第22話 マイホームです
徒人たちは城を出て役所から転移陣を幾つか経由して旧市街地外れの小高い丘に建てられた武家屋敷の前に立っていた。周りは洋館風、現代の普通の家屋風などそれぞれあったが案内されたのはこの家だった。同時期に家へ案内された早希たちは現代風家屋の方へと案内されていった。
「稀人用の専用区画ですから多少は騒いでも問題ないかと……ただし、あまり警戒を怠らない方が良いかもしれません」
案内役の従者がそう言って木の引き戸を開けた。空気がちょっと埃っぽい。そして、割烹着姿の女性たちに混ざっていつものメイド姿のアニエスが口元をタオルで覆って縁側で日本にありそうな箒を持って掃除をしていた。武家屋敷にメイド──非常にシュールな絵だ。
「お前は何をしてるんだ?」
「ご主人様、お帰りなさいませ。掃除に決まってるじゃないですか。朝から埃だらけで大変でしたよ。もうすぐ終わりますから」
返答は真っ当なものだった──中二病ポーズさえなければ。
朝から手続きとか格好つけて掃除してたのかよ。サプライズしようとしてこれなのか。
「励んでるな」
「勿論です。師匠!」
和樹とアニエスはお互いにポーズを取って意思疎通している。おちゃらけモードのこいつは和樹に任せた方が良いんじゃないかと思うので任せてしまおう。
丁度、掃除が終わったのか割烹着姿の使用人たちが徒人たちに一礼して門から出て行った。
「俺は兵舎に帰るぜ」
「お疲れ様でした」
レオニクスの言葉に祝詞は手を振って送り出した。彼は丘を下って転移陣のある建物の方へと消えて行った。今までの反応や外見が西洋人っぽいから日本家屋に住みたいとは思わないだろうなとは思っていたが──
「取り敢えず中を見てみましょう。やっぱり住むのが辛かったとかなきゃ良いけど」
祝詞は引き戸を開けて玄関に入っていく。外に立っていても仕方ないので続いて入る。玄関を見ると現代風に改良されてるように見えた。靴を脱いで木張りの床に上がる。
「畳じゃ! 畳じゃ!」
後からブーツを脱いで入ったのにも関わらず彼方が和室を見つけて物凄い勢いで追い抜いていく。猫にマタタビ、彼方に畳か、などとつまらない事を考えながら後を追う。
和室に入ってみれば日本の物と見た目は殆ど変わりない畳が敷き詰められており、彼方は大の字になってその背中で畳の感触を確かめていた。子供みたいだが酷く羨ましくなって徒人は真似したくなる。
「ちょっと羨ましい。彼方、もう少し端へ寄ってくれ。俺もやってみたい」
「懐かしい感触だよ」
彼方が避けてくれたスペースを使って徒人はゴロゴロと体を畳の上で転がしてみた。
「懐かしい。畳の匂いがいい感じだ」
「この部屋は譲らないからね」
彼方がベッドを占拠する子供みたいな事を言い出す。
「でもここは客間じゃないかな」
土門は柱を手で押して頑強性を確かめながら指摘する。彼は強度や床の具合を確かめながら歩いている。もっとも問題があったらアニエスたちが発見してると思うが趣味でやってるのかもしれないので好きにさせておく。
「彼方氏は物音とかにすぐに反応する方だったけ?」
「逆。爆睡して起きない方」
和樹と祝詞のやり取りに彼方が眠りの息を食らって戦闘後に起こそうとしたら寝相が悪かったのを思い出した。
「全然駄目じゃないか。他に安全そうな和室に寝てもらった方が良くないか?」
徒人は押し入れを開けて中身を確認する。布団らしき物が入っているのかと思えば空だった。
「ご主人様、布団なら庭の竹で作った物干し竿で干したまんまですよ。後で入れますけど今寝たかったら自分で入れて下さいね」
「寝ないよ。まだ3時過ぎじゃないかって」
太陽が照らす影の長さを見ながら時間を割り出す。こっちに来てから影の長さで時間が分かるようになってきたのが悲しい。慣れとは偉大な物だとも思わなくもないが。
この部屋にずっと居ても仕方ないので移動して奥に進む。囲炉裏がある部屋や竃がある部屋があるが基本誰か職人が直したのか、現代風に手直しされた箇所が見受けられる。風呂場も中にあるし、ここにも温泉から引っ張ってきたパイプが設置され、庭には井戸があった。
驚いたのは水洗トイレだった。兵舎もそうだったがこんな所まで水洗トイレが整備されてるのは誰か日本人でそういう技術を持った人物が居たとした思えない。ただし紙は貴重品だけど──
「メンテナンスは簡単で楽そうだね。一応、この世界の技術基準に沿ってるみたいだし」
祝詞はそんな感慨を述べる。
「取り敢えず部屋割りどうする? 女性陣は2階の方が良いのか?」
徒人の問いに祝詞と彼方は悩んでいた。
「私はお風呂に近い部屋がいいな。2階だとちょっと……」
「当方は家帰ってバタンキューの方が好きなんだけどな。2階とか面倒臭い」
2人は好き勝手言っていたが言いたい事は分からなくもない。
「この家の見取り図が居間にあったかと」
忙しなく動き回っていたアニエスが口を挟む。徒人が彼女の足元を見ると普通に靴下姿だった。予想以上に稀人を通して日本の文化が浸透してるのか東の大陸オリタルの影響力が強いのかもしれない。
「じゃあ、そこで会議だ」
祝詞の言葉に真っ先に彼方が居間の方へと早歩きで向かって行った。
徒人たちが居間に着いた時には彼方が見取り図を確保して座卓の上に広げていた。
「たまにこの世界の基準が分からない。何でもありなのか」
「単にこの家を作った人物がついでに座卓も作っただけな気がする」
徒人の疑問に土門が答えた。もっともな意見だった。
「そんなどうでもいい事よりも部屋割りを決めよう」
「なんか揉めそうね」
興奮する彼方を尻目に祝詞が諦めに似たような声を漏らした。




