのはご免だぞ」


 アスタルテに促されて残っていた稀人(まれびと)たちが素直に従う。祝詞は回復系中列職(かんなぎ)に和樹は後列魔術系の魔術師(メイジ)になった。

 そして、徒人の番が回ってきた。


「お願いしますってさっきの巫女さんかよ」


 徒人が椅子に座ってその顔を見て気がついた。先程、コロッセオの中を先導して歩いていた礼儀のなってない巫女だ。


「巫女としての名はカルナ。頻繁に会う事もないでしょうけどよろしくね。では開始しましょう」


 カルナと名乗った巫女は徒人の右手を取って一連の動作を手早く行う。水の中に沈んでいた石の殆どが器の中程で止まり、一つだけ水面近くに上がる。


「貴方も厄介なのね。それも違う意味で」


「どういう意味なんだ?」


「ただ一つを除いて適性が良くも悪くもないって事。これ、石が浮いたり沈んだりしてるでしょう。これは各職の適性度を表してるの。例えばここは盗賊の適正なんだけど貴方あんまり器用じゃないでしょう。だから平均より下でちょっと沈んでるの。それでこっちが剣士の適正。これだけ水面に近付くくらい浮いてるでしょ? これがこの中で一番適性が高いって事。そしてこっちが戦士なんだけどあんまり良くない。剣士を挟んでの反対側にある侍系も同じく良くない。前衛としては剣一つに生きるか後衛になるかの二択なんだけど後衛で言うと魔術師の適性がイマイチなのよ。貴方、あんまりエレメントに対する相性が悪いから攻撃魔法の威力が出せない。回復系はまだ良いんだけど……どうする?」


 カルナは時計のような12の刻みをそれぞれ指差して見せた。


「結構ズケズケ言ってくれるな。剣士ってハズレ職業(クラス)なのか?」


「戦士と比べると耐久性が低かったり、剣と突剣しか装備できなかったりするわね。あと普通の盾も装備できないからそれも欠点かも。成長は早いからバリエーションが豊富になる中級職まで我慢できたらね。初級職は職業熟練度(クラスレベル)が15になったら一人前だし、そこから中級職を渡り歩ければオールラウンダーとして強くなれると思うけど」


「誘ってもらえないのか? 死亡率が高いのか?」


「その認識はそんなに間違っては居ないわね。でも戦士に比べたら行動速度が速いのは利点だと思うけど、ここだけの話、戦士は素早い相手だと攻撃できずに死んだりする事があるからね。そこら辺をどう取るかかな。ちなみに強さを表す基準は各レベルの合計だからその観点で言えば、レベルが上がる速度が早いに越した事ない」


「剣士でいいや。半端に後衛やるより前衛で命賭けるか」


 徒人は内心であまり上手くいかない物だと肩を落とす。


「腐らずに励む事だよ。(わらわ)も向いてないとかさんざん言われて巫女になって3年続いてるし」


「励ましてくれてありがとう」


「ふふふ。頑張ってね。友人程度には応援してるよ。落ち着いたらウェスタ神殿へおいで。お茶くらいは出してあげる。そう言えば貴方の名前は?」


「神蛇徒人だ。カルナ」


「息災でね。徒人」


 徒人はカルナに見送られて神官長の前にある列に並んだ。そして数分後、徒人は無事剣士の職業(クラス)に就任した。


「クソ! 僕が外れ職の筈がある訳ないじゃないかステータスオープン……あれ?」


 意識を取り戻した悟が立ち上がってポーズを取って叫んだ。しかし、何かが起こったような反応はない。


「しかし何も起こらなかった」


 近くに居た祝詞が小声でツッコミを入れる。うちの生徒会長は結構性格が悪かったんだなと徒人は思った。


「ちなみに精霊さんと心の中で呼びかけたらスキルとか教えてくれるから」


 徒人は言われてやってみる。本当に光の球みたいなのが出てきた。もっと早めに気付よ、自分。


「じゃあ、(わたくし)は女性用の宿舎に行ってくるよ。数日後にパーティ組むらしいからまた会おう」


「それまで生きてたらな」


「ご冗談を。じゃあ、また」


 徒人は兵士に連れられて男性用宿舎へ向かって歩きだした。


【神蛇徒人は[異世界の礼儀作法1]を習得しました。[知識欲1]を習得しました。[巫女のお友達]の称号を獲得。[巫女のお友達]の称号の効果で[成長促進1]を習得しました】

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