第185話 分断される仲間たち
案の定と言うかやっぱりと言うか立法府の中に入れたのはアニエスと和樹だけだった。暴れて入る訳にはいかないので外で待ってるなどと言い訳を残して徒人たち4人はノクスに教えてもらった地下の抜け道を通る。
予め貰っていた魔法の松明で辺りを照らしながら進むが暗い。しかも狭い地下通路を走っているから余計に暗く感じる。和樹のライティングによる光量が恋しくなってきた。
「蘇我入鹿暗殺を思い出すなとか言おうとしたらそうは問屋が卸さなかったか」
「それは暗殺する方で招いた側なんだから小生たちとまた立場が違うだろう」
先頭を走る十塚が少し怒った様子で言う。歴女なんだろうか。
「大化の改新か」
「正確には乙巳の変だよ。大化の改新はその後の政変を指すんだ」
徒人はそのツッコミに沈黙を返す。無視無視。苛つくけど構ってはいけない。
「お前はいちいち細かいからモテないんだ」
「いちいち失礼な奴だな! 大きなお世話だ!」
「それなら小生とお前はお互い様だろう」
十塚が冷たい言葉で応戦し始めたと思えば大広間に入った所で止まった。暗闇の中に誰かが居る。一応、気配がするのでカルナや蘇った死者でも機械でもない。
「客か。出てきたらどう?」
「客は貴方たちの方だと思うが。もっとも我はホストじゃないので出迎える側と言うのも変な話だが」
マジックアイテムで光の玉を幾つか打ち上げて闇の中を引き裂いてボーイッシュな容姿を持つ少女、阿戸星が現れた。その口元にはシニカルな笑みを浮かべている。徒人よりそんなに年は変わらないのに酷く老成した印象を受ける。
照らし出された空間は墓所のような場所だった。そう言えばアニエスが立法府の地下は昔の墓所だったとか言っていたような気がする。
「パーティメンバーも連れてこないなんて意外ね。それともボッチなの?」
彼方が十塚の横を通りながら雷切を抜き放つ。やる気満々過ぎるだろうに。
「お前たちには我の素性について大体目星がついてるんだろうが稀人としての我らにも意見の対立があってね。特に我のパーティのヴァルハラは今回のやり方には反対で手伝うのに躊躇いがあるパーティメンバーが多くてこのザマさ。かと言って無理強いなど出来ないだろう?
魔物や魔王相手ならともかく同じ人間が相手ではね……我は常々口を酸っぱくして言っているんだが、同じ人間の方が恐ろしいと」
そりゃ稀人の立場からいきなり反乱の嫌疑を掛けられて市警にされたらたまらないだろう。
阿戸星はワームポットからランスと盾を取り出した。本来は馬上用の武器である筈なのに。それだけで嫌な予感しかしない。
「彼方、1人で大丈夫なのか?」
「大丈夫。遅れは取らない。それにあいつ、別に倒しちゃって構わないんだよね?」
その言葉に阿戸星の口元が微かに歪む。不快で笑っているのではなく心底楽しそうにしている印象を受けた。
「生け捕りとか無理だろうしな。取り敢えず、死なないようにしてくれたらそれで」
「分かった。金星狙っていく」
彼方は全然話を聞いていないのかと言いたくなる返事を返す。
「なかなか面白い冗談だな。ではこちらは出来るだけ殺さないように戦おう」
煽ってるのか煽ってないのか阿戸星はシニカルな笑みを浮かべたまま戦闘態勢に入る。前傾姿勢でランスを正面に。それだけで突撃型の戦闘スタイルと分かる。それで天使と言うかワルキューレみたいな鎧を着ていたのか。
「じゃあ、手加減してもらっているうちに片付けるかな」
彼方が冷たいトーンで返す。向こうは気にした様子もなくこちらの動きを待っている。
「じゃあ、任せるよ」
「おう。任された」
いつもの軽いノリで彼方は返すが勇者が相手では無傷では済まないだろう。
「なるべく怪我するなよ」
十塚は阿戸星の隙を窺って先へ進もうとするが隙らしい隙など見当たらない。
彼方が一瞬で距離を詰めて斬りかかる。阿戸星はそれを考慮していたのか、持っていた盾で雷切の一撃を軽々と防ぐ。
徒人は戦闘開始と共に走り出した十塚を追って広間を駆ける。後ろからは何だかんだ言いながら遅れずに盾石がついてくる。
後ろを確認すると彼方も阿戸星も動こうとしない。
「別に押さえ込みに来なくても貴方の仲間を襲ったりしないよ。剣峰の足を砕いた実力を見せてもらいたいから戦うのに」
阿戸星が牽制程度にランスを突く。それを速さで勝る一撃で切って弾く。
「お世辞は要らないよ。倒したのは結局は神蛇さんなんだから」
「だがあいつの足を砕かなければ倒せなかったのも事実だろう? 違うか」
盾で雷切を押し返し、間を開けた瞬間に阿戸星が蹴りを放つ。彼方はそれをかわして距離を詰めようとする。だがその一瞬のやり取りで阿戸星は距離を取っていた。
「そんなに重そうな格好でよく動ける」
距離を開ける事が不利だと悟った彼方が忌々しそうに舌打ちする。
「貴方だって軽鎧を着てるじゃないか。これも大して変わらぬ。ただ、我の戦闘スタイルを補助するにはこの鎧は打ってつけなんでね。さあ、堪能していただこう。上級職である職業エインヘルヤルの力を」
徒人はその言葉を最後にこの大広間を出て階段へと駆け上がった。
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徒人たちと別れたアニエスと和樹は衛兵たちに案内されて聴聞会が行われる部屋へと廊下を移動していた。このラティウム帝國で一番尊い建物と言われるだけあって床も壁も磨き上げられ、それは床が鏡のように写り込むほどだった。
周りを監視役の衛兵たちが取り囲んでいるがいつでも倒すくらいの事は程度の実力しかないただの一般人にしか過ぎない。
隣を歩く和樹はレインボーロッドを後生大事に抱えている。高いのは事実だがなくても魔法が使えるのは常識だが彼がそんな風にしているのは敵が来ると分かっているからだ。あとここに掛かっている攻撃魔法を封じてある魔法を阻害する為の干渉を誤魔化す為と言う点もあるのだろう。
「師匠、そのロッドを受付で取り上げられなくて良かったですね」
アニエスは衛兵たちに聞かれても師匠のない話を振る。当然、賄賂や脅迫で係やその上司を脅して許可を出させたのだが彼らが知る由もない。ランキングベストトップ10入りの特権くらいに思わせておくのが幸せか。今回の件が起きて彼らが生き残れたのなら。
「高いからな。なくされたら洒落にならない」
和樹も無難な言葉を返してくる。
「海鳥の群れとか言ってたけど弁護士でも着てくれるのか?」
一瞬、和樹の言った意味が理解できないのでアニエスは疑問を顔に出す。それを見て和樹は唇に力を入れる。
「……申し訳ありません。一瞬、意図が理解できませんでした。助け舟を出してくれると思います。あんまり当てにならないかもしれませんが」
この衛兵たちがスパイである可能性も考えて当てにならないと告げておく。半分本音で半分嘘だが。
大きな振動と音が響いた。間違いなく爆炎魔法に因る爆発だ。衛兵たちがビックリしたのか全身を震わせている。ここが襲撃されるのは資料ですら見た事がない。ならば、エリートコースと言える彼らの恐怖は計り知れない物になっているだろう。ご愁傷様だが同情してる気にはなれない。
「師匠、これは……」
「魔法に因る爆発だな。一応、結界を外す試みは試して成功させたがここまで派手にやらかされるとムカつくな」
和樹が苛立ち紛れに吐き捨てる。最上位魔法と言えどもこの立法府では軽減されるのにこうもやすやすと破られたら同じ魔術師としては嫉妬も覚えるか。
「爆発が近付いてきますね。聴聞会が流れたりしなければいいのですが」
「それはないかと。元老院議長の性格から考えると意地でもやるつもりではないかと……」
近くに居た衛兵の隊長と思しき男が口にする。それで犠牲になるのは下と中間管理職か。人間も世知辛い物だと同情したくはなる。
「お前たち、逃げた方がいいぞ。この連続した爆炎魔法は多分──」
和樹が最後まで言う前に前方の扉が吹っ飛んだ。
「あいつらもまどろっこしい真似を、また会ったな。丁度いい。貴様を葬ってからでも遅くはなかろう」
「名前くらい名乗れよ。炎の」
和樹は密かに魔術を使いながら言う。
「火群一歩。貴様が最後に聞く名前だ」
火群はロッド構える。どう見てもレインボーロッドよりも高級品だった。
同時に後ろのドアが吹っ飛んだ。
現れたの岳屋弥勒らしき格好の男だった。らしきと言うのは無理やり治したせいか全身縫合した傷痕と腐りかけているのか腐敗が酷い。かなり離れているのにも関わらず腐敗臭が臭ってくる。
最早、自我があるのかどうかすら怪しい。
「師匠、こっちは自分が片付けます。そっちをお願いします」
アニエスは懐から一対のくないを取り出した。




