第255話 黄昏時の魔王
マクシムス・スローンは全身から黒い霧を出しながら暴れ狂ったように攻撃してくる為に徒人たちは防戦一方だった。
黒い霧のせいもあるがマクシムス・スローンの身体は──
「身体が溶けてる」
祝詞が呟くように西の魔王の身体が溶けて皮膚が火傷のように焼けただれ、一部は骨が見えている。なのにアンデッドではない。なら絶えず襲い掛かってくる痛みに耐えている事になるのだがカラクリが見破れない。
「化物め。いやさすがそれでこそ魔王と言うべきか」
盾石が猛攻の一部を防ぎながら無駄口を叩くがあまり余裕はなさそうに見えた。こっちもそんな無駄口に付き合ってやる義理はない。魔剣の刃が溶けたり刃毀れしたりしないだけマシだが本当にそろそろ終わらせないと長く持ちそうにない。
「そんな事よりも策はどうなったんだ。あまり持ちそうもないんだが」
徒人は苛立ち紛れに問う。これは演技でも何でもない。
勿論、マクシムス・スローンを騙す為の策でもない。予想以上にヤバい状態だ。それを察してるのか、マクシムス・スローンは笑っている。
「俺様に殺される気になったか?」
人を、人間を見下しているような目が不愉快だ。祝詞がちゃんと策を用意してるのを祈るしかない。
「タイミングがね。なかなか合わないんだよ。これをしくじったら後がないから」
「先に貴様から死ね」
徒人たちが攻撃を防いだ瞬間にマクシムス・スローンが祝詞を狙って大剣で衝撃波を起こす。ただでさえ厳しいのに祝詞の回復魔法がなくなれば持たないだろう。
だが衝撃波を食らった祝詞の姿が掻き消える。同時に複数の、10を超えるの祝詞が現れた。身代わりの魔法か。
「残念だけどそこには既に居ないんだよね」
複数現れた祝詞のうちの1人が喋った。恐らく鴨野が使ったのと同じ原理だろう。
「嫌々でも陰陽師になっておいてよかったよ。こうして魔王の裏をかくことが出来たからね」
「悪あがきを!」
喋っていた祝詞をマクシムス・スローンの放った衝撃波が襲う。だがそれも本体ではなかった。今度は一番奥に居た祝詞に放つが消えていない祝詞全員から嘲笑の笑いが返ってくるだけだった。その手には鴨野が持っていた人形の紙が握られている。
今のうちに魔王を倒す攻撃に移るべきだが祝詞が言う切り札と合図がまだ出てない。いい加減、しびれを切らしてきたぞ。
「そんな単純な解はやらないね。よく言うじゃない。動きが違う奴が、一番後ろに居る奴が本物だと。他に守られているのが本体とかさ。ハッタリだと思うのなら攻撃してみたらいいよ」
「馬鹿にするな! 人間!」
祝詞の分身を次々と攻撃するがそのいずれもハズレている。その隙に徒人はヘッドスライディングで飛び込むようにしてマクシムス・スローンの左アキレス腱を靴ごと斬る。体重を支えられなくなった西の魔王は左膝を着く。
「がぁ。貴様!」
残った上の左腕で槍で串刺しにしようと突いてくる。
「大気を覆う闇の力よ。今我が呼びかけし氷の精霊に力を分け与え給え。地獄の凍結を再現せよ。《ヘル・アイシクル・フリーズ!》」
和樹の声と共にマクシムス・スローンの左腕が槍ごと凍りついた。徒人はその気を逃さず槍の穂先を魔剣で切り飛ばしていつでも踏み込める位置で西の魔王と対峙する。
「助かった」
「やっと回復から開放されたぜ。はやく倒して家に帰ろうぜ。もう眠たい」
建物の屋上で沈む前の夕日を背にして逆光で顔が見えない。
「逃がすか!」
マクシムス・スローンは再び左脇腹の傷口を開く。こうして近くで見ると口のようにも見えなくもない。鼻が麻痺するような酷い異臭を放っているように感じ取った。奴の身体が溶けてる影響なのか元からこうなのかは分からないがさすがにこの口に放り込まれるのは勘弁願いたい。
徒人の脇をチャック付きのビニール袋がくくりつけられた矢が通り抜けてマクシムス・スローンの傷口の中へと入っていた。
「馬鹿め! 俺様の糧になるだけだぞ。小娘!」
マクシムス・スローンが矢を放った相手である祝詞をせせら笑った。だがその嘲笑の対象である彼女は落ち着き払っている。
「馬鹿はお前よ。くれてやったわ。お前が大好きな物を」
その一言に徒人はビニール袋の中に入っていた物に気がついた。中身はここではデモンズ・レインと呼ばれているキンモクセイとアンジェラズ・ダストの花と花粉だと。
「何だこの匂いは……そしてこの効果は」
怪訝な表情をしていたマクシムス・スローンが苦しみ始める。
「お前のその姿を見て気がついたのよ。薬で痛感覚を鈍らせている事に、ね。薬が嫌いなのではなくて既に使っているからこそアンジェラズ・ダストを使えないと言う事実にね。毒も正しく使えば薬になる。逆に薬も間違った使い方をすれば毒になる。アニエスが気がついて私に渡してくれたのが幸いした。痛みに耐えられないってとんだ魔王だった」
その一言にマクシムス・スローンが下の歯を噛み砕く勢いで歯ぎしりをしていた。いや、圧力に負けて歯が砕け散る。
「まだ、まだ終わってない」
西の魔王マクシムス・スローンは黒い霧を集めて失われた筈の腕を形成しようと試みる。阻止する為に斬りかかろうにも黒い霧で石畳が溶けている以上近寄れない。
徒人は霧から離れる。ちょっと露出している部分の肌が焼けた。酸性の薬品を掛けられたような痛みが走る。すぐに皮膚が溶けているから人体が耐性を有している酸性じゃなくてアルカリ性なのかもしれない。
「まだやる気とはさすがの当方も引くな」
「まだやる気なのか。タフすぎるだろ」
駆けつけた彼方と十塚がそれぞれの獲物を構えながら嫌そうな表情をしていた。
「霧を晴らさないとまだまだ再生しそうだな。最も再生と呼べるのかは謎だが」
「雑魚どもめ。そこでせいぜい悔しさを噛み締めているといい」
マクシムス・スローンが哄笑を上げる。
「天道より賜りし星たちよ。ここに集いてその形を示せ。そして邪悪なる者を打払い給え。《ヘキサグラム》!」
上から降ってきた声と共にマクシムス・スローンを拘束するように三角形を2つ重ねた光の結界が黒い霧を消していく。この声は──
「何故、貴様がここに居る?」
再生中の黒い霧で形成された腕が消えていく中、マクシムス・スローンが徒人の隣に降りてきた影を睨みつけた。
「すまん。手間取った」
シュバルツ・ローゼがそう一言告げる。本当に申し訳無さそうなトーンだった事に徒人は肩を竦める。
「いや助かった。ありがとう」
それだけ告げて徒人は結界内部に突入し、マクシムス・スローンの胸に魔剣を突き刺した。魔王の血で皮膚が溶けたりするかと思えばただの血でそんな事はなかった。
「俺様をやったつもりか。魔族には心臓が2つ」
最後まで言い終わる前にグングニルの穂先が徒人の目の前に突き出て目の前で止まった。
「某を忘れるな」
「当方もいるけどね」
間髪をいれずに彼方が横からマクシムス・スローンの首を雷切で一突きする。三人がかりで刺しているのも関わらず、西の魔王は絶命せずにまだ生きていた。
大量の出血をしながら巨象の魔王が笑う。
そのやり取りの最中、左脇腹の傷口が開いて吐き出すように押し出されて阿戸星を出てきた。彼女が取り込まれたと思しき腕は切り落とされていたのに五体無事のようだが意識は失っているみたいだ。あんな臭そうな口の中なら気絶もするか。
「あの女といけ好かない機械野郎が残るとは……愚かな連中よ。俺様に黙って殺されていればよかったと思え。フハハハッハ」
鼓膜が破れるかと思わせる笑い声を上げながら西の魔王と呼ばれた巨象はサラキアの石畳の上に倒れ込んだ。
「丁度、黄昏時か。死ぬにはいい時間じゃないか」
徒人は誰に言うともなく呟いた。
【神蛇徒人は剣騎士の職業熟練度は350になりました。呪騎士の職業熟練度は600になりました。[真・魔王討伐者]の称号を獲得。[真・魔王討伐者]の称号の効果で[対魔王特攻1]が[対魔王特攻3]にレベルアップしました】




