第36話 女! 貴様もヤンデレか!
謹慎一日目の昼下がり、徒人の部屋で防音結界を張って徒人、祝詞、アニエスを交えての話し合いとなった。祝詞が「徒人の後ろにある存在について教えてほしい」と発言したのが事の始まりだ。
全員、畳の上を正座しているのだが祝詞が一番姿勢正しく徒人が居心地の悪そうに頻繁に動き、アニエスは正座が堪えるのか、とっても苦しそうに青ざめている。
「別に無理して正座しなくていいだろう」
「ご、ご主人様たちが身を正してるのに自分が一番乱れてるのはも、問題があるかと……」
「なんか遭った時にお前が動けないのは問題だろう。適当にあぐらをかいとけ」
徒人の言葉に納得したのか、アニエスはモゾモゾと体育座りに移行する。白いドロワーズが見えたがどうも嬉しくない。
「そろそろ本題に入っていい?」
祝詞が咳払してから問いただす。
「話して懐柔すべきかと」
アニエスは口ではそう言っているが最悪の場合は自分が片を付けるつもりらしい。いきなりリーダーが消えたらこのパーティは空中分解だろう。ファンのくせに仕事は最優先で考えてるのがリアリストと言うかドライと言うかと──徒人はそんな事を思いながら肩を竦める。
「迷ってるなら1つ手の内を見せるよ。アニエスは純粋な人間じゃないよね? あ、何故分かったかと言うと私が巫女なのは徒人君も知ってるわよね?」
「ああ、呪いわら人形とか丑の刻参りの釘とか置いてる神社だったよな。人間の負の部分が集まってきてるような、異界に迷い込みそうな──」
一度だけ参拝しに行った時の事を思い出して徒人は眉毛を歪める。夜行ったら間違いなく異形の者と出くわしそうな薄気味悪い鎮守の森があったのを思い出した。
口にしてから祝詞の気分を害したと思えば当人はそんな様子はない。むしろ、機嫌が良さそうだった。
「そうそう。昔からボロカスに言われてるよ。参拝客は絶えないけどね。フッフフフ。それもあって私には分かるんだ。ちょっとでも人と違う存在には鼻が利くんだよ。あ、ちなみにうちの神社で神隠しとかないからね」
嬉しそうに祝詞は語る。1つ間違えたら死ぬかもしれないのに豪気と言うか何と言うか、徒人は複雑な思いにとらわれる。
「どうしてそんなに嬉しそうなんだ? お前から見たらアニエスは得体のしれない化物とかに見えるんじゃないのか?」
「アハハハハッハ、ヒヒヒヒヒ。徒人は面白いね。あ、馬鹿にしてる訳じゃないよ。気分を害したのなら謝る」
祝詞は口に手を当てて白い喉を仰け反らせながら笑った後、佇まいを正して深々と頭を下げた。
「いや気にしないから続きを頼む」
「実に簡単な事だよ。人間が一番醜いからに決まってるじゃない。芸能人とか有名人は綺麗事しか言いやしない。ああ、光り輝いてるだの、努力だの、嘘臭い文言を加えても結局、この世界、いや私たちが居た元の世界も含めて人間が生きる世界はドス黒い河が本音と言う地の底に流れてるんだよ。嫉妬に妬みにとかね。それに比べたら人外である事なんか大した事じゃない。むしろ人間よりもマシかもしれないし。それに以前に私は神なら邪神でも祟り神でも祀ると言ったでしょう。それだけだよ。それだけ。色街を殺した時の徒人とか良かったよ。本当に」
徒人は思わずアニエスの様子を確認する。彼女は微妙な表情で祝詞を見ている。気持ちは理解できる。徒人にとっても祝詞は清廉潔白で公明正大な生徒会長と思い込んでいたところがあったので仮面の下の素顔がこんな状態だと若干引く。
「……あ、ありがとう。一応、褒めてくれて」
視線を祝詞に戻すとうっとりと徒人を見ていた。
「それで私の処遇はどうするの? アニエスに殺させるの? それとも貴方の主に会わせてくれるの?」
死と隣合わせの綱渡りなのに祝詞は嬉々としていた。
「アニエス。あの人は祝詞に会うと思うか?」
取り敢えず、トワの名前と役職は隠した。
「多分、会談を取り持つ事は可能でしょうが……口移しで薬を飲ませた件を恨んでるかもしれません」
「じゃあ、徒人君ととっととキスさせたら良いじゃないの? それで機嫌直すんじゃないの?」
祝詞は無表情に戻ってサラリと言ってのける。
「それで行きましょう。ナイスです」
アニエスは右手の親指を立てて同意する。祝詞も親指を立て替えす。女性はトイレに行って一生の友達を作ると言うがこの2人は人を生贄の供え物にする事で意気投合してるんじゃないかと徒人は思う。
「なんだか面倒そうな人ね」
「ええ、とっても」
先程まで殺そうとした相手と殺されるところだった相手と談笑できる神経が理解できないと徒人は目眩がしてきた。祝詞とアニエスの胆力が並じゃないのは分かったが。
「祝詞もヤンデレなのか? 俺はMっ毛があるのかと思った」
徒人は頭を振って一言溢す。
「失礼な。私は……そういう定義で当てはめるなら人の暗部を愛でる闇デレだと思う。それに徒人の本性を表した時の表情が凄く良かった。ああいう表情を見えてもらえると自分の中にある闇が肯定できるからホッとするんだよ。私だけじゃないって」
祝詞はない胸を後ろに逸らしてはしゃいでいた。
「何かが激しく間違っている気がするが取り敢えず一段落か。これからも宜しく」
徒人は安堵感に身を任せながら祝詞に右手を差し出す。
笑顔で祝詞が握り締めた手を引っ張った瞬間、徒人は前へ転ける。そして祝詞の膝の上で罠に嵌められた事に気が付いた。
「あ、足が痺れた」
「これ、みんなよく引っかかるのよね。あ、お詫びに私の足を堪能していっていいよ。脚には自信あるから」
徒人は足の痺れでそれどころではなかった。
「また見つかると厄介なんで早めに切り上げて下さいよ」
アニエスは全く動じていなくてただトワに見つからないかを気に掛けていた。
このまま、会談とか嫌な予感しかしない。徒人は祝詞の膝の上でもがきながら新しい悩み事が増えた事を自覚していた。




