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第39話 癒やします

 その夜、徒人はアニエスに言われたとおり、黒鷺城へと来ていた。いつもは隣りにいるアニエスだが今は着いて来てない。邪魔して殺されたくないのと雑務が残ってるとの話だった。

 黒鷺城の執事に案内されて派手すぎない美しい内装の廊下を抜けてトワの寝室へと通された。そして幾つかの蝋燭の明かりが薄暗く照らし、人をリラックスさせるような匂いが部屋には漂っている。


「なんか匂いますね。安心する感じの」


「アニエスから徒人が凹んでると聞いて用意しました」


「眩しいよりは安心します。根暗なんでしょうかね」


 徒人は冗談交じりに言ってのける。


「違います。徒人に関しては絶対にそんな事はありません。絶え間なく浴びさせ続ける光は全てが真っ白の部屋と同じく生物の精神を害します。そんな事も分からずに愚かな人間が過剰な光を求めているのですよ。あ、徒人は愚かじゃないですからね。わたしが保証します」


 テーブルの前に居たトワは徒人を手招きして自分の目の前にある背もたれの椅子をこちらに向ける。これに座れと言う意味にしか取れない。徒人は言われたとおりに座る。

 顔が赤いトワは徒人の後ろに回って肩を揉み始めた。


「あ」


「どうしましたか? 痛かったですか? 人間の……人の肩を揉むのは実験台のアニエスたち以外では初めてなんで痛かったですか?」


「じ、実験台……そう言えば、光を目に当て続ける拷問があったなって思って──」


 トワが言った内容に徒人はアニエスたちの不遇を思うと素直に喜べなくなる。ここに来る前に案内してくれた執事が一言「痛かったら死なないうちに魔王様に言って下さい。あの方は他人の体の加減が分かっていない所がありますので」と言われた事の意味がようやく分かった。


「ありますね。寝かせない拷問の一種ですね」


「やった事があるんですか?」


「やりませんよ。拷問は情報を聞き出すのには役に立ちませんし、そんな馬鹿な趣味があるのは人間だけです。主にラティウム帝國の皇帝と十字架教団がやっていたようですが……」


 人間の方が酷いのかとラティウム帝國が自分たちの世界で言うローマ帝国に似てる気がするなどと考えようとしたらトワの肩揉みが思考の邪魔をする。


「上手いですね」


「ちょっと弱めに加減してやってます。強い方がいいなら言って下さいね」


 嬉しそうな声を出しながらトワは肩揉みを続ける。


「このくらいでいいです。強くしたら肩こりが治るわけじゃないですし……それにしても体中が傷んでたんですね」


 ツボに入るトワのマッサージに徒人は目を細めながら何気なくそんな事を口にする。


「元々、稀人(まれびと)たちは召喚時に肉体を強化されるようですが別にそれには個人差があって疲労からの回復力が劇的に向上する訳じゃないですからね。気をつけないと死にますから無理しちゃ駄目ですから。それを忘れないで下さい」


「……と言う事はドサクサに紛れて俺の体を調べてますか」


「はい。ドサクサに紛れて調べてます。あれも治さないといけませんから」


 その言葉に徒人は気分が重くなる。出来る事なら忘れていたい。


「じゃあ、こっちもドサクサ紛れに幾つか質問しますけど良いですか?」


「どうぞ。スリーサイスだろうとバストカップだろうと答えますよ。その前に手に移りますから裾を捲って左腕を出してもらえますか」


 トワは徒人の正面にあった椅子に座る。徒人はその間に袖を捲って両腕を出す。


「それはまた今度でお願いします。真っ先に聞きたいのは……蘇生魔法が成功してるのに蘇生しない事なんてあるんですか?」


 徒人はトワが回復魔法のエキスパートらしいので蘇生魔法について聞いてみた。


「神前早希とか言う勇者の件ですか。……蘇生しなかったようですね」


 トワは左の手のひらからツボを刺激ながらマッサージを始める。徒人は変な声が出るほど気持ちがいい事に対してそんなに披露してたのかと疑問に感じた。この事もついでに聞いておこうと。


「はい」


「勇者の心の奥底にも闇は存在するのでしょう。蘇生魔法は基本的に蘇生が可能な状況で当人が生きたいと望めば必ず蘇生します。それで蘇生しないのは当人が拒否したからとしか思えません。だから本人が望まないから蘇生しないとケースは希にあります。勇者はラティウム帝國の闇を直視してしまった為に仲間すらも捨てて死を願ったのかもしれません」


 マッサージで思考が度々中断される中、徒人は仲間すらも見捨てると言う選択に疑問を覚えた。森の回廊で見た勇者である神前早希に全ての負担を集めてしまったパーティメンバーは彼女に取って本当に仲間だったのだろうと──


「召喚で強化されたみたいですが俺の体を調べててなんか分かりました?」


「今やってる最中です。それより腕の疲労度が半端じゃない気がするのですがちゃんと食べて寝て休んでますか?」


「そのつもりなんですが感じてないのかな。それとも意図的に疲労を感じないように作り変えられてるのかな」


 トワさんが念入りに左腕をマッサージしてくれてる。なんだか新しい腕が生えてきたかのように腕が軽い。そしてマッサージは右手に移る。


「召喚でこの世界にやってきた人間は元から居た人間よりも精霊の祝福を受けて強化されるようですがその強化のせいで多少の寿命の低下と痛覚が鈍ると言う話がありましたね。それかもしれません」


「うげぇ、寿命縮むんだ」


「たかが10年から15年程度ですよ。と言っても人間には大事ですか。確かオリタルの陰陽師とか言う魔術師が泰山府君祭とか言うので他者と寿命を連結する事が出来るとかそんな話を聞きましたね。機会があればそれをやってもらったら良いんじゃないでしょうか。わたしが10年くらいあげますよ。いえ、10年と言わずに50年でもいいですよ」


 トワの言った言葉に人間と魔族の寿命へのギャップを感じてしまう。10年はやっぱり重い。嬉しいけどポンと50年あげますと言われるのも戸惑う。


「その時はお願いします」


「はい。徒人なら無理やり分捕っていいですからね」


 トワが笑顔で言った。

 人間側の事情でトワさんが知ってる事を色々聞こうと思っていたのだがマッサージの気持ちよさに徒人は眠くなってしまって瞼が重い。それを反映するかのように徒人の体の力が抜けて陽炎のようにユラユラと揺れ動く。


「靴を脱いで下さい」


 徒人は言われたとおりに靴を脱いでトワにされるがままにする。痛いツボを突かれているのだろうが反応した瞬間だけ痛いのだが眠たくてそれ以上の反応が出来ない。


「効いてきたようですね。今日はこれまでにしましょう。無理して目を開けなくてもいいですよ。ベッドにはわたしが運びますし」


「何を」


「明日、アニエスに迎えに来させますから」


 トワは抵抗が出来なくなった徒人の体を肩を貸すように抱えて天幕付きでキングサイズはあるベッドへと連れて行く。そして天幕を押しのけて徒人の体をベッドの上にゆっくりと横たわらせた。


「ゆっくり休んで下さい。貴方は悪くない」


「これやると朝帰りじゃないですか。怒られますよ」


 トワの柔らかい指が徒人の目を覆う。ふわふわの布団の感触に一気に眠気に襲われる。


「貴方だけはわたしが守ってあげる。絶対に」


 徒人の唇にトワが撫子色の唇を重ねる。柔らかい感触を最後に徒人は起きて居られずに眠りの縁へと追いやられた。

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