第187話 それぞれにとっての誤算
徒人たちがアスタルテの案内を受けて聴聞会の行われる1階の会議場の近くへと辿り着いた。鏡を廊下に出して十塚が確認する。鏡には扉の前で怯える衛兵たち2人が映り込んでいる。爆発音が頻繁に鳴り響けば不安にもなるか。
「ここみたいだ」
「小官は立場があるからここまでだ。武運を祈ってる。あともう始まってるから急げ」
そう言ってアスタルテはやってきた方向へと走って戻って行った。
「殴って入るか?」
「手ならあるから殴ったりするのは後でいい。とにかく小生に任せてくれ」
盾石の脳筋とも言える問いに十塚が横に首を振る。
「策があるのか? なら急ごう。アスタルテの言う通りだとしてもそうじゃなかったとしても今はここでモタモタするのは得策じゃない」
「小生の手八丁口八丁をお見せしよう」
妙に自信満々な態度で十塚が胸を張る。
「それ、本来は褒め言葉じゃない気がするんだがな」
「とにかく慌ててるフリをしてくれ。いい? いくぞ」
盾石の言葉を無視して十塚が飛び出した。徒人も慌てて後を追って走る。後ろでは全身鎧で音を立てながら盾石が追ってくる。
「おい、お前ら今は聴聞会の最中で──」
2人の衛兵は怯えながらも使命を果たそうとして騒ぐ。
「た、大変だ! 黄道十二宮の勇者の連中が蘇った死者共をけしかけて襲撃している」
「それはもう知っている」
衛兵2人は目の前まで走ってきた十塚に対して無情だが無警戒で告げる。
「話を切るな。撤退命令が出たんだ。この場は稀人たちに任せて一般の衛兵は脱出ルートの確保を優先する命令が出た!」
取り合おうとしない衛兵たちに十塚がそう告げる。その言葉を聞いて衛兵たち2人に一瞬だが安堵の表情が浮かんだ。本心ではこの場を離れたがっているのだろう。
「だから会場の警備は任せろ。貴方たちは脱出ルートの確保を!」
「分かった。先に脱出ルートの確保を優先する」
十塚の声に2つ返事で衛兵たちは走って廊下の向こうへと消えて行った。現金と言うか素直と言うべきか──
「よし。中を確認して会議場へと入ろう」
十塚が確認して会議場の扉をゆっくりと開いた。近くに居た衛兵たちがこっちへとやってくる。元老院議長と思しき禿頭の老人は上座と思しき席に座り、その右近くに六連が立っていた。その反対側には使いと称していた三馬鹿の姿もあった。
そして会議場の中央には連れて行かれた時と同じ巫女装束で後ろ手に縛られた祝詞が立っていた。どう見ても魔女裁判としか思えない。
縛られ方がマトモだったのでまだ酷い目には遭ってないように見るが魔法を封じられてるのかなんか札のように見える物を貼られていた。意識が朦朧としているのか扉が開いたのにも関わらず、祝詞は無反応だ。洗脳か意識を奪われているのか分からないがこの状態が続くのは危険だ。
元老院議長を失脚させるには準備不足な気もしなくもないが墓所が不正に使われた件と北の魔王をこじつけるしかない。
「行くぞ」
徒人は祝詞の所へと走り出す。十塚はイザという時の為に出入り口付近に残ってもらう。最悪の場合は彼女に祝詞を連れて逃げてもらう。
「待った待った! この聴聞会には重大な落ち度がある」
叫びながら徒人は会議場に居た全員の注意を引く。
何だ貴様は。などと言う声が会議場から上がる。ここまでは計算のうちだ。
「まず、この聴聞会を開いた人物がラティウム帝國を裏切っているからだ」
その一言に会議場全体がざわめく。
「元老院議長は北の魔王と通じている。最近、このサラキアで起きている蘇った死者騒動も彼が所有する墓地から出た遺体しか居ない。何故なら火葬されてないからだ。その墓地に埋葬されていた筈のウェスタの巫女だったカルナが蘇った事がその証左。北の魔王と通じているような人間が聴聞する会など断じて認められない」
これで説得できるとは思えないが議長を拘束させるなり出来ればいいが。
徒人は祝詞の近くまで移動する。衛兵たちはこちらの気が逸れるのを待っているのか話を信じているのか動かない。
「お前はこの女の仲間だろう。その者がわしを告発するだと。笑わせるな。苦し紛れに言っている言い逃れにすぎない。この者とその仲間を捕らえよ」
元老院議長は動揺する事すらなく鼻を鳴らして命令を下す。
後から黙って付いてきていた盾石が口を開く。
「待て。彼は、元老院議長は髪の毛の為に北の魔王についた。置いていく己に堪えられなかったのだ」
その一言にその場に居た一部の議員たちや衛兵たちが元老院議長を見る。主に顔ではなく頭部を。意外に効果があったのか。
「失礼な! スパイ容疑のかかった稀人たちの戯言を信じるのか!」
議員たちはその一言に俯いて顔を背ける。最初から当てにはしてないが当てにならない連中だ。
「今、元老院議長が所有している墓所を調べている。証拠が見つかるのは時間の問題だ。こんなバカげた聴聞会はラティウム帝國の威厳を損ねる。今すぐに中止してくれ」
徒人が再度訴える。だが反応は薄い。
「今この場に証拠がない以上、稀人の戯言に過ぎぬ」
その言葉に六連が不快そうに表情を歪めたが当然ながら離反には程遠い。万策尽きたか。本来、不正の証拠になる筈だった書類は時間が足りなくて用意できてない上に皆既日食の時間までまだある。死者が出てきてもカルナが出てきてないのなら証明のしようがない。せめて、ヴァルトラウトが出てくればまだ手の打ちようもあるかもしれないが──こうなったらプランBの暴れて逃げるしかないのか。
徒人が意識の混濁している祝詞に近寄ろうとする。
「神蛇君! 近付くな!」
盾石の言葉に徒人は反射的に魔剣を抜いてその腹を盾代わりに使う。重たい一撃。魔剣が防いだ一撃は祝詞の右手でこの重さには体験した事があった。
「北の魔王ヴァルトラウトか? そもそもお前は祝詞じゃない。お前は誰だ」
よりによって祝詞に入れ替わったのか、ヴァルトラウトに祝詞が殺されていたのか判別ができない。クソ! 罠だったのか。
「嫌だな。妾の事を忘れたの? 徒人? カルナだよ」
祝詞じゃない声が会議場全体に響く。その声色に周りを取り囲んでいた衛兵たちまで震え上がった。カルナの声だったがそれは地獄の底から現れた死者の声だと本能的に分かったのだろうか。
カルナの声を発した祝詞は徒人から大きく距離を取って向き合う形になる。そして両手で顔の端を掴むと皮を引っ剥がし始めた。肉と血が噴出するかと思われたが血は一滴も流れずに皮の下の肉は見えなかった。
その代わりに祝詞の顔の下からカルナの顔が現れる。それと同時にこの会議場に差し込んでいた日が急に弱くなる。
祟りだ。祟りだ。と議員たちや衛兵たちが悲鳴に似た叫び声を上げた。皆既日食が始まったのか。
「みんな! よく見ろ! ウェスタの巫女神殿に勤めていたカルナだ! 彼女はウェスタの巫女と言えども本来は土葬されるような高い身分ではない。これが元老院議長と北の魔王が繋がっていた証拠だ!」
盾石がこの機を逃すまいと元老院議長を指差しながら言い放つ。これで議長が失脚しなければ、本当にトワの元に逃げるしかない。
「残念ですな。衛兵たちよ、彼を元老院議長を拘束しろ」
「馬鹿な! こん世迷い言を信じるのか!」
議員の1人が命令したのに反応して近くに居た衛兵たちが元老院議長を取り囲む。
「取り敢えず、対象が居ないのであれば聴聞会の開きようがないでしょう」
「た、助けろ! 六連!」
「残念ながら某はラティウム帝國に仕えているのであって貴方に使えている訳ではありません」
六連は素気なく断った。
「貴様ら覚えてろよ! 必ず後悔させてやる!」
その言葉と同時に会議場にあった全ての扉から人がなだれ込んで来た。恐らくこのサラキアを騒がせていた死者だろう。本物の祝詞が生きているのか探さなければならないのにそれどころじゃなくなってしまった。
「さあ、パーティーを始めましょうか」
カルナによく似た、いやカルナだった女が宣言する。




