第38話 事後報告
祝詞を連れてトワに会った日の午後、レオニクス以外の全員に支給された家の畳の敷き詰められた居間に集まってもらった。祝詞を上座に隣に徒人。他のメンバーは2人を正面に扇状に敷き詰められた座布団の上に座っている。ただアニエスだけは正座したくないのか、壁際で佇んでいる。
殆ど祝詞が魔王トワと南の魔王軍絡みの話は伏せたまま破綻なく出来るだけ真実を言って色街楓暗殺の件を説明してみせた。露骨に事実と違うのは徒人と祝詞が最初から示し合わせて居たと言う点くらいか。
徒人はただ黙ってパーティメンバーの様子を探っている。
「神蛇さん、人斬るなら言ってよ! 喜んで手伝ったのに。暗殺と謀殺は新選組の華。次は絶対呼んで! 絶対だから! それ以外は文句ないよ。黙ってた事には頭にくるけど」
彼方は暗殺を怒っているのかと思えば全く正反対の理由だった。新選組っぽいから呼んでくれとかなんだよ。浅葱色で新選組の格好とかして来ないだろうなと徒人は不安になってくる。
祝詞を見てみると呆れたような表情をして苦笑いを浮かべていた。
「俺も不満はあるけど、イチイチ言うような事じゃないだろう。放置してたら次は俺たちの番じゃないとは言えないからな。仲間に被害が出る前に手を打てて良かったと納得するしかない」
和樹の言葉に土門はムッとしていた。神前を失った熊越パーティの事を気遣っているのだろうか。
「オレにリーダーに対しての不満はない。一つ聞きたいのは神前の仇の話は熊越のところには伝わっているのか?」
「少なくとも俺たちは何も話してない。言った所でプラスにはならないと思う。神前早希は自分のパーティメンバーと村を守って死んだ。それだけは事実だからな」
意外なことに食いついてきたのは土門だった。徒人は事実だけを告げる。
「プロパガンダなら魔王軍の幹部とか言うのにやられたとかになるんだろうな」
和樹が虚空を見ながら呟く。
徒人はアニエスにもファウストと名乗った狐の獣人の事を話すのを忘れていたのを思い出した。後で話しておくかと徒人は視線を逸らす。
何故か祝詞が冷たい視線を送っている。
「徒人君、何か隠してないかな?」
その言葉にアニエスを含めた全員が徒人を見る。視線が痛い。
「ファウストとか言うのに遭ったんだが……そいつは神前には攻撃を加えてないとは思う。ほ、ホルンの音色を聞いて暴走してた奴を雑魚呼ばわりしてたし」
徒人が言葉を絞り出した。トワさんの関連で見逃してもらったとは言えない。最悪の形でバレた気がする。祝詞は何故伏せていた事が分かったんだか──
「えっ!? 自分はそんな話は聞いてませんよ。よくファウストに遭遇してよく生きて帰ってこれましたね。あいつは西の魔王軍の三大幹部の一人で格闘戦なら最強と言われている狐型の獣人です。エグい手を使われたら誰もあいつに勝てないと言われています」
アニエスが徒人に近寄ってきて本当に驚愕と表現できる表情でまくし立てる。つばが飛んだぞ。
「徒人、それは言わなきゃ駄目でしょう。どうやって逃げてきたの?」
「ゆ、勇者じゃないから見逃してもらったんじゃないかな。神前は蘇生しないと見抜いてたし、あと我が軍と対峙する恐怖でも伝えにとか言われてメッセンジャー扱いされてしまった」
祝詞の碧色の瞳が徒人の目を覗き込む。正直苦手だ。トワさんの方が覗き込まれても気楽でいい。惚れてる弱みもあるけど──
「悲しいかな。事実のようね。格好が悪いから黙っているのは分かるけどそういうのは話してもらわないと」
祝詞はパーティメンバーに見えないように口元を手で覆う。徒人にだけ見える角度ではその口元は笑っていた。やっぱり、この人やり辛い。ハイエナに睨まれた草食動物の気分だ。
「取り敢えず、逃げれて良かったじゃないですか。奴と交戦するとか自殺行為ですからね」
「それより弟子よ。聞いてないってどういう事だ」
「嫌だな。師匠、一応監視役なんですから報告しておかないと怒られるじゃないですか。本当に始末書モノですよ」
疑いを逸らす為にアニエスまでこっちに振ってきた。お前ら酷い。トワさんに泣きつきたくなってきた。
「今までそれどころじゃなくて報告が遅れたのは仕方ないだろう。神前や色街の件で忙しかったんだし」
「確かにそうでしたね。ご主人様、申し訳ございませんでした」
アニエスは姿勢を正して頭を下げた後、また離れて行った。追求しようとした和樹は毒気を抜かれてしまったのか、それ以上は何も言わなかった。
「この場には居ないけどレオニクスにはどうするんだ?」
徒人は矛先を変える為に祝詞に聞いてみた。
「最初に聞きたいかどうかだけ聞いてみて、詳細を知りたいのなら簡略して話すつもりだけど、彼、私たちから見れば外様だからね。あまり聞きたくないかもしれない。ビジネスライクで割り切ってる方がお互いにね──」
その意見ももっともかもしれない。
「そう言えば彼だけ別の国の出身で別のタイミングで呼ばれてるから疎外感はあるのか。パーティメンバーが全滅を経験してたりするのか」
「そんなのレオニクスが言わなきゃ分からないし、言った所で当方たちが理解できなきゃどうしようもない。第一、当方たちは死に掛けた事はあっても死んだ事はないんだし……それにあの人の目が冷たいんだよね。こっちを見る目がどこかドライでモルモットを見てるみたいな目をしてる」
和樹の意見に彼方はドライに答える。
「ユリウスの密偵であると?」
祝詞が口を挟んだ。
「それは当方には分からない。でもなんか信用出来ない印象はする」
「結局、確信には至らないか。……祝詞、どうする? これで解散するのか?」
彼方の煮え切らない返答に徒人は祝詞に話を振った。
「そうね。レオニクスの件はもう少しこっちで考えてみる。これで話さなきゃいけない事は全部話したから解散でいいでしょう。解散」
祝詞が座布団から立ち上がった。それに反応してほぼ全員が立ち上がる。
ふすまを開けた祝詞に続いて徒人を除いて全員居間を出て行った。
徒人が居間を出なかったのは足が痺れていたからではない。アニエスが戻ってくるのを待っていたからだ。
「遅れました」
戻ってきたアニエスがふすまを閉める。勿論、防音結界を張ったのだろう。
「ファウストとか言う奴はそんなに強かったのか?」
「二つ名が悪夢の体現者と言われるくらいですから」
徒人は自分が感じた気配がただならぬ物だったのを思い出して身震いする。
「ファウストに言われたんだがトワさんはお前の考えてるような人物とは違うと……どういう意味だと思う?」
「あの方がご主人様を愛しているのは間違いない事実でしょう。ただ、その愛し方が間違った方向に行きかねない危うさはあるかもしれませんね。この答えにご不満なら直接聞いた方がいいかと」
ファウストの件で一番聞きたかった答えは徒人の望むような形では返って来なかった。




