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第37話 私が正妻ですよね?(第一次正妻戦争)

 その次の日、アニエスがトワと話を付けてきたらしく朝からラティウム帝國の東端にある港町ジュノーへとやってきた。海と魚の匂いが鼻をくすぐり、潮風が酷く街を行く女性たちが髪や服の裾を抑えていた。今は街外れの別荘へ向かっている最中である。既に丘の上に建てられた木造で青色の西洋風の建物が見えていた。

 ちなみにパーティメンバーには寝ると言って誤魔化しておいた。

 ただ謹慎中に全員に今回の件に関して説明しないといけないのは確かなのだがレオニクスを呼んでこないといけないので流れたままになっている。


「そう言えば、どうやってあそこと家の空間を繋いだりしてるんだ?」


五星角(ごせいかく)が一人である時空魔道士のカイロスが担当してます。自分はあいつの声を聞いた事がありませんが空間移動に関してはエキスパートです。ちなみに影人間で何考えてるかよく分かりません」


 前を歩くアニエスに小声で聞いてみた。


「さすがにコソコソ話してるのは分かるよ。(わたくし)に関係ない事ならもう少し上手く話してくれないかな?」


「すまん。そういう意図はなかったんだが……ん?」


 徒人は後ろを歩く祝詞の方を見ていたが視線を感じて正面に向き直ると建物の入り口手前にトワが立っていた。その表情はテレ顔と不機嫌を交互に繰り返している。

 視線の移動を確認すると徒人と祝詞を見比べているようにしか思えない。

 徒人はこの瞬間からトワと祝詞の出会いが最悪な方向にいかない事を祈るしかなかった。



 別荘の中に入ってリビングにてトワと祝詞に挟まる位置で徒人が丸テーブルに着く。


「でこいつが泥棒猫ですか」


「いきなり喧嘩腰の方ですね。年取るとそんなに落ち着きがなくなるんですか?」


 開口一番に言葉でのやり合いになった。頼むから犬と猫の喧嘩は止めてくれと徒人は頭を抱えたくなってくる。


「そんな口喧嘩は後でいいですから本題に入って下さい」


 アニエスは陶器製のポットからそれぞれのカップへお茶を注ぎながら呆れ返っている。


「最初に動機を聞いておきますが……どうして、徒人の後ろ盾に会おうと思ったのですか?」


 トワは己の素性を隠したまま質問する。

「勇者への待遇の悪さよ。例え魔王を倒せたとしても暗殺される可能性がある。それじゃあ、一生懸命に戦う必要がないでしょう」


「言いたい事は分かりました。それでコネ作りですね」


「それより(わたくし)は権限のある責任者を頼んだんですが貴女が責任者ですか?」


 祝詞が少し不満そうに問う。


「申し遅れました。わたしの名前はトワ・ノールオセアン。南の魔王軍の総責任者であり魔王をやらせてもらっている者です」


 トワは椅子から立って頭を下げた。適当に挨拶するかと思っていた徒人は慌てて立ち上がる。


「白咲祝詞と申します。岩屋戸高校3年生で生徒会長などを勤めておりました。今はパーティのリーダーで職業(クラス)は正巫女です。弓術とナギナタを噛じっておりました」


 実家が神社で巫女をやっているだけあって深いお辞儀で頭を下げた。

 さっきまで言葉でやり合ってたのに今度は礼儀作法合戦かよ。やり辛い。

「取り敢えず貴女はわたしと会談を持った以上、南の魔王軍と共謀を疑われても仕方ない立場になった訳ですが何が望みですか?」


 トワは着席して今までの不機嫌な表情を消して魔王として問う。


「まずはコネクション。(わたくし)がラティウム帝國から追い出された時に保護と生命と自由の保障かな」


「それを望むならば我が軍との交戦は可能なかぎり避けて頂く事になりますがそれはランキング制に置いて不利になる可能性がありますよ」


「命令がない限り、そしてそちらの下っ端が仕掛けてこないかぎりは交戦せずに済むと思います。今、ラティウム帝國の目標は西の魔王軍と十字架教に絞られているみたいですから」


 祝詞の分析は間違っては居ないだろうがこの材料で納得させられるのだろうか。


「それだけでは不足だと言ったらどうするの?」


 トワの鴇色の瞳が探るように祝詞を見ている。


「……では日に何度か貴女を讃えて祈りましょうか? それで貴女の力が増すなら悪い条件ではないでしょう?」


「誰かが祈って力が増すのは悪魔であって魔族ではありません。交渉材料がそれならわたしは帰らせてもらいます」


 祝詞のからかうような声にトワは冷淡に返す。


(わたくし)が嫌いなのは分かったけど、徒人君を引き入れたのなら(わたくし)がそんなに劣っているような条件だとは思わないけどね。最新の稀人(まれびと)のパーティのリーダーを取り込めるんだから決して悪い条件ではないはずでしょう? 少なくともアニエスが不在の時にも徒人君を孤立させないで済む。それに(わたくし)はさっきも言ったとおり正巫女の職業クラスについてるし蘇生魔法も覚えてるし、彼の事を想うなら悪い条件ではない筈では? それとも想っているからこそ承服できないのかしら?」


「言ってくれますね」


 トワの声には怒気が含まれている。徒人は煽り過ぎだと思わなくもない。


「でも事実でしょう。確かに(わたくし)たちは女としてお互いの利害を害してるかもしれない。しかし、お互いを取引相手と考えれば利害は一致しているのでは?」


「分かりました。貴女とは協力関係を結ぶ事にしましょう。ですが今のところ最悪の事態が起きたとしても保護できるのは貴女だけですが宜しいですか?」


「今のところか……分かったわ。今はその条件でいい」


 祝詞は立ち上がって右手を差し出した。トワも同じように立ち上がって握手を交わす。決裂すると思ってたので徒人は黙ってみていてしまった。


「なんか損した気分です」


 トワは手を離して着席し、今まで手を付けてなかったカップを口に運ぼうとして手が滑ったのか、カップを落として割ってしまう。床にこぼれ落ちるお茶と飛び散るカップの破片。彼女は反射的に手を伸ばしてその白い人差し指の先から赤い液体が溢れだす。


 徒人は慌てて椅子から離れてトワの手を取り、口の中に含んで血を吸う。


「ごめんなさい。口の中は雑菌……」


 慌てて徒人は口からトワの指を出すが再び突っ込まれてしまった。今、口から人差し指を出したらこの間に比ではないくらい怒られるであろう事は徒人にも分かっていたのでそのままトワの指を舐め続ける。


「やっぱり、わたしが唯一人の正妻ですよね」


 先程までの威厳はどこへやら──トワさんは夢見る乙女の如くうっとりしているように徒人には見えた。


「けっ」


「現金なんですから……でもナイスご主人様と言うべきですかね」


 祝詞は椅子にふんぞり返って、アニエスは代わりに割れたカップの破片を集めだす。

 これでトワさんの機嫌は直ったのだがこの後、午後に他のパーティメンバーに説明しなければいけないのにこのまま帰れるかが徒人の不安だった。

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