第4話 稀人の末路
歓声を受けて貴賓席に現れたのはシルバーグレイの髪に蒼い瞳に目付きの鋭い優男だった。その服装は紫で身分の高い者を表しているがどこか中性的で胡散臭い印象を受けた。狐が二足歩行で服を着て歩いていると表現するのが相応しい。
ユリウス様、我らが執政官殿など歓喜の声が上がっている。多分、この国で一番偉い人間なのだろう。左右には奇妙なホルンのような形状の物を抱えた少年が付き従っている。
「ラティウム帝國に住まう諸君、今日、異世界人の召喚に成功した」
ユリウスと呼ばれた男が声を発するとホルンが震えてその声を増幅させているようだった。
彼に対する賞賛の声が観客席から上がる。それはコロッセオ全体を揺らすように響く。それだけで彼に対する熱狂的な支持を伺わせる。
それを遮るように楕円形アレナの一部が開いて地下から日本人でチンピラのような風体の男たちが三人現れた。白いスーツかジャージなら本当にそっちの人間だろう。
「おい! ユリウス。てめぇ、よくも俺たちを騙してくれたな。何が戦果を挙げたら身分が上がるだ。ちっとも改善されねぇじゃないか」
観客たちはまるで見世物でも演劇の一部でも見ているかのように何かを期待する眼差しを注いでいる。生け贄の山羊を見るかのように。
「おやおや。僕は嘘は言っては居ないよ。君たちは戦果らしい戦果を挙げていないじゃないか」
まるでからかうような口調でユリウスは言う。その様はまるで舞台役者のようだ。
「うるせぇ! あんな化け物たちと戦うなんて聞いてないぞ。俺たちを今すぐに解放しやがれ!」
リーダーらしき男が叫ぶと同時に脇に居た子分らしき男が頷く。
「そうだね。だがそれだと他の者に示しがつかない。何か特別なことをしてもらわないと……」
本当に白々しい口調でユリウスは虚空を見る。そして何かを思いついたかのように楕円形アレナに佇んでいたアスタルテに視線を移す。
「では皆が納得する。手段で力を示してくれ。そこに居る教官たるアスタルテを倒せたら君たちを解放しよう。双方ともにその条件で良いかい?」
「このアマを殺ればいいのか? 殺してから後悔するんじゃねぇぞ! ユリウス!」
「こちらは構いません。さっさと始めましょう。どうせなら三人同時でも構いませんよ」
アスタルテは服に掛かった砂を払いながら面倒そうに言う。
チンピラどもは死ぬな。と徒人は確信に近い予感を抱く。
「双方の同意が得られたな。では決闘を開始する」
ユリウスが宣言すると同時にチンピラ三人が剣を抜き放ち、三方向からアスタルテへと襲いかかった。
アスタルテは後ろに飛び退くと思わせて一気に三人との距離を詰め、すり抜けざまにリーダーに軽く触れると同時に彼を火柱が包む。そのもがき苦しむ姿に他の二人が固まる。
これでは獅子対ネズミの戦いだ。
「この世界の魔法か。自動で本人を防御してるのかそれとも魔力で防御してるのかどっちなんだろうか。それによって方針が変わってしまうな」
隣に座っていたライオンのたてがみのようなボサボサの茶髪で眼鏡を掛けてインテリっぽい優男が呟いた。
「俺は冬堂和樹。魔術師になれたら良いと思ってる。君は?」
「神蛇徒人だ。そういう希望はまだない」
右手を差し出されたので徒人は適当に握手しておく。
そんなやりとりの間にアスタルテはチンピラと距離をとりつつ、火の範囲魔法なのか3人全員を巻き込んで炎が出現し、死なない程度に彼らにダメージを与える。
既にチンピラ三人は戦意を失っていた。
「足下には炎は届いてないな。やっぱりコントロールしてるのか」
「私は回復に回されそうだからこういうの覚えておかないと駄目だろうな。面倒だな」
「そろそろ終わりかね。降伏させるのか、それとも──」
徒人が言葉を言い終わる前に観客席から殺せコールが起こる。娯楽として闘技場なんぞ作ってるんだからそうなるのも無理はない。まして為政者に楯突いた者がどうなるかは想像に難くない。
「やっぱりそうなるよね」
祝詞はそう呟いた後は黙ってみている。
「た、頼む。こいつらはいいから俺は」
リーダーらしき男が酷いことを言おうとしたがアスタルテが放った小さな炎を口から飲み込んでしまい、最後まで発言できなかった。そして内側から炎に焼かれたのか、炎に包まれ、その体は一瞬で灰になって燃え尽きる。
地面には僅かに焦げた跡が残るだけだった。
「やっぱり自分の意思で燃やす範囲をコントロールしてるんだな」
和樹が一々分析しながら独り言を呟く。
アスタルテは逃げだそうとした残り2人に向けて両手を突き出す。
「《ファイヤーストーム!》」
部下2名は炎の旋風に焼かれて黒焦げになった。人体の焼け焦げた臭いに徒人は顔を背ける。
観客たちは口笛を鳴らし、歓喜の声を上げていた。アスタルテはユリウスに一礼、そして観客たちに一礼して闘技場の端にある門へと消えていった。
「デモンストレーションも兼ねてたのね。本当に食えなそうな為政者だこと。だから巫女の態度が良くなかったのはこれのせいか、私たちがビビると思ったのかな」
「生徒会長もそういうキャラなのに人の事を言えるんですか」
「あら、神蛇君ほどじゃないと思うけど」
祝詞は徒人をニヤニヤと笑みを浮かべてみている。ヘマやらかしたか。ここまでのやりとり思い返してみるがそんなヘマはやらかしてない。
「本当に殺したり殺されたりする世界なんだ」
袴に剣道着姿、碧寄りの黒髪でおかっぱで長身の少女が食い入るように誰も居なくなった闘技場を見つめていた。今回の稀人たちは変な奴しか居ないのかと自分の事を棚に上げつつ、徒人は唇に力を込める。
「あれは……刀谷彼方か。有名な剣道少女ね。彼女も呼ばれたんだ」
祝詞が独り言のように呟いた。