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ブラックワークス 魔王に勇者を倒してきてと泣きつかれました  作者: 明日今日
Chapte5 敵が正面にいるとは限らない
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第193話 地獄の工房

 翌日、朝から元老院議長が運営していたサラキア市外の市民墓地地下に捜索が入った。そこは広大な土地で金貨を相当数要求するだけあって整備された綺麗な場所で整然と立ち並ぶ墓石やアンデッド化を封じる神聖な力が込められた緑の宝石が嵌め込まれた石碑が要所要所に配置されていた。


 ラティウム帝國の兵士たちや衛兵たちなど法執行機関の手によって行われたのだがそれらに力を貸す形で徒人たちも加わっていた。

 この場には六連の姿はあったが阿戸星の姿はない。結論から言うと戦闘はなかった。

 徒人たちが呼ばれたのは捜査を手伝うのではなくヴァルトラウトの人形が現れた時の対策だったので今は暇を持て余している。


 近くの地下への入口からは異様な臭気が漂っていた。ヴァルトラウトが媒介としていた汚泥の臭いらしいがあまりに酷くて嗅覚が麻痺してしまう程だ。

 結局、徒人たちも中を確かめる為に一旦は遺体保管所だった場所に入る羽目になって今はその染み付いた臭いを消す為の香を焚いている。装備に染み込まない事を祈りつつ、徒人たちはその香を焚いている香炉の周りでその煙を浴びていた。

 ただ煙の当たる範囲に限界があるので香炉を3つ使い、それぞれ少し離れた位置に居る。


「予想以上に気持ち悪い所だったな。二度と入りたくない」


 徒人はフランケンシュタインを作った工房を連想していたが遺体保管所はそんなレベルではなかった。継ぎ接ぎ扱いだったらしい岳屋や殆ど見た目上、問題がなかったカルナに比べたらそこに置かれていた遺体は原型を留めていなかったり、液体状だったり、ゲル状だったり、とにかく気分上、余り例えたくない物が多すぎた。


「人間の解体と再構成とか普通の神経をしてたらしたくないでしょうからね」


 近くに居たアニエスが溢す。それに近くに居た和樹が頷いている。


「調べによるとこの墓所の管理人は死亡していたそうです。ただ、人形の件がバレないように管理人は人形として操られていたと聞きました」


「夜中にそんな人形と対峙したくないな。殆どホラーだろう。日の下でやり取りしてたらバレるからやっぱり暗い所で人と会ってたのかね」


 落ち着かない様子で和樹は服を摘んでパタパタと揺らしていた。いつもの防具は修復中なのが幸いしたと言えるのかもしれない。


「……師匠が言うとおり、暗い所で会っていたようです。いつも香の臭いがしていつもと違う感じだったと管理人と会った人間はそう証言していました」


「人間解体の現場に死んでなお動き回る男。完全にホラー映画だな。こんな所で戦ったら力が出せないで死んでたかもな」


 アニエスの言葉に徒人は自然と嫌悪の表情を作る。


「ご主人様はそんなにヤワじゃないと思うんですがね。それよりお話がありますが宜しいですか?」


「和樹に聞かせてもいいのか?」


「剣峰終の手紙の件にも絡んでいるので聞いてもらった方が自分としては説明が一度で済みますので出来ればご同席願いたいのですが……宜しいですか?」


 徒人はその言葉に拒否する気はない。


「構わないから話してくれ。早く聞きたい」


「閣下に、あの方に今後の方針を聞いてきました。基本的に勇者の抹殺の方針は変わらないようです」


 その言葉に徒人は暗い気分になる。地下の遺体保管所に置かれていたヴァルトラウトのグロい人形の方がマシだった。


「俺はその……」


 徒人にはその単語が出てこなかった。正確には口にしたくないと言うのが本音だ。

 言葉が出てこないのを察してアニエスは気取られないように周囲を見渡して周りに聞こえないように言った。


「剣峰終が貴方が死ななければ魔王神は復活しないと言ったそうですね。


 ……恐らく、ご主人は勇者の資質があると思われます。ユニークスキルの死と再生の転輪は蠍座の勇者の力と見て間違いないでしょう。ご愁傷様と言うべきなのか。


 ただ、あの方は敵対しない限り勇者に関してはここに対応すると言ってました。貴方に対してあの方が敵意を向けたり、殺意を向けたりする事はないと思います。あの方は貴方を失って生きてられるほど強くもなければ理想の為とか言えるような人ではないかと」


 その言葉を聞いても前半以外の部分が入ってこない。普通の奴は勇者と言われたら喜ぶんだろうが徒人は嬉しいと言う感情はない。むしろ、そんな物がなければ良かったと思わなくもないが──

 和樹もその発言に押し黙っている。


「ご主人様にとって忌まわしき力でしょうがそれがなければ岳屋弥勒か、いえ、確実に死神勇者に倒されていたと思います。思うじゃないですね。確実に殺されていたでしょう。結果論ですがその……蠍座の勇者の力は貴方とあの方を救ったんです。それだけは忘れないで下さい」


 徒人はその言葉に顔を上げた。あんまりいい慰めではない。


「アニエスにしては優しい言葉だな。励ましの言葉としてはまあまあ良い」


「口が悪いアニエスにしてはいい励ましだな。少しは救われたよ」


「2人共、ボロクソに言ってますね。口が悪いのはどっちなんだか。


 取り敢えず、あの方がそんなに恩知らずではないだろうし、いきなりご主人様に矛を向けるような愚か者ではないと思いますが。あれでも知性派ですから。それにご主人様は岳屋弥勒と死神勇者を倒した英雄ですから無下にはされないと考えますが黒鷺城にも人間が嫌いな魔族は居る事は居ますからね。


 あと自分以外の五星角がどうなのかが分かりません。カイロスは問題ないと思うのですが金で雇われているクシシュチャールとフィロメナ。それに融通が利かなそうなシルヴェルストルが気になります。五星角の立場でご主人様が勇者の力を持っている事に気が付かないほど間抜けとも思えませんが……」


 アニエスがそこで言葉を切る。


「それでどうなってるんだ? 全部終わったらハイそれまでよなんて言われたら俺らも困るんだがな。帝國も信じられない。南の人たちが敵に回ったら逃げるしかないだろう」


 和樹が続きを促す。


「最悪の場合は逃げる羽目になりますね。あくまで最悪の場合の想定ですが。選択肢として頭のなかに入れておいて下さい。


 ただ、希望的観測ですがシルヴェルストルは戦士としての生き方に重きを置く人物です。剣峰終ですらも我が軍の墓地および、戦没者慰霊施に手厚く葬った男ですから馬鹿な真似はしないと思いたいのですが一応念には念を入れておいて下さい。楽観論で死んだら笑えませんので」


 アニエスの言いたい事は理解した。ただ一つ気になる事がある。


「もし、向こうが敵に回ったら、アニエス、お前はどうするんだ?」


「先代様の仇も取れましたから、もうここには未練がないんですよね。良ければ一緒に逃げますよ」


 アニエスの視線は和樹を見ていた。その露骨な視線に彼は頭を掻いている。


「主語くらい略さずに言えよ。昔、冗談で逃げるとは言ったけど、俺は逃げないからな。お前たちがイチャイチャする様を見せつけられるとか虚しいじゃないか。最悪の場合はダメモトで彼女と話をしてみる」


「そうですか。その場合は成功する事を祈りますよ。しくじったらご主人様が死ぬ事になりますからそれは目覚めが悪いのであの方が矛を収める事を願います。あと自分たちも出来れば追われる身になるのは避けたいですから」


 余計な一言に徒人は眉を歪める。最後の一言はかなり余計な一言だった。割と本気で頭にきた。


「気になったんだがそれで話し合いが不成立に終わった場合、徒人はあの人を手に掛けられるのか?」


 そんな心境を察していたのか和樹が核心部分を突いてくる。


「その場合は……」


 そこで言葉が出てこなかった。殺せるか殺せないかで言えば多分無理だろう。徒人にとって敵に回ったら一番厄介なのはトワだ。

 2人はそれを察したのか何も言わなかった。徒人は香炉から出る煙を浴びながら移りゆく空の様子をただ黙って眺める。余り愉快とは言えない夏が来るのは間違いない。

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