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第24話 北の魔王なら知ってたかも

 徒人は一旦家の2階の自室から黒鷺城へと転移した。勿論、隣にはアニエスが居た。目の前に黒曜石を思わせる漆黒の城が見える中庭の一角に飛ばされてそこから門まで歩いて鎧姿の、中身はリビングメイルかもしれないが門番のチェックを受けて城の中へと入る。


「結局、結果として2階奥の部屋になって良かったのかね」


「そうなりますね」


 徒人は前を行くアニエスについて行きながら言葉を交わしつつ廊下を進む。門番に聞いた所、トワさんは執務室らしいのでそこを目指す。

 石の階段を登って廊下を通り抜けた先に謁見の間があり、そこを守る門番がアニエスの姿を確認して扉を開ける。その後に続いて謁見の右奥にある執務室へと辿り着いた。


「アニエスと徒人です。入ります」


 アニエスがノックして扉を開ける。部屋にはテーブルの前でポットを持ってカップにお茶を淹れる準備をしてるトワがいた。


「魔王様、仕事放り出して何をしているんですか?」


 それを見てアニエスが額を抑える。


「徒人が来たからお茶でも淹れようかなと思って」


 テーブルの上にはクッキーらしきお菓子が乗ったが皿が置かれていた。中に入っている小さい黄色い四角の塊はさつま芋みたいに見える。


「ご主人様、魔王様のご要望に答えてあげて下さい」


 アニエスは背を向けたまま、テーブルの周囲にあるソファーを右手で示す。徒人は座れって意味だろうと解釈する。


「1つ食べていいですか?」


 徒人は入り口に近い下座に座る。丁度、アニエスが立ってる位置の正面だ。

「1つと言わず半分くらい食べて貰って構いませんから。ちなみにわたしが作りました」


 最後の一言が少し怖い気もするが徒人はクッキーを取って半分ほど口に咥えて歯で噛みちぎってみた。


「美味しい。でもなんか小麦粉っぽくない」


「小麦は生産性が良くないので米粉を使ってます。基本は米粉とさつま芋のクッキーですから。あとオリタルのお酒の余った粕も使ってます」


 トワは嬉しそうにレシピの一部を説明する。その言葉を聞きながら日本人の転移者が多いのか、オリタルの食文化の影響を受けすぎてるのかどっちなのか分かりにくい。


「食べる?」


「遠慮しておきます。多分、ご主人様の為に作ってるんですから自分が食べたら台無しです。それに食べたら魔王様にぶっ殺されますから」


 最後の一文は徒人の耳元で囁いた。トワが露骨に嫌そうな顔で睨んでいる。カップにお茶を入れている途中なので溢れそうになるのを慌てて止めた。


「トワさん、《勇者殺し》と言う単語を知ってますか?」


 徒人は話題を変える為に本題に入る。


「《勇者殺し》ですか? 食べたいんですか? 冬に食べるものですが──」


 徒人の正面に座ったトワが怪訝な表情でカップを取ってお茶を一口飲む。


「食べる? 食べ物なんですか?」


 どうやら会話にズレが生じているようだ。


「食べ物ですよ。麺類で赤い透明度の高い辛いスープが特徴で寒い冬の日に食べるんです」


「そう言えば、そんな麺料理があった気がします。自分は嫌いなんで忘れていました。ちなみにお腹が弱いと下したりしますから止めておいた方が良いかと……」


 アニエスが小声で囁く。早く言えようとも思わなくもないが嫌いな食べ物なら仕方がない。それに腹を下すような激辛麺類なんか食べたくない。


「いえ、必要ないです。それより食べ物以外に知りませんか?」


「ごめんなさい。食べ物以外には思いつかないです」


 トワが困った表情をする。


「気にしないで下さい。何故、そんな事を聞いたかと言うと人間側で勇者を殺害したらしいと言う話を聞いたので……」


「どうせ、そんな最後ですか」


 トワが呆れたように溜息を吐いた。徒人は入れてもらったお茶が満たされたカップを取って一口ほど飲む。ほのかに甘い。


「600年前に勇者が現れたそうですが何か覚えてますか?」


「……残念ながらわたしは生まれてすぐに西の大陸に疎開したのでその辺りの話は覚えてないんですよ。その頃は戦線から遠いこの大陸の北側に住んでて何も知らずに育ってましたから」


 期待してなかったが予想以上の答えに徒人は言葉を失う。仕方ないので持っていたカップを口元に運んでお茶を飲んで自分を落ち着かせる。


「でも北の魔王の根城であった魔骨宮殿にある書庫なら何かあるかもしれません」


「それを早く言って下さいよ。丁度許可が降りたので探索に行けます」


 徒人の反応にトワは考え込むようなポーズを取る。


「書庫のある位置は強力なアンデッドが居るのでお勧めできません。そして封印を破れる者が居ないと入れないと思います。ただ下層階の日記とかなら閲覧できるかも」


「望みは薄い訳ですね」


 徒人は頭を抱えたくなった。気を紛らわせる為に米粉クッキーを口運んで貪る。甘い物でも食べてないと頭が働かない。


「初心者エリアを外れるとデュラハンロードやヘルワイバーンとか居ますからね」


「今の徒人が所属しているパーティでは無理でしょうね」


 トワ様が追い打ちを掛けるような言葉にちょっと凹む。


「でも魔王様が魔族の基準で美形扱いされるよりは可能性あると思いますが」


 アニエスが茶化すように言う。その言葉にトワは飲もうとしていたお茶が気管に入ったのか涙目で咽る。


「し、失礼ですね。徒人、別に顔が悪い訳じゃないですからね」


 トワが慌てて否定する。別にそんな事は思ってないのに。


「どういう事なんでしょうか? 前にも言いましたけどトワさん可愛いと思うのですが──」


 徒人の発言にトワは耳まで真っ赤にしている。傍目から見るとちょっと酔っ払っているように見えた。


「それはですね、魔族の美しいの基準は頭身が関係してるのですよ。小顔で頭身数が多い人ほど美人なんです。魔王様は……肩幅が狭いので余計に美しくない扱いに」


 アニエスは移動してポットを持って空になりつつある2つのカップにお茶を注ぎ足す。


「それでブス扱いなのか。魔族の基準がよく分からん」


「ブスって言わないで下さい。あとアニエス! 隣に、近くに立たないで下さい。頭身が低いのがバレるじゃないですか」


 肩幅が広くて小顔のアニエスは頭身は高い。顔自体は圧倒的にトワさんの方がいいのに──魔族の基準は本当に分からない。

 取り敢えず徒人はトワの頭頂部に右手を乗せる。


「頭を撫でないで下さい」


「手を置いただけです」


 抗議の声で手を引っ込めようとしたがトワは徒人の手を取って離さないのでそのままにしておく。


「わたし、667歳なんですよ」


「なら年端のいかない人間に振り回されないで下さい」


 上司の抗議にアニエスは身も蓋もない意見で押さえ込む。トワは項垂れていた。


「一応、魔骨宮殿へ向かって調べてみます。やってみないと分からないだろうし」


 徒人が手を引っ込めるとトワは掴んでいた手を素直に離す。


「あそこは死ぬとアンデッド化する可能性がありますから絶対に無茶しないように」

 トワは苦い表情をしていた。上の階層とか行きたくないですからと徒人は彼女を宥めた。

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