第197話 夏の空は西から嵐が来る
次の日、徒人たちは祝詞と共に詰め所に朝早く届け出を出しに行った。そこでまたもノクスの従者に呼び止められて宮殿へ呼ばれたのだから付けられてるとしか思えない。
祝詞が断ろうとした所、朝食に誘われてしまったのが運の尽きだった。後は権力闘争が始まりましたと告げた一言で大体事態は察する事が出来る。
徒人たちは宮殿へとやってきたが正面からではなく裏口の離宮の方へと通された。
そこの皇族専用の食堂へと案内される。魔導師姿のノクスが上座に座っていた。虚空に視線を漂わせて何かを思い出しているかのような表情だ。だが彼女の武器であるロッドはすぐ近くに置いてあるのだから抜け目のないと言うべきなのか。
「ノクス様、白咲祝詞様たち、秋葉の皆様方をお連れいたしました」
従者の言葉に現実に帰ってきたのか、ノクスがゆっくりと徒人たちを見る。チーム名はもう知れ渡っているのか。権力争いをしていて情報に疎かったら間抜けだろうが。
「このノクスの無茶を聞いて離宮にまでご足労頂きありがとうございます。早速で申し訳ないのですが重要な話をしたいのですが宜しくて。あ、朝食がまだなら彼らに出して上げて」
前半は徒人たちに、後半は連れてきた従者とメイドたちに向けて言う。
「大丈夫ですよ。朝食を頂くつもりできましたから。依頼を引き受けるかどうかはまた別の話になりますが」
祝詞の言葉にノクスは苦笑いを浮かべていた。
「申し訳ありませんが朝食のご用意をお願いします。ノクス様のお近くにお座り下さい」
徒人たちはノクスの近くの席に座る。長テーブルが余っているのが笑えない。徒人はノクスから一番遠くに座った。
「本来は埋まるほど人を呼べたのですがラティウム帝國の皇族は数多く居りましたがこのノクスの家も含めて衰退の一途ので余り言い触らさないで下さいましね」
ノクスは料理が来るまでにそんなジョークを言ってみせた。
料理が運ばれてきたのだがハンバーグのような肉を挟んだ細長いサンドイッチがやってくる。サブ。所謂、サブマリンサンドイッチだ。予想外の食べ物にもてなされた側である徒人たち全員がビックリした。当然、こっちで言う普通の朝食が出てくるかと思っていたからだ。
「皆様が片手で食べられそうな物でお口似合いそうなものを考えていたらこれがありましたのでお出ししてみました。ちなみに別の稀人の方々にも出してみたのですが意外に好評だったので。お召し上がり下さい」
メイドがそう告げて壁際に立っている。
「あんな理屈を付けておるがクロックムッシュはチーズが高いし熱くて持って食べられないだろうし、あんまり美味くない肉しか自由にできないので今回のチョイスとなってしまったのだ。悲しい財布事情を見せてしまって恥ずかしい限りじゃな」
ノクスの言葉に壁際のメイドが気まずそうな表情をする。
取り敢えず、食べてみよう。クライアントの家に呼ばれておいて何だが不味いと言うのも気が引けるが。
徒人はハンバーグと大根おろしみたいなタレが掛かったサブマリンサンドイッチを一噛りする。悪くないと言うか懐かしい醤油っぽい味がした。祝詞たちもそれを感じ取ったのか勢い良くサブマリンサンドイッチを食べ始めた。
「醤油っぽい。失礼ですがこれの隠し味は醤油とみりんですか?」
十塚がノクスに問う。彼女はよく分からないのでメイドの方を見た。
「醤油? みりん? 醤油はオリタルから来てる黒いソースの事だったか?」
「ノクス様の仰る通りです。オリタルからやってくるソースですがこの国の、ラティウムの人間はポルポラと呼びます。ラティウム帝國は大量にポルポラを輸入してますので比較的安くで手に入るのです。
……ただし、上流階級のうちで庶民や稀人さんたちには広まってませんが。あとみりんとか言うのはこちらに流れてきたオリタルの人が製造してますね。稀人さんたちを介して使い方が広まってます。こちらも裏マーケットで、ですが」
メイドの言葉にサブマリンサンドイッチを食べていたその手が止まる。通りで見た事ないのか。ムカつくがここで怒っても仕方がない。徒人は黙ってサブマリンサンドイッチの続きを頬張る。ムカつきも多少薄れるのだから美味しい料理は偉大だ。でもこれはジャンクフードに近いけど。
そう言えば、土門が南の大陸にマヨネーズを取りに行ったとか言ってたからあってもおかしくはなかったのか。
「食べながらでいいので聞いてもらえるか? 貴方たちも知っての通り、権力闘争が本格的に始まりました。当然ですがこのノクスが所属する旧皇帝派はユリウス執政官が率いる軍&変革派に比べると旗色が悪くあまりよくない状況です。できれば貴方たちにはこのままこのノクスの依頼を聞いて欲しいのですが如何か?」
ノクスの表情は真剣だった。食べておいてあれだが毒でも仕込んでないか不安になる。
「今更、趣旨替えする気はありませんよ。それに、巫女のカンと言ったら笑われるかもしれませんがユリウス執政官殿には嫌われてる感じがするんです。私たちは道具のような目で見られているように感じます。みんなには悪いけど私が元老院議長を失脚させるしかなかったせいで元老院には睨まれてるので権力の傘を利用させて頂くしかないので」
祝詞がサブマリンサンドイッチを食べる手を止めて申し訳なさそうに言う。徒人や十塚に立石。それに私服姿のアニエスは手を止めたが和樹と彼方はサブマリンサンドイッチに魅せられたのか止まらないのか口に含んで咀嚼している。
「こんな奴らなんでこれからも一応宜しくお願いします」
祝詞はサブマリンサンドイッチを皿に置いて一礼する。その言い方はわざと引っかかるように言ってるように見えた。
「取り敢えず、強者であるそなたたちが力を貸してくれるのはありがたい。で権力闘争の件は本題ではない。このノクスが伝えたいのは西の魔王軍が近く侵攻を開始すると言う情報が入ってきている」
その情報にさすがに彼方と和樹も手を止める。旧コロッセオで戦ったファウストが立ち塞がるのは用意に想像できる。あの時は終が抑えていたが今のパーティで奴を押さえ込めるかは未知数だ。立石がどんなに優れたパラディンでも勇者であった終と比べると厳しいかもしれない。
だがノクスは首を横に振って手を前に差し出して食べるように促す。それに応じて手を止めていた徒人もサブマリンサンドイッチを食べ始める。
「懸念材料はそれですか?」
「いえ。それに加えて、西の魔王であるマクシムス・スローンが復活したと言う噂が流れてます」
ノクスの表情が曇る。西の魔王か。ファウストが口にしていたのを思い出す。
「どういう姿の奴なんですか? 強いんでしょうか?」
食べ終えた祝詞が質問する。
「強いのは確かでしょう。このノクスが聞いた所によりますと象の姿をした怪物とだけしか分かりません。戦争してた頃はあったらしいのですがこのノクスは幼くてそこまで頭が回らなかったので魔王の情報に関しては他の陣営から遅れています。幸い元老院から寝返った議員たちから情報を集めていますがもう少し時間がかかると思われます」
その言葉に祝詞が眉毛を歪めた。自分たちと当たるかもしれない相手の情報がまだなのはありがたくない。終のパーティを倒したような感じもする。そんな相手なら少しでも情報が欲しい所ではあるが──
「今まで動けなかったのは2年前の戦いで負った傷が回復しなかったようです。それが治ったと言う情報が飛び込んできました。恐らく、稀人たちも幹部たちを攻撃する為に戦場に駆り出されるでしょうがご注意を」
稀人たちは本来その為に召喚されたのだが戦場となると気後れする。
「あと最後にもう1つ。新しい稀人が召喚されたとか噂が流れてます。くれぐれもご注意を」
ノクスの言葉に徒人は複雑な思いを抱いた。残りの勇者たちが含まれていたら、そして彼らが自分に刃を向けた場合は躊躇わずに対処できるだろうか。終が何故説得しようとしていたのかを反対の立場になって徒人は初めて少しだけ分かったような気がした。
ただ徒人は説得しようとしたりはしないだろうが──自分の事ながら嫌な人間だとは思わなくもない。




