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第195話 あれは仮装ですか?

 朝食を取った後、カイロスが現れた。いつも通りに黒鷺城に来て欲しいと言われたので徒人はそれに応じた。シュバルツ・ローゼに関してハッキリさせておこう。心の中で聞こうとしても反応が返ってこないのが妙だし、拗ねているか機嫌が悪いのか、確かめなければならない。

 食堂へ通された後、徒人は上座の斜め隣左の席に着いた。あんまり質の良くなさそうなガラスの外は珍しく雨が降っている。


「すまぬな。婚約者殿。朝の忙しい時間にわざわざご足労頂いて」


 上座にある椅子の隣に立つカイロスが申し訳なさそうに頭を下げる。


「こっちも聞きたい事があったので丁度いい機会ですから」


 徒人は雨を眺めながら呟いた。


「雨が珍しいのですか?」


 窓際に立っていたフィロメナが問いかける。


「別に珍しくはないがこうしてボーっとして雨を眺める余裕なんてなかったから。そうしているだけだよ」


 徒人はそう言ってガラスを叩く雨を見つめていた。先程までと違って雨は激しくなっていく。


「そうですか。お邪魔をして申し訳ありません。黙っておりますので」


「いや、トワが来るまでなんか話してくれた方が気が紛れるからなんか話してくれ」


 視線を移すとフィロメナは苦笑いしていた。余計な事をしてしまったかと顔に浮かんでいる。


「難しい事をおっしゃいますね。……手前の故郷の話で良ければ」


「随分と珍しいな。貴公が自分の話をするなんて」


 カイロスが茶々を入れる。


「黙って聞いてなさいな。


手前の故郷は南の大陸の南端部で雨の少ない地域でした。いつも乾燥して砂だらけ。雨が降ったら容器で水を貯める日々で海水を蒸留して飲むほど家が裕福でもなかったので常に喉はカラカラで兄弟も多かったから水を満足に飲めなくて水分に飢えてました。


だから雨を見ると嬉しくなります。こんな事を言うとおかしな奴と思われるんですがね。この黒鷺城がある地域もあんまり雨が降らない地帯なのでそんなに雨を眺める事は出来ないのですがね」


 フィロメナは熱心に雨を眺めている。もし、フィロメナを梅雨の日本に連れて行けたら喜ぶのだろうか。


「だから豊富に出る地域に住んでるのか。あの地域は何処へ行くにも不便なのによく住めるものだと思っていたが」


「子供たちの情操教育にはあの地域はいい場所なんだよって時空魔法使えて何処にでも行けるお前がそんな事を言い出すなんて不思議な話しだ事」


 カイロスに背を向けたままフィロメナは返事だけを返す。その返答にカイロスは沈黙を返すだけだ。彼にとって時空魔法は己自身の為に使うものではないのかもしれない。


「子供が居るんですね。小さいんですか?」


 徒人は当たり障りのない発言をする。


「今いる子は100歳でわんぱくの盛りだよ。その下の子は68歳で泣き虫で最初の夫の子孫の女性に背中に隠れてお姉ちゃんお姉ちゃんと言って聞かないけどね」


 フィロメナの言葉に徒人は分かっていたのにも関わらず何を言っているのか分からない状況に陥る。


「おい、フィロメナ。婚約者殿が目を白黒しているぞ。少しは人間の感覚で話してやれ。お前なら出来るだろう」


 見かねたカイロスが助け舟を出してくれた。だが影人間の感覚は人間のそれに近いのだろうか?


「人間の感覚では度し難い状況でしたか? 成長が早い子もいれば遅い子がいてね。……ここまでは理解できていますか?」


 フィロメナがなんかよく分からん事を言っている。悪魔と人間の時間感覚の差を思い知らされる。


「一応、ただ、人間で言うと老人の年だからちょっと混乱してあと最初の夫の子孫って一体?」


「言ってませんでした?


 手前の最初の夫は人間です。えーと800年ほど前に出会って恋愛結婚です。ただ一緒に居れた時間はそんなにありませんでしたが……悪魔の時間であって人間の時間で30年ほどですかね。愛してはいたのですがあっという間に老けてしまってそれそれは辛かったとしか言えない状況でした。


 あ、別れたのではありませんよ。死別です。最初の夫の墓は今住んでいる家の近くに移動させております。その夫の子供たちの子孫が手前の近くで生活してて子供たちの面倒を見てもらっているのですよ。悪魔の血を引いていると言っても殆ど人間みたいなものです。怖いのは今いる子供たちが事故でその子を殺したりしないかが心配事ですよ」


 割りと冷静に語るフィロメナに徒人は目が点になる。悪魔の感覚はよく分からない。


「それは魔族の感覚と同じなのでしょうか?」


 余りに理解を超えた話にフィロメナに聞き返す。


「寿命に関してはそうですが倫理に関して同一視されても困りますよ」


 食堂のドアが開くのと同時にトワが入ってきてそう答えた。後ろには老執事たちが続いて入ってくる。


「それに自分が苦労したからと言ってわたしと徒人を同じように扱わないで下さい」


 上座に着くと思われたトワは徒人の隣りに座った。


「親切心から忠告をしているだけです」


「色々な問題に関しては解決してみせます」


 フィロメナとトワの会話は噛み合っていない。


「そうですか。差し出がましい真似をして申し訳ありません。では手前は一度下がります。御用があれば及び下さい」


 話が噛み合わない事を悟ったのか、フィロメナが一礼してトワが入ってきたドアから食堂を出て行く。

 フィロメナが出て行ったのを確認してからトワがあっかんべーをして見せた。

 徒人がそれを見つめるとトワは慌てて咳払いして正面を向く。


「ところで徒人は朝を食べてしまったのですか?」


「何も言われてなかったので朝は食べてしまったよ」


 トワが暗い雰囲気を漂わせる。怨霊や悪霊が実体を得る世界で幽霊とかが寄ってきそうなオーラを漂わせるのは精神衛生上よろしくないので止めて欲しい。

 美味しそうに食べる徒人が見たかったのにとかトワは1人でブツブツ言っている。ちょっと怖いけど可愛いと認識してしまう自分が悲しい。


「閣下。蒸しカスタードプディングは食べなくて宜しいのでしょうか?」


 老執事の言葉にトワの目が光る。これだ。と言いたげに。


「徒人ぉ。カスタードプディングは食べた事ありますか?」


「こっちに来てからは食べた事ないよ」


 元居た世界と言うか元居た時代で食べた事がない訳ないのでそう答えを返す。


「じゃあ、一緒に食べましょう。良いですね」


 トワが徒人の顔を覗き込む。これは否定を許さない目だった。仕方ないので何処かの人形みたいに首を縦に振る。

 目で合図して老執事の指示に答えて陶器に入った蒸しカスタードプディングを2つ持ってきた。徒人の前にカスタードプディングが入った陶器と銀のスプーンが置かれる。蒸したプリンが見える。問題なのは思った以上に器が大きかった事だ。デカイマグカップくらいの大きさはある。朝食を食べた後にこのサイズはキツイ。


「どうぞ食べて下さい。わたしが話を聞いて作ってみました。本当はオーブンを使うそうですが蒸す方が確実だと思ったので」


 トワがニコニコしている。食べないと言う選択肢と残すと言う選択肢は潰えた。


「では頂きます」


 徒人は覚悟を決めて陶器の器を持って銀のスプーンを蒸しプリンをすくって口へ運んだ。硬い方が嫌いではないがこの蒸しプリンは悪くない。この文化水準だとかなり結構行ける出来だと思う。

 視線を感じたので横目でトワを見ると食べながらこっちをガン見している。凄く食べ辛い。仕方ないので無心で蒸しプリンを食べた。底にカラメルまで入ってて美味しいがお腹にキツイ。あと自分だけプリンを食べてしまってパーティメンバーに対して多少の罪悪感を覚えた。

 トワが食べ終えたらシュバルツ・ローゼの件を聞こう。彼女が食べ終えたのを見計らって切り出した。


「トワ、シュバルツ。ローゼって知って──」


 トワが長テーブルを叩いた。


「徒人、そんな人をわたしが知ってる筈ないですから。恥ずかしい格好した女なんて知りません」


 虚ろ目でボロ出しまくりの返答をする。これは駄目だ。これ以上、ツッコミを入れたら確実に危険だ。

 徒人は仕方ないので蒸しカスタードプディングの件だけ聞いて帰る事にした。

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