第23話 勇者の現実
徒人は目を擦りながらあくびをする。昨日の部屋割りが長引いたせいだ。祝詞の部屋があっさり決まったのだが彼方の部屋で揉めたせいで酷く時間を食ったせいだ。そのせいで今日は休みになってしまった。祝詞曰くどうせ休みにするつもりだったらしいが。
「妾が言うのも何だけどここは神聖なるウェスタの巫女神殿なんだからあくびするなら隠れてやって頂戴」
カルナの声に我に返る。盗賊剣士に転職を果たしてついでにカルナに勇者について何か聞こうと思ったのだが当人は相変わらずのノリで聞いても大丈夫なのかと思わんでもない。ちなみに今居る場所は書類に埋もれた部屋でカルナが当番らしく彼女1人で淡々と書類整理をしている。
「ご主人様、用は済んだのですから帰って寝たらどうですか?」
付いて来たアニエスが呆れの混じったトーンで促す。
「ほう、そういう関係──」
「帰って睡眠を取れと言ったのです」
カルナの言葉にピシャっと否定するアニエス。その言動には取り付く島もない。
「じょ、冗談で言ったのに……まあ、今日は書類整理で良かった」
カルナが若干引いていた。炎の精霊と殺り合った時にも思ったが本気出したアニエスは怖い。それに比べたらヤンデレモードのトワさんの方が可愛い。勿論、徒人の感性を基準にした話に過ぎないが──
「勇者の事が知りたいんだがカルナさんは詳しくないか?」
「あんまり伝わってないんだよね。妾が見聞きした噂程度でいいなら話してあげる。本当はあんまり良くはないんだけどね……個別の仕事の時で良かったよ」
徒人は本題に入ったがカルナの反応は芳しくない。
「どうして興味あるの?」
カルナは机の上にあった休憩中不在と書かれた札を手に取り、ドアノブにそれを掛けてドアを閉めてこっちに向き直る。
「そりゃ勇者になれ、或いはその従者になれなんて言われたらスルー、いや無視はできないだろう」
執政官が怪しいので勇者の事を探ってますとか、勇者を暗殺する為ですなんて口が裂けても言えない。
「なるほど、無視できない……か。妾知っている事でしか答えられないから期待してる答えじゃないかもよ」
カルナはその一言を信じたのか信じてないのか含みのある言葉を発する。アニエスはただ黙ってやり取りを見ている。
「まず、知らないだろうから言っておくけど稀人に勇者の事を話すのは本来よく思われないし、稀人が勇者の事を調べるのも煙たがられるから注意しておいて」
結構真剣な顔付きだった。公共の場で聞かなくて正解だった。
「じゃあ、カルナはなんで話すんだよ?」
「おほほほ。そりゃ徒人に頑張ってもらって賭けに勝たせてもらわないとね。それに見込んだのが馬鹿やらかして死なれたら寂しいでしょう」
後半は凄く良い事を言ってくれてるのに前半の一言のせいで素直に喜べないと感じてしまう。
「取り敢えず、黄道十二宮の勇者に関して触りから話してくれ」
徒人は続きを促す。カルナは小さな棚の上に置いてあった陶器のポットから陶器のコップに水を注ぐ。彼女は要る?とリアクションをするが徒人は首を横に振って遠慮する。アニエスも右手を左右に振って要らないと意思表示した。
「妾も北の大陸出だからこの大陸の勇者に関してはお伽話程度の事しか知らないけど何でも600年くらい前に魔王神とか言うのが地上に居た頃に最初の勇者が現れたらしいの。彼が各地で連戦連勝。破竹の勢いで魔物を駆逐し始めると同時に他の勇者が11人現れた。それで最終的に魔王神を倒したってお話。でも本当に戦ったのが魔王神だったのか、勇者が12人居たのかは定かではないみたいだけどね」
徒人はアニエスを見た。黙って聞いているが表情を見てると彼女の知っている話と比べると齟齬があるような印象を受ける。
「メイドさん、なんか間違ってる? 確か貴女は西の大陸出身なんだったけ?」
「いえ、ただ自分が聞いた話によると魔王神ではなく魔王もしくはそれに類する存在と聞いていただけなので」
カルナがそれを感じ取って問うがアニエスは当たり障りのなさそうな返答をする。
「そうだったかな。お伽話だから色々間違ってるかも」
「その魔王でも魔王神でも構わないけど勇者のその後はどうなったんだ?」
話が脱線し始めたので徒人は修正すべき口を挟む。
「一部の勇者は出身の大陸に帰ったとか功績が認められて天界に連れて行かれたとか言われてるわね。でも──」
「でも?」
「ここらへんから話してはいけない理由なんでしょうね」
カルナは一息吐いてから覚悟を決めるような表情をして口を開いた。
「暗殺された可能性があるって話が絶えないから」
予想してた通りの話をカルナが呟いた。
「でも勇者と言うから強いんだろう。それを暗殺できるって凄くないか?」
「……噂だと思うけど《勇者殺し》なんて物があるらしいよ。かなり眉唾っぽいけどね」
なんか本当に眉唾っぽいが探して見る価値はあるかもしれない。
「そこら辺の資料はこの國にあるのか?」
「ないと思う。それにあったとしても妾や稀人が閲覧許可が降りるとは思えないな」
徒人はため息を吐く。こっち側では行き詰まってしまった。黒鷺城でトワさんに聞いてみた方が確実だろうと考えた。
「暗殺されたと言う噂以外に根拠とかあるのか?」
「昔話にもあったらしいけど、確か、悪さをしてると夜中に魔王がやってきて悪い勇者みたいに殺されるぞってね。そういう伝承の類は残ってるよ」
都市伝説や伝承の類には実際に起きた事件に関する事が含まれてるらしいがこっちの世界でもそうなのだろうかと徒人は考える。
「勇者は特別な人間らしいけど……伝承とかに伝わってないのか?」
「勇者なんて呼ばれる時点で特殊ではあるんだろうけどよく分からないな。妾はそこら辺は調べようとすらしなかったから……何? 勇者になる気なの?」
「……単なる好奇心だ。引っ掛かっただけさ」
返答にカルナは微妙な表情をして感情が読み取れない。
「徒人なら勇者になれそうな気はするけどね。時間は掛かりそうだけど」
「ありがとう」
徒人は困った表情で返す。暗殺対象になれますと言われても困る。
「世辞じゃないんだけど」
カルナは疑われたのかと思って唇を尖らせる。
その時、アニエスが素早くドアに駆け寄って開け放った。徒人も気配に気付いて後に続いて顔を出して廊下を確認するが誰も居ない。ただこっちの世界では聞き慣れない足音だった。元の世界でもたまにしか聞いた事ないが──
「気配がしたので開けてみました。でもその前に勘付かれたのか、休憩中の文字を見たからかもしれませんが」
アニエスはドアノブに下げられた休憩中不在の札を見せた。
今から追っても人混みに紛れ込まれたかもしれない。格好は多分目立つはずだが──
「すいません。長々と話してもらって。今日はこれで御暇させてもらいます」
「別にそんなに畏まらなくてもいいよ。むしろ、妾の立場がないから敬語はやめて。こっちも敬語使ってないと上司に怒られるから」
徒人の一礼にぼやきの言葉が返ってきた。
「分かりました。じゃあ、また」
「はいはい。息災でね」
その言葉を背に徒人はアニエスと共にこの部屋を後にした。
【神蛇徒人は盗賊剣士の職業熟練度が5になりました。[気配察知1]を習得しました。[潜入]を習得しました】
[潜入] 効果 敵地での敵に察知される確率を下げる。




