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閑話 刀谷彼方の本質

Sideです

【注意事項】

話の的にはここにおいてますが重大なネタバレが含まれています

この話は最低でも『第94話 とんだローマの休日』まで読んだ後にお読み下さい

まだの方は読み飛ばして下さい

 刀谷彼方(とうたにかなた)は宿舎の窓から屋根の上に出て夜風に吹かれながら現状にため息を吐く。吹いてくる風も日本の湿気混じりのベトベトとした感じではない。

 ここが日本だと言うのは消えた。そして漆黒に星を散りばめた夜空を見上げる。彼方の故郷では見る事ができなかった美しい星空だ。


 ラティウム帝國と言うローマみたいな街並みやコロッセオを見て珍妙な世界に迷い込んだものだと呆れ返っていた。そして皆が口々に自分を天才剣士呼ばわりするが何かが間違っているのか2016年の大会とか言い出す始末に呆れ返っていた。


 その頃の彼方は1桁だ。当然、高校生の大会など出られる筈もない。どうしてそんな勘違いを犯すのかと思えば彼らは2016年から来たとか言っている。彼方が住んでいた時代は2026年の日本であり、あり得ない事だ。


 持っている物の時代遅れで廃れた筈のスマホを使っていた。コミデではなく──彼らの様子を見るとローマ市民みたいな格好の人物も稀人(まれびと)と呼ばれる彼らも冗談や酔狂で言っている訳ではないのは理解した。


 コミデは見せない方が良いだろう。狙撃ソフトが入ってる次世代ディバイスなんか知らない方がいい。少年兵、いや、少女兵みたいなのとして人を殺した事がありますなんて言わなくていい事だ。もっともあの時代に生きていたのならば30%くらいは経験してる事だが。


 あの日本に居たら自分は死んでいただろう。余計な事を知りすぎた英雄など政府には必要ないのだから。いつの間にか奇兵隊じゃなくて新撰組になっていたのは随分と皮肉な事だ。奇兵隊も明治時代に反乱を起こして鎮圧されたらしいので間違いではないか。

 もしかして既に死んだ後に見ている一瞬の夢幻なのかと思ったがそうでもない。

 コロッセオで嗅いだ人が焼ける臭いは間違えようがない。ここは剣と魔法の世界なのだ。


「馬鹿げてる。うん。悪い冗談だ」


 異世界召喚だ。とか叫んでいたオタクらしき少年の言葉を思い出す。何それと迂闊に発言してしまった為に懇切丁寧にレクチャーを受ける羽目になってしまった。自分の時代は第三次世界大戦が始まって終結した。そんな青春を過ごしたのに知る訳がない。


 取り敢えず、彼の情報を纏めるとここは日本ではなく異世界らしい。剣と魔法の世界。冒険者ギルドなる物があるらしいが3つ目に関しては間違ってるとしか言えない。

 このラティウム帝國の軍に接収されると見て間違いない。正直、微妙な気分だ。日本を守る為に志願したときとはテンションも気持ちの持ちようも違う。よく知らない国の為に死ねとか無理だ。いっそう、向こうで死んでた方がマシかもしれないが隊長やみんなの事を考えると自殺する気にはなれなかった。自分が唯一の生き残りなのだから。


 適正に関してもあまり嬉しくないと言えるのか言えないのか──はしゃいで見せたものの反応はイマイチだった。少なくともウェスタの巫女と呼ばれた彼女たちは自分を気遣っているし、殺意は抱いていないのは分かった。


「自分を殺す為の罠でもないみたいしな。第一そんな手間をかける訳ないしね」


 英雄視された部隊に所属していたとは言え、あくまでも自分は自衛団を元にした組織の一兵士に過ぎないのだから。


「いつまでこの口調を続けるか」


 夜空を仰ぎ見てため息を吐く。見た事あるような感じがするのでコミデを起動させて星座を調べる。ここが異世界なら通じる訳がないのだが──結果は繋がった。アンテナがないのにも関わらず。位置情報は壊れているみたいなのでGPSは死んでるのだろうか。


 ディスプレイには春の、いや冬の星座が表示される。衛星などが生きているのだろうか。どう見ても季節は3月頃なのに気候の変化なのだろうか。件の少年の説明によると異世界だけどスマホが通じたりするとか珍妙極まりない発言を繰り返していたが実際は繋がっていなかったようなので戯言と断じた方がいいだろう。

 この事から導き出される事は──


「ここは異世界じゃないと判断すべきだよね」


 これだけでは根拠が薄い。彼方は立ち上がって夜空にある筈の北極星を探してみる。もっとも数千年単位なら北極星が知っている位置にない可能性もあるが。

 何処に居るのか分からないので北極星を探すアプリは使えない。仕方ないので隊長に教わった原始的な方法である北斗七星から探す手段とコミデに映った情報を頼りに星空を探す。首都であるサラキアの明かりは星を探すには邪魔と言えなくもないがそれでも彼方が生きていた時代に比べたら良い方だ。そして空も戦争や隕石、そしてで大量に土砂が舞い上がった状況に比べたら天と地ほどの差がある。


 目を凝らしてそれは見つかった。大きな柄杓(ひしゃく)、いや北斗七星。そしてその明るい星から柄杓の2つの星を5倍に延長した所に北極星(ポラリス)はそこにあった。

 彼方は頭を抱える。考えられるのはここが本当にローマ帝国でなんかの間違いでラティウム帝國と誤訳されてる可能性。もう一つは自分の居た日本を含めた全ての文明が滅びて今、ラティウム帝國と言う国を含めた新たなる文明が芽生えていると言う可能性。


「衛星かネットワークが生きている以上、どう考えても後者か。……とんだ異世界だな。しかも剣と魔法の世界と言う事は根本的に自分が知っていた世界とは違う。知りたくなかったな」


 彼方は夜風に愚痴をこぼす。こんな事を話しても誰も信じないかもしれない。先の件のようなオタク少年は信じないどころか激高して突っかかってくるかもしれない。周りに味方が居ない以上は迂闊な事は言えない。孤立無援なのだから。


 自分で言うのも何だが決断は早い方だと思う。だからこそこの状況を信じる事ができない人間の事も考えなければならない。真実が人を救うとは限らないのは彼方自身が辛酸を嘗める事になるくらいには味わっているのだから。

 それに心の傷は癒えては居ない。彼方の仲間は姉のように慕っていた隊長を含めて全員を失ってしまったのだから。


「それに刀とはね」


 検査の場でははしゃいで見せたものの腰に差している日本刀には余り期待してない。銃器で言うなら拳銃、ハンドガンのようなサイドアームであり主力兵器ではないだから。

 現実には銃弾が飛び交う戦場で剣が役に立つ訳がない。そもそも幕末の頃のような人を殺す為の剣術ならともかく剣道が役に立つと考えられるほど彼方は楽天家ではなかった。

 アサルトライフルを持って戦場を駆けていた頃に古流剣術よりも銃弾という考えが染み込んでしまった。


 出来るだけ隠していたつもりだが近くで馬鹿みたいにはしゃくオタク少年を冷たい目で見ていた。剣道はあくまでスポーツであって人を殺す術ではない。スポーツはスポーツなのだ。正直、CQCの方が遥かに役立つだろうに。


 今も昔も変わらぬ星の光を見ながら彼方はため息を吐く。サイドアーム1つで格闘して敵を殴ったりするのは昔の映画のアクションヒーローだ。戦場でそんな奴も見た事はあったがそういう類の人間は長生きしなかった。彼方は慎重こそが長生きの秘訣だと叩き込まれていたので生き残れたが今は少しだけ後悔している。仲間と共に死ねなかった事を。自分だけが生き残ってしまった事に。


「サイドアームで突撃なんてただの自殺でしかないのに。隊長、すぐに死んでも文句言わないでね」


 自分と組む人間は不幸だなと思ってしまう。捨て鉢気味に変な声を肯定してしまったのは不覚だった。そして今の自分は自分を直視できない。別の自分、誰かと勘違いしている『刀谷彼方』と言う皮を被っておくしかない。


「刀谷さん、寒いから閉めたいんですがそろそろ入ってきてくれませんか?」


 窓から紫崎菜々と言う紫のショートカットで色白が特徴である同室の少女が嘆く。今行くと答えて彼方は腰を上げる。


「暫くは当方と言う仮面を被っておくか。隊長、自分に友達なんか出来ないと思うよ」


 彼方は北極星(ポラリス)を見上げて呟いた。

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