第3話 召喚の間
徒人が次に意識を取り戻すとどこかの石作りの壁に囲まれた部屋に居た。光が差し風の音が階段らしき辺りから聞こえてくる。どうやらここは地下のようだ。
床に横たわってるせいか背中が冷たい。
ゆっくりと立ち上がると床に書かれた魔方陣。その周囲に集まった西洋風の巫女のような格好の女性たちと肩までのローズレッドの髪にルビーレッドの瞳の魔道士らしき女性が待ち構えていた。
あとは周りを取り囲む兵士たち。彼らは槍で武装していつでもこちらに穂先を向けられるように構えている。その殆どは白人のように見えた。
辺りを見渡すと同じように召喚されたのか、男女が大勢か居たがクラスのメンバーは一人も居ない。ただし、一人だけ見覚えのある人物がいた。青みがかかった黒で腰まで届くストレートの長髪に瞳は碧色。背はそれなりに高い少女。同じ高校のブレザーを着た生徒会長である白咲祝詞だった。
召喚主に悟られないように徒人はゆっくりと祝詞に近付いていく。親しくはないけど顔見知りの近くで自分は安心したいのかと小心者の自分に呆れる。
「ようこそ、稀人と呼ばれる異世界の民よ。我が帝國の召喚に応じて頂き感謝する。諸君らを召喚した理由はこの大陸を救う勇者とその一行になって頂きたい」
魔道士の女性が恭しく頭を下げる。どこか慇懃無礼と言うか、見下しているような品定めされているような印象を受けた。
「やったぜ! 異世界召喚だ! 僕の名は成主悟だ。勇者になる男だ。ところで王女様とか居ないの」
妙にハイテンションな少年が偉そうにほざく。彼はガリガリで根暗そうでとても勇者になれるような感じには見えないと徒人は感じる。自分も先に黒鷺城に呼ばれなきゃ似たような失態を犯していたのだろうと思うと情けなくなる。
折角の失態をここから生かすのが賢く立ち回る為の試金石になるだろう。奴を泳がせてどうなるか見てみようと思いつつ、徒人は祝詞への移動を優先する。
「居るわけなかろう。小官は責任者のアスタルテ。諸君らが全員勇者なら苦労もないのだが……諸君らが本当に勇者となれる者かを選定するものだ」
悟はその言葉に肩を落とす。そりゃどんな奴がくるか分からないのに国のお偉いさんが出迎えるわけがない。逆に言えばこの国はまだ余裕があると言えるのかと考えながらトワの言葉を思い出す。
「貴方がの中にいる勇者となる資質の者はこの国にある伝承として残る黄道十二宮の勇者と再来となるだろう。引き受けて頂けるのなら待遇は保証しよう。拒否する場合の扱いは保証しかねる」
アスタルテはさらりとエグい条件を突きつけた。
「冒険者として勇者になるんだな」
「冒険者などと言う制度はこの国にはない。それに勇者と言う職業もない。これから諸君らは適性検査を受けて職業を決めた後に特殊兵として魔物や魔王と戦ってもらう」
アスタルテは悟の言葉を一刀両断に否定した。
否定された悟はブツブツと何かを呟いている。
「呼ばれた理由は理解できましたがここはどこですか?」
祝詞が律儀に手を上げて質問する。
「ここはゾディアック大陸の国家の一つ、我がラティウム帝國の首都サラキア。もう少ししたらこの息苦しい地下から移動するのでしばらくお待ち頂きたい」
アスタルテの態度は悟への態度と明らかに違った。やっぱ、異世界でも礼儀作法は大事か。とりあえず、下手に出ておこう。機嫌を損ねてあの世行きでは笑えないし、スパイなのに目立つとか論外だ。
「俺の時と態度が違うじゃないか!」
抗議の声はアスタルテの鋭い視線で封じられた。シルヴェストルに劣るが強者であることは間違いない。堅気の人間ではない特有のオーラがある。周りにいる巫女や兵士たちとは違う。言動から別の国から来た元冒険者なのだろうか。
「なんかスキルとか称号とか言ってるのは声はなんなんだ?」
祝詞がきっかけを作ったのと同時に誰かが結構重要な事を聞いた。聞こうと思って聞きそびれて居たことだった。トワは敢えて教えなかったのか人間にしか聞こえない声だったのか──
「それはこの世界の創造神サトゥルヌスが作った精霊だと言われている。姿こそ見えないが一定以上の知性を持った種をサポートしているらしい。呼べばくる」
アスタルテは人間に限定しなかったが魔族にもサポート精霊が居るのだろうか。
そこで徒人は祝詞までもう少しと言うところで立ち止まるが状況はそれを許さなかった。
「えーと神蛇徒人君だったかな。もう少しこっちに来てくれる? 貴方と話したいの」
小声だがよく通る声で祝詞は左手を後ろに向けて招き寄せる。後ろに目でもついてるのかと声を上げたくなったが黙って彼女の隣に移動する。質問した彼女の隣に移動したのだから嫌でも目立ってしまった。最悪。
「神蛇君、貴方はさ、異世界に来たいと願った?」
「まあ、願ってないと言ったら嘘になるな」
徒人は素直に答えた。こんな所で嘘を吐いても仕方ない。退屈な日常には飽きていたのは事実だ。
「なるほど。それが第一の条件か。なら第二の条件は何かな」
何人の巫女が質問をした後、数人が順に移動させられていく。そして徒人と祝詞の前にも巫女が現れ、質問をした。
「貴方は我が帝國に異世界人部隊の兵として加わりますか?」
「一応生きるために魔物と戦わせてもらう」
徒人は敢えてそういう返答を返した。巫女は黙っていたが何も言わずに祝詞に質問をした同僚を見る。祝詞も肯定するが兵士になって戦うとは言わなかった。
「お二人ともこちらへ」
二人の巫女に案内されて徒人と祝詞は階段を上がって地上へ出た。コロッセオと言われる闘技場の2階の観客席に出た。目の前に壁は低く近くにはすぐに闘技場へ降りられるように階段が見えた。
「古代ローマ風みたい。お風呂とかは困らなそうだ。中世的な文明じゃなくて良かった。私三日で死ぬところだった」
「身に危険を感じる」
徒人は肩を竦める。刺されるのはご免だ。
「スケベで女子に嫌われていた君が言うなんて珍しい。あ、私は悪い事だとは思わないよ」
祝詞はフォローにならないフォローを入れる。この国性的嗜好を分かってて言ってるだろう。
「心配しなくても異世界人殿の好みには合わせられるように努力はしております。そういう所で不満が出たら拗れますので」
「ただし一定以上の成果を上げて頂かないと無理でしょうが」
同僚の巫女が釘を刺す。
「オブラートに包まず……意外にはっきりと仰るんですね」
「貴方たちみたいに契約制約の抜け穴を抜けようとする稀人さんに隠し立てしても仕方ないですからね。変わった人たちを呼ぶ予定で構えてましたけど」
素直に巫女が喋るのに徒人も隣を歩く祝詞も言葉を返さない。変に言葉を返して契約制約を掛けられては堪らない。
「物凄く扱いにくい人たちですね」
巫女はため息を吐いて立ち止まる。先に行った稀人たちが観客席に座り、それを兵士たちが見張っているような形で取り囲んでいる。稀人たちはそれを出来るだけ気にしないように努め、中央の闘技場を、楕円形のアレナを見ていた。
そこでアスタルテが髪をかき上げ鬱陶しそうに正面を見据えている。何かをさっさと終わらせたがっているように見えた。
「この二人をお願いします。出来ればこの二人は前の方で」
「了解しました」
巫女の言葉に兵士が敬礼して返す。そして、その言葉の通りに徒人と祝詞は最前列に座らされてしまった。
「これから始まることをよく見ておいて下さい。ここはこういう場所ですから」
巫女の片割れが徒人に耳打ちして下がって行く。好き勝手言い放つ巫女に徒人は文句の一つでも言ってやろうかと思ったが歓声が起こったのでつられてそっちを見た。