第196話 チーム名は「秋葉」
徒人たちは依頼を受けて山に潜って特殊な薬の材料になる素材を依頼人に渡して戻ってきて報酬をもらって今は稀人たち専用の酒場でテーブルを囲んでやや早い夕食を食べている。
以前、終が紹介してくれた酒場とは別の店でこのサラキアにしては現代の居酒屋っぽさが漂っている。メニューとか店の雰囲気が。ただし、再現しきれなくて中途半端な気がするのはご愛嬌なのだろう。
日本料理に似せようと頑張っているのだろうがなんか違う食べ物がテーブルの上を占拠している。正直に言えば、終が連れて行ってくれた酒場の方が味はいいのだが彼女を思い出して行きたくないメンバーが居る以上、ここで我慢するしかない。救いは個室を用意してくれた事だけか。
徒人はなんか味噌らしきものがかかった焼き鳥を口に入れる。不味くはないのだが想像しているのと味が違うのは何か困る。と言うかこれ鳥肉じゃなくて豚肉だし。
「神蛇君だけ蒸しプリンか。せこいな。小生も食べたい」
1人だけ安物のワインを煽りながら十塚が絡む。
「そんなに食べたいのなら黒鷺城へ行けばいいかと。蒸しカスタードプディングならご馳走してくれると思います」
メイド姿だがエプロンを外したアニエスが器用に箸を使って焼き鳥みたいなのを櫛から外して皿の上に肉を載せる。勿論、自分の分を食べる為にそんな仕草を和樹が笑っている。当のアニエス本人はそれを睨みつけていた。
「あの人に言って小生の分を頼んでくれ」
絡み酒なのか、十塚は隣で喚いている。露骨にしくじった。
「神蛇さん、食べ物の恨み節だと思って諦めて」
反対側に座っていた彼方が角煮らしき豚肉を御飯の上に載せて食べている。角煮を一口貰ったが辛すぎて食べられなかったのに彼方はそれをタレを切って御飯と絡める事で塩気を軽減してるのだろう。
盾石は無言で自分の前にある料理を食っている。こいつだけは考えてる事が分からん。
「女子の端くれとしてプリンは譲れないな」
テーブルを挟んで真正面に居た祝詞がノルマのサラダを食べ尽くしてから目の前の半熟目玉焼きの黄身を潰してこぼれた中身を同じ皿にもってあったベーコンに絡めている。
祝詞の一言にこの場に居た女子4人を含めて盾石まで頷いていた。
こんなに責められるならアニエスに相談して聞かれるような失態を犯すんじゃなかった。
「頼んでみるけど期待はしないでくれよ。あの人がどういう反応するか分からないから」
徒人は多分駄目だろうなと思う。トワはグルメな所があるし、食べ物や物に執着してる節があるので分けてくれそうに思えない。
「今までの礼くらいになら蒸しプリンをご馳走してもらえるでしょうけど、それと引き換えにしてまで食べるようなものではないかと……その内に材料を集めて自分たちで作りましょう。多分、その方がきっと楽だと思います」
アニエスが助け舟を出してくれた。でもさすがにそれは割に合わない。
「高い代償過ぎる。やけ酒するからスルメイカ欲しい」
「いや、やけ酒の肴ならスルメイカではなく、きゅうりの漬物だろう。もろきゅうとかも捨てがたいが」
十塚の要求に盾石まで乗ってくる。大人ズたちはワガママで困る。取り敢えず、糞不味くないだけで徒人としては充分すぎるくらいなのに。
「なんだか美味しそうですね。一度食べてみたいものです」
アニエスが焼き鳥風豚肉の串焼きを食べてからアルコール度数のキツイ蒸留酒を煽る。よく飲めるものだと思わなくもないが指摘すると問題がありそうなので黙っておく。
「アニエス君は食べた事ないのか。刀谷君にイカ捌いてもらって干して作るか」
「もろきゅうは……こっちで納得の出来が作れるかそれが問題だ」
2人共出来上がってるのか1人でブツブツ言っている。絡まれなくなっただけマシか。
「こんな時に悪いけどみんなに大事な話があるから聞いてくれる?」
祝詞がそう切り出した。
全員が黙って祝詞の方を見る。
「今までチーム名を決めてこなかったけどそれだと不便になってきたからチーム名を決めようと思ってたのよ。なんかリクエストある?」
祝詞は既に決まってるみたいが敢えて聞いたように思える。
「特にないけど変なのは嫌だな」
徒人は一応最低限の事を言っておく。とんでもない名称で呼ばれるのはゴメンだ。祝詞は右手を上下に振って大丈夫大丈夫と言っている。
「盾石豊と愉快な仲間たち。盾石豊の奇妙な冒険」
「却下。貴方はチーム名を挙げなくていいから」
冗談で言ったのであろう一言は速攻で却下された。別に気にした風もなく盾石はジョッキに入ったビールを煽る。ちょっと口の端からビールを溢してるところからショックだったのだろうか。
「リーダーが巫女さんだけにアマテラスとか大和とかくるの?」
「さすがにそれは名前が勝ち過ぎてる気がしたから候補から外した。重たいのは嫌でしょう? 軽すぎず重すぎずでいこうと思ったんだ」
彼方が出してきた八百万の神や大和と言う単語に対して首を横に振った。確かに日本代表みたいなのは困る。
「その辺りは真っ先に誰か使ってそうだけどな」
酒を飲みたくないのか、和樹はリンゴジュースの入ったコップを傾けて持て余している。こういう時に何かを切り出しそうなアニエスは我関せずとミディアムレアくらいの焼き加減のステーキをナイフで切っていた。
「その通りで既に八百万の神々の名で登録してあるチーム名があったし」
話を切り出してから祝詞の顔は浮かない。
「終の件があったから切り出さなかった?」
酔ってるのか酔ってないのか分からない十塚が切り出した。こういう所は大人の対応だ。立石も茶化さずに真顔で聞いている。
「……正直分からない。前にも裏切り者が居た事があったけどなんか付けにくかったんだよね。愛着を持ってしまうとこの世界に居着いてしまう気がしてどうしても付けられなかった」
「確かに居着いてしまうのは嫌だな。戻る方法があればいいが」
和樹がそういうがアニエスと3人で話した一件からか浮かない表情ではあるが悲観的ではない。隣に自分の女が座ってたら帰れなくても悲壮感はないか。
「アハトの物の言いようだと単純な話ではないように思えますね。もしかしたらこの世界の根幹に関わってしまう可能性もある以上、簡単な話ではないと考えるのが妥当でしょう」
アニエスがステーキを食べる合間にそう発言する。
「でも送り返す方法があれば、アニエスとしてはラッキーなんだろう?」
和樹の言葉にアニエスの視線が空中を彷徨う。
「勇者を送り返せれば自分としては楽になりますね。って話がズレてます。祝詞様、お話の続きを」
そう言って、祝詞に話を返した。ステーキの残りを食べているので単純に食べたかったので話を打ち切った可能性があるが。
「何となく分かったとは思うけど、秋葉と名付けようと思う」
「由来は秋葉原か? それとも秋葉権現?」
十塚がユラユラ揺れつつ聞く。
「はい。神仏習合の神で火防を司っているから秋葉にしました。災いと言う火の粉から私たちを守ってくれるように願いを込めて」
祝詞が居住まいを正す。それだけでちゃんとした巫女の雰囲気を漂わせられるのが凄い。
「俺ら自身が災いかもしれないけどな」
ボソッと呟いた和樹に祝詞の蹴りが入った。
「茶々を入れない。とにかく登録してあるチーム名ではなかったからこれにしたよ。明日一番に手続きしてくる」
祝詞がそう宣言する。その場に居た全員が黙ってそれを聞く。
しばらく間が空いて盾石が手を挙げる。
「リーダー殿の決意はやっぱり本格的に始まった権力闘争にも関係してるのかい?」
今まで酔っていたのにも関わらず、一瞬でアルコールを抜いたかのように立石は椅子に座りなおす。




