第188話 暗転中の招かれざるシシャ
「盾石、悪いけど十塚を連れて祝詞を探してきてくれ。最悪の場合は遺体探しになるが……」
徒人はカルナと対峙する。
「それは構わないがこの数を1人は無理だろう。雑魚は私が抑えないと1人では押し切られるだけだけでは?」
盾石はワームポットから大剣を取り出す。
「不要だな。この亡霊共は某が相手をしよう」
六連が槍を取り出し、近くの入口に現れた死者たちの前へと立ちはだかる。
「《フレイム・コクーン!》 《ホーリー・コクーン!》」
そして己の槍の穂先に炎と聖なる光を同時に宿し、死者たちの群れに飛び込んだ。剣魔法使いとしてはこの時点で徒人よりも確実に格上になる。連中の相手も危なげなく行いソツがない。オールラウンダーか。敵に回すと厄介なタイプかもしれない。
「エレメンタル・ランサーか。実に厄介だな。……君の命令の通り、リーダーを探してこよう」
盾石がそう言って離れて十塚の居る方へと走って行った。
「でそろそろ妾の相手をしてくれるのだろうな?」
その言葉と同時にカルナの体に貼り付けてあった札が焼け落ちる。今まで動かなかったのはこの札の解除を試みていたのだろう。
「先に祝詞がどこに居るか答えてもらおうか」
徒人はカルナに魔剣の切っ先を向ける。ヴァルトラウトの人形と同じ理屈なら魔剣で斬れる筈だ。
「さあ、妾には分からぬのぅ。女に他の女の話をするなどと失礼だと思わぬか?」
カルナは巫女装束のまま右手を手刀にして構える。
よく見れば祝詞が着ていた聖巫女用の高級品ではなくそこらへんの安物だった。なら祝詞は自力で逃げ出した可能性が高い。ならば目の前のカルナの遺体で製作したと思われる人形を潰すのが先だ。それに顔見知りのアンデッドなら自分の手で送り届けてやる方が後腐れなくていい。
「《レクイエム・コクーン!》」
徒人の持つ魔剣に退魔の力が宿る。魔王が操る屍に退魔の力が効くかどうか不明だが出来る事はやっておこう。
「ヴァルトラウト、人の体に潜んでないで出てこい」
徒人の言葉に返ってきたのはカルナの突撃と首を狙った手刀での一撃だった。魔剣を振るってその一撃を弾くが剣に伝わってくる感触は金属を叩いているような感じだ。やはり、以前戦った人形と同一の手応え。
確かに以前戦ったヴァルトラウトの人形と同じ反応と硬さ。ただし、魔剣が通りにくい事から強化していると見て間違いない。人形の体を巡っていたヴァルトラウトの血液らしき物も触れる訳にはいかないので慎重にならざるおえない。呪いを掛けられるのはごめんだ。
「だから妾の名前はカルナじゃ。忘れたのかえ?」
攻撃しつつ、カルナは、カルナだった者はそんな返答を繰り返す。記憶がないのか或いは北の魔王がとぼけているのか判別がつかない。だがカルナの意志を使って遺体を遠隔操作してるのならば趣味が悪いのにも程がある。屍を統べる北の魔王の面目躍如と言うべきなのか。
「不愉快だな。人の人格を使ってるのならいい加減正体を現せ。お前の芸は飽きた」
徒人が右下からカルナの首を狙った一撃を放つ。それは左腕の硬さに阻まれる。表層を、骨の半ばにまで食い込んで止まった。抜こうとするが抜けない。これが狙いか。
「捕まえた!」
カルナが右手を徒人の首めがけて伸ばしてくる。その時、風切音が鳴った。白い錫杖が矢のように飛来し、彼女の胸を貫き、その勢いを殺さずにその体ごと元老院議長が座っていた席の辺りに吹き飛ばした。
埃と破片が舞い上がって視界を塞ぐ。
徒人はその際の衝撃で床に転がった魔剣を拾い上げて白い錫杖を投げた人物を確認する。1回目のヴァルトラウトと戦った時に白い錫杖を投げた人物だろうか。
ショートパンツにオーバーニーソで絶対領域を形成して上半身は胸元が大きく開いた貫頭衣に黒薔薇をあしらった仮面をつけた女性だった。なんか間違ったヒーロー物に出てくる女性主人公いやお助けキャラみたいにも見える。或いは魔女かもしれない。髪をショートにしているものの彼女の左太ももの内側のホクロと胸元の三角形を形成しているホクロには見覚えがあった。と言うか、徒人がここまで身体的特徴を覚えてる女性なんて1人しか居ない。
『トワ?』
心の中で問いただしてみると黒薔薇の仮面の女がビクッと体を震わせた。──やはり正解らしい。
「オレの名前はシュバルツ・ローゼ。この帝都に蔓延する腐敗を正す為にこの場に馳せ参じさせてもらった」
バレたくないのか、トワはかなり声を変えて男のような感じで喋っている為、よく聞かないと分からない。
一体誰なんだと元老院議員たちの声が響く。正直言うと聞いてるこっちが恥ずかしい。
アニエスが最初にあった頃の中二病ポーズを模して顔を、目の当たりを隠すようなポーズをとった。羞耻心の現れだろうか。気を取られていたが徒人はカルナの方へと向き直る。
「痛いのう。退魔の力だろうがこの身には堪える。死んだ身にはな」
埃と破片が収まった後に現れたカルナは異形の姿をしていた。傷を追った部分から黒い昆虫の足みたいなのが生えている。徒人にはなんの虫なのか見当もつかないが正直考えたくもない。
「死者を大事にせぬか」
その言葉に微かにカルナの表情が歪んだ。自我が戻ったのだろうか。それとも本能的に死んだと言う事実を拒んでいるのだろうか。
刺さっていた白い錫杖を標本にされた昆虫が釘を自分で無理やり引っこ抜いてその身の束縛を解いた。そして引き抜かれた錫杖が床に落ちて金属音を響かせる。どう見ても痛覚が、生物として生きていたら不可能な芸当だった。恐らく無痛症の人間でも途中で死ぬだろう。機能が停止し、生物ではなく人形だから出来る荒業だ。
床に放置された白い錫杖が白い煙を上げている。既にその原型を留めているのがやっとの状態だった。
よく見れば、カルナの足から日々が割れて複数の昆虫みたいな足が生えてそれが彼女の体を支えていた。
「た……そこの呪騎士。その女の体は腐って原型を留めているのが困難になり始めている。放置すればいずれ人としての姿を失うだろう。その女と知り合いならば早くケリを着けるのだ」
咳払いをしてトワ、いやシュバルツ・ローゼが助言をくれた。
「一応、聞くが元に戻す方法とかないんだよな?」
「そいつは北の魔王に生前の自我を元に操作されている。魔王に憑依されるなど人には耐え難い苦痛だろうから早く解放してやれ。それが唯一の救いの筈だ。誰しも女なら顔くらいは綺麗に死にたいと思うぞ」
答えは予想通りに辛辣だった。
「もう1つ聞くがあの体の中に北の魔王が憑依と思うか?」
「……残念だがオレには分からない。ここには色んな邪気が満ちていて判別が難しい上に複数の体に入り込んでいる可能性が高い」
シュバルツ・ローゼがそう説明する。確かにヴァルトラウトが複数の体を使っていたのは事実だから全てに奴が己の精神を分割して入っている可能性はないとは言えない。
「なるほど。ならばこの雑魚どもを滅ぼせば北の魔王の消滅も成せると言う訳か。一石二鳥だな」
会議場の雑魚を全滅させる勢いで戦っている六連が笑う。
奇声を上げてカルナが襲い掛かってきた。だが足のせいかその動きは鈍い。
「今、眠らせてやる」
徒人は一気に距離を詰め、通り抜けざまに魔剣でカルナの首を裂き、動きが鈍った瞬間に後ろから心臓の辺りに剣先を突き刺す。魔剣で貫かれたカルナは標本の昆虫のように動きを止める。
「あ、寒い。こ、ここは……あ、徒人か。妾はどうしてこんな所に、図書館にいた、のに、いきなり後ろから……妾は死んだのか」
向くはずのない角度でカルナの首が徒人の方へと向いた。生前のカルナの言葉だった。
「離れろ!」
トワのいやシュバルツ・ローゼの言葉に徒人は魔剣を離して慌てて転がって離れる。カルナから黒い霧が噴出され、そしてそれは床と周囲を腐らせて徒人にも迫ったが突如現れた白い壁に阻まれて天へと霧散していく。カルナの着ていた巫女装束は解け、何一つ変わらぬまま残っていたのは心臓に刺さった魔剣だけだった。
「最後に触れる事も出来ぬのか……呪われた体じゃな」
全裸で各部を虫の体に置き換えられたカルナが嘆く。がその姿は既に全身にヒビが入り灰になりかけている。
「恐らく体が耐えられなかったのだろう。魔王の憑依に」
「そう。貴女は徒人の知り合い?」
カルナは灰を塗り込めたような虚ろな瞳をシュバルツ・ローゼに向けた。彼女は「ああ」と頷いた。
「彼をお願いする。妾が最後に面倒見た稀人なのじゃ」
彼女は、カルナだった存在は崩れかけた顔で無理やり笑ってみせた。そしてそれを最後に床に白い灰の一塊だけを残した。
「最後に貴方が看取っただけマシだと思う」
隣に移動してきたシュバルツ・ローゼが徒人に向けて手を差し出した。
「ならいいけどな」
「問題はこれからではないか?」
徒人の言葉に答えたのはシュバルツ・ローゼではなく六連だった。
「そうじゃのう」
虚空から薄気味悪い声が響く。この声はヴァルトラウト。




