第35話 トワの真意
Sideです
アニエスは月明かりの中、黒鷺城の城主にして自分の主であるトワの部屋を訪れていた。他の部屋と違って光の魔法で光源を得ている為、昼間と変わりないくらい明るい部屋の内装は主の趣味に合わせて女性らしく改装されていたが主の年齢を考えると趣味が若すぎると言えるとアニエスは考えている。だが年齢的には若いとは言え、自分がやるにはもっとありえないが。
「何の用ですか、アニエス。わたしにそっちの趣味はないですよ」
トワは天幕付きのベッドの中で何をしてるかゴソゴソしていた。
「そんな趣味があると思っているのですか?」
「なら人の秘密を覗きに来ないで下さい」
焦っているのか、トワは天幕の向こうで何かをしている。アニエスは一言断って中を覗き込む。
「魔王様、何をしているんですか?」
耳まで真っ赤にしているトワは裁縫道具を手に人形らしきものを作っている。勿論、アニエスにはその人物の顔に見覚えがあった。徒人である。それも抱きかかえれば上半身が埋まりそうなサイズで。しかもプロはだしな出来であるから質が悪い。
「こっちは大変だったのに夜なべして何をやっているのですか?」
「あんまり会えないですからせめて徒人の人形でも作ろうかと思い立っただけですよ」
見られてしまったから気にするのを止めたのか、トワはそのまま人形を縫っている。
「割りと本気で呆れています」
「なら出て行ってくれませんか」
主であるトワの言葉にアニエスは出て行けるなら南の魔王軍ごと抜けたい気分だった。それでは話にならないのでここへ来た理由を問いとしてぶつける。
「貴女は本当に彼を、神蛇徒人を愛しているんですか?」
その言葉に部屋の空気が重苦しく殺伐とした物に変わった。
「アニエス、お前と言えども失言ですよ。わたしは徒人を偽りなく愛しています。だからその言葉を次に紡いだらお前を殺します。取ろうとしても殺します」
トワは怒りを押さえ込んでいたがそれでも言葉の端々から殺意が漏れだし、その鴇色の瞳には怒りが染み出していた。
その言葉が真実である事くらいはスキルを使わなくてもアニエスには分かる。
「自分は彼にそういう方面で興味はないのでご安心下さい。自分が問うているのは別の道があると言っているのです」
「アニエス、お前は何が言いたいのですか?」
トワは縫い針が自分の指を刺して血が出ているのにも関わらず痛みを感じてる様子がなかった。怒りで我を忘れているのだろうとアニエスは判断する。
「本当に神蛇徒人を愛しているのならばこんな大陸の覇権など、どうでもいい事ではないですか。全てを投げ出して逃げても構わない。それなのに何をつまらない意地を張ってるんですか」
「お前にわたしが積み上げてきた物の何が分かるのですか」
トワはようやく縫い針を抜いた。指から流れでた血が徒人人形を汚していく。まるで現状のようだとアニエスは思ったがそんな事は口にはしない。指摘したら喜びかねないからだ。そしてその時の態度に己がイラッとするのは分かっていた。
「そうですね。自分には何一つ理解できないと思います。北の魔王が仕事を投げてトンズラしたからと言って魔王様が背負う必要なんかないでしょう。棚ぼたで回ってきた総司令なんですからそこらの犬にくれてやっても惜しくはない筈なのでは?」
「とにかく、今回の作戦を捨てるつもりはないですから。そして、わたしの幸せだろうと徒人の幸せだろうとお前が心配する事ではありません。例え、徒人が事を成せなくてもわたしが責任を持って彼を幸せにしてみせます」
「幸せは当人が感じるものであって他人が幸せにするものではありません」
だがその言葉に変えてきたものはトワの怒りの視線だけだった。
「与えられた幸せが本物かどうかの定義などお前とするつもりはありません」
「ではご主人様、神蛇徒人が魔王様の妹を手に掛けても問題ないのでしょうか? それでも魔王様は幸せを与えるのですか? 彼を赦せるのですか?」
アニエスは皮肉を言ったつもりで言った。
「あれは……殺されても誰かに文句が言えるような立場ではないし、普段の行いでもない。血縁と言っても怪しいものですし、サキュバスが相手なら尚の事……そしてお前も知っている通り、魔族と悪魔では似て異なる種族です。正直な話、妹と言われてもゾッとする」
トワの言葉にアニエスも女である以上、言いたい事は分からなくもない。サキュバスの魅了能力を使えば男など簡単に騙せるだろうし、子種を盗むくらい訳ないだろう。
「無粋な事をお聞きしました。お許し下さい」
「別に構いません。こういう流れになってしまった以上、徒人がそういう行動に走ったとしても黙認しますし、仮にそうなってもわたしは彼を赦します」
トワは気を紛らわせる為か、再び徒人人形を縫い始める。
アニエスはこの部屋を去る前にふと疑問に思った事を口にする。
「最後に一つだけ。出発前に今回の作戦について詳しく聞かされませんでしたが……本当に、今回の作戦は本当に横道十二宮の勇者の抹殺が目的なのですよね? 自分は何やら別の意図を感じるのですが」
「勿論です。馬鹿な事を言っていないで下がりなさい」
その言葉に引っ掛かりを感じながらもアニエスは主の部屋を出た。
「先行きが思いやられるよ。……一応全てを洗いなおしておくか。念には念を入れておくべきだし」
転移陣へと向かってアニエスは歩きだした。
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