第34話 審問
結局、アニエスの手回しのお陰でその夜の内に弁明の機会を与えられたのは良いのだが寄りにも寄って執政官であるユリウスの前で弁明する羽目になった。
祝詞が任せろと小さく囁いたので取り敢えず任せてみる事にする。駄目だったら逃走するか──トワさんに凄く怒られそうだが。
中央奥に玉座が設置された謁見の間へと通され、案の定、ユリウスの隣にはアスタルテが佇んでいる。最悪の場合はこいつを何とかするしかない。
徒人と祝詞は玉座正面の小さな階段下に並んで立たされている。
「このノクスはただの立会人なので稀人殿、どうぞお気になさらずに」
左の壁際に佇む12,13歳くらいの金髪碧眼の少女はそう言って黙りこんだ。その表情は何かが起こるのを楽しみにしているようにしか見えない。右には元老院の人間と思しき豪奢な服装の中年男性が立っている。
「では始めようか。まずは原因になった西の魔王軍の襲撃の裏事情から聞きたい」
玉座の隣に佇むユリウスが口を開いた。
「掻い摘んで説明致しますと今回の件で我々が手に掛けた色街楓が特殊なホルンを使って獣系のモンスターを操って小さな村を襲ったようです」
ここに来るまでに触りだけ説明してくれと祝詞に言われたので徒人はそれだけ語った。
その言葉に反応してアニエスと見慣れないメイドが謁見の間に現れる。見慣れないメイドはその手にホルンを抱えている。
「それはこのホルンで間違いないのかい?」
「はい。恐らくは……」
徒人は後ろを振り返って確認するがあの時は暗かったのであやふやな意見しか言えない。
「この満月のホルンで間違いないかと」
アニエスの言葉にホルンを持ったメイドが徒人たちの近くまでやってきてホルンをユリウスたちに見せる。
「動機については分かるかね。神蛇徒人」
「奴が俺に語った動機はランキングを駆け上がる為に神前早希のパーティを一時的に活動不能にさせるのが目的と語っていました」
「君はそれを信じるのかね」
祝詞が微かに唇を2回舐める。ここに入る前に決めた合図で2回なら分からないと答えろと指示だ。
「いえ。少なくとも俺には判断がつきませんでした。暗かったし表情が読めませんでしたから」
色街は真実を言っていたようにも見えたが事実を言ってこの場が好転するとは限らないので黙って指示に従っておく。
「白咲祝詞、君は何か聞いては居ないか」
「私は着いたのが遅かったので何も聞いてはおりません。ただ、ただ一言、私的な見解を述べせて頂けるのなら」
「許可しよう」
「彼女の言動は信用できません。例え死の間際であったとしても……私はそう判断致します」
はっきり言い放つ祝詞に徒人は微妙な気分になった。自分で手に掛けておいておいて何だが色街が大それたような陰謀を計画出来るとは思えない。だが祝詞が任せろと言い切ったのだから取り敢えず口を挟まずに黙って聞いている。
更にユリウスが問いただす。
「彼女は死に際に何か言い残さなかったか? 雇い主や背後について」
「いえ。何か言っていたようですが私には聞き取れませんでした。徒人君は聞き取れた?」
祝詞は緊張を装って唇を舌で1回舐める。ありのままに話せという合図だ。
「俺には聞き取れなかった。それに喉を刺してましたので」
徒人は自分が額に汗をかいているのに気がつくが祝詞に拭かないようにと言われていたのでそのままにしておく。
「なるほど。だそうだ、ノクス。君は彼らの言動を信用できると思うか」
「執政官殿、逸らかすのはやめて頂けませんか? このノクスは人を見る目だけはあると思っておりますの。彼らは本当の事を言っています。ただし、重要な所で隠しているように思えますけど」
話を振られたノクスは毒気を抜かれたようでつまらなそうに呟くが中身が当たっているだけに笑えない。
「これは失礼。では話を戻そう。白咲祝詞、そして神蛇徒人よ、君たちは十字架教について聞いた事はあるか?」
「この帝國に混乱をもたらす者とだけ聞き及んでおります」
「つまり、執政官殿は色街の背後にそいつらが居ると考えているのですか?」
徒人はつい思い付いた事を口に出してしまった。それを聞いたユリウスが微かに笑ったように見えた。ポーカーで役が揃ったかように。
返答を間違えたか。徒人は腰からベルトで止めているロングソードを意識する。まだ色街の血液が付着したままだ。
「さすがは我らの召喚に応じて頂いた稀人であられる神蛇徒人殿だ。話が早くて助かる。勇者候補である稀人が仰るのだ。今回の件は十字架教の仕業である可能性が高い」
徒人はユリウスの誘導に乗せられてしまったようだった。彼は最初から十字架教とやらのせいにしたかったのだろうか。
「ユリウス執政官殿! 貴方はこんな茶番でこいつらの言う事を信じるのか! それならばそもそも──」
「もし、彼らが嘘を吐いているならもっとマシな嘘を吐くでしょう。第一、西の魔王軍により村一つが襲撃され、彼らを助けに行った蟹座の勇者である神前早希が死亡した。そしてその西の魔王軍による襲撃を手引をした者が色街楓であり、その彼女の部屋から満月のホルンが見つかった。白咲祝詞と神蛇徒人の両名は神前早希の仇として逆賊を討った。この事実に相違はありませんよ」
声を荒げた元老院の中年男性に対してユリウスは冷たく言い放つ。言われた中年男性は歯切りして屈辱に耐えている。その光景を見てノクスは笑いを堪えていた。
「貴方はどう思われる? 白咲祝詞殿」
祝詞は徒人を見てから正面に向き直って言った。
「その可能性は充分にあると思われます」
祝詞はユリウスの言葉を肯定した。この状況では話を合わせるしかないだろう。
その言葉に全員が表情を消す。
「では君らの裏切り者を処断するという活躍は賞賛されるべきものだろう。だが我々に断りもなく同志に手をかけた事には変わりない。そこで白咲祝詞のパーティには無期限の謹慎を命じるところだが先手を打って行動した胆力と決断力を評価し、5日間の謹慎を命じる」
「承りました。執政官の慈悲に感謝致します」
祝詞が頭を下げるので徒人もそれに続いて頭を下げる。大立ち回りをしてここを脱出する羽目になるのは避けられたがユリウスに上手く責任を押し付けられた気もしなくもない。
「あと色街楓が所属していたパーティメンバーは取り調べが終わるまで拘束とする。今回の件はこれにて終了」
「色々と助かったようね」
終了を宣言するユリウス。壁際でノクスは皮肉めいた言葉を呟く。だがそれは徒人たちに向けられた物ではなかったように感じた。
近衛兵に促されて徒人と祝詞は謁見の間を出た。
「本当にその十字架教とやらが色街のバックなのか?」
建物を出て家路へ着き、周囲に誰も居ないのを確認してから徒人は問いただした。
「徒人、違うよ。執政官は十字架教のせいにしたいんだ。私たちを召喚したのは執政官だから内輪もめで私たちを処分すると自分の政治責任を取らされかねない展開を彼らの、十字架教の討伐と言う御題目を手に入れつつ、政敵を牽制すると言うやり方で乗り切ったの。きっかけは徒人君の言葉だろうけどね。機会を伺っていたのでしょうね」
「俺が要らない事を言わなきゃよかったのか」
徒人は額を右手で抑える。
「そしたらあの世行きだったかもしれないけどね。多分、これで良かったんだよ。どうせ、遅かれ早かれ権力闘争には巻き込まれるんだから」
祝詞の言葉に徒人は勇者を殺すにはこの権力闘争と言う渦を利用するしかないのかと思う。そして街灯の間に切り取られた夜空を見上げながらため息を吐いた。




