第27話 包囲網
テラスを歩いていると妙な音が聞こえてきた。大勢がこっちに向かってくる足音に聞こえた。
「なんか聞こえないか?」
「嫌な予感しかしない。急いだ方が良くない?」
徒人の警告に彼方が反応した。
「どこからだろう?」
よせばいいのに祝詞が立ち止まって周囲を見渡す。徒人は声を掛けようとして次の瞬間にそれは起きた。
祝詞の左鎖骨辺りに矢が生えている。いや矢で射られたのだ。白い巫女装束は見る見るうちに赤色に染まっていく。矢の飛んできた方向を見ると弓矢を持った元弓兵らしきスケルトンが2射目を射ろうと矢を構える。
「敵襲だ!」
徒人はロングソードを抜き放ち、剣に込められていた風の魔法ウインドコクーンを弓兵スケルトンへ向けて解き放つ。解放された風の魔力は辺りの気流を乱し矢はあらぬ方向へと飛んでいった。
石畳の上に崩れ落ちる祝詞をアニエスが後ろから受け止める。彼女は着物をはだけさせて急いで取り出した粉を傷口に振り掛けてから素早く背負う。
2箇所、テラスの一部が舞台装置のようにせり上がり壁が開いて武装したスケルトンたちが巣から這い出てくる蟻のように殺到する。とても相手にできる数ではない。
「クソ! 逃げるぞ!」
祝詞が倒れた時、指揮をするのは和樹だったがレオニクスが叫ぶ。同時に彼と彼方ががテラスの外へ向かって先陣を切る。その後に土門が、アニエスが続く。
「氷の精霊たちよ。今、お前たちの魔手をこの場に現出させよ。《アイシクル・プリズン!》」
スケルトンの大群が現れた箇所に和樹の氷魔法が発動し、彼らの全身を凍結させ、その場に釘付けにした。これで氷の檻が破られるまではあいつらは動けない。
「和樹、先へ行け! 後詰めは俺がやる!」
返事せずに和樹は魔法を唱えながら出口へと向かう。
徒人もウインドコクーンの魔法を使い、上の階に現れた弓兵部隊に向けて風を放つ。弓兵スケルトンたちがバランスを崩して倒れた。
今のうちと徒人も全力で仲間の後を追う。
「氷の精霊たちよ。今、お前たちの魔手をこの場に現出させよ。《アイシクル・プリズン!》」
2度目の氷の檻が残っていたもう一箇所のせり上がった箇所を凍結させるが出てきたスケルトンたちが先頭集団を走っていた彼方に襲いかかる。だが彼女はスケルトンの一団を一刀のもとに斬って捨てた。
徒人は和樹に追いついて小脇に抱えて運ぶ。本当に色気のない光景だ。
「なんで団体様なんだよ」
徒人は祝詞を背負うアニエスのすぐ後ろに追いつきつつぼやく。彼の顔に祝詞の血が飛んだ。
「あのガントレットが原因かもしれません」
「アホぉぉぉ!」
自分が見たのは呪いじゃなくて罠の発動条件だったのかと徒人は唇を噛む。
「それならアレが残ってた理由も納得出来るな」
先頭を走るレオニクスが皮肉る。
背中に震えの走る咆哮と共に巨大な影が降りてきた。徒人は走りながら顔を上げる。体の全身を腐敗に蝕まれた翼竜が迫ってきた。
「ヘルワイバーンか! こんな時に! 一対一でも面倒なのに!」
その言葉と同時に突風が吹き、目の前を走っていたアニエスの姿が消える。徒人はヘルワイバーンの足先による掴み攻撃なのだと認識した。
「鬱陶しい! ご主人様、こっちを見ないで下さい!」
素早くその攻撃から逃れていたアニエスが叫ぶ。そして何かを懐から取り出し、ヘルワイバーンに投げつける。徒人は咄嗟に顔を背けた。
爆発音と共に辺りに朝が来たかのような光が満ちる。その光と音の衝撃でスケルトンたちの一部が崩壊し形を留めなくなった。だがヘルワイバーンはたたらを踏んでいるだけで消滅するような様子はない。
「すまん、徒人!」
小脇に抱えている和樹が叫ぶように言う。
「なんだ!」
「光を見てしまった。視界が効かんからもう少し運んでくれ!」
「運んでやるから後ろにブリザードしておけ!」
和樹を投げ捨てたくなる衝動を堪えながら徒人は全力で走った。先頭の彼方たちはテラスの端から魔骨宮殿敷地外へと出た。
祝詞を担いでいるにも関わらずアニエスは土門に続いて魔骨宮殿の外へと出る。反則だろうと内心毒気づく。
「氷の精霊たちよ。今、この場に冬の恐ろしさを体現させよ。《ブリザード!》」
置き土産のブリザードがテラスに残っていたスケルトンたちやヘルワイバーンを凍結させる。徒人はその瞬間にテラスの端に辿り着きジャンプして敷地外へと抜け出す。
「もう追ってきません。このまま近くの泉まで行って急いで治療しますよ」
アニエスが叫ぶように言った。いきなり祝詞が死んだりしないだろうなと思いつつ、徒人は複雑な心境を抱えてそのまま走り続けた。




