第183話 死刑率99%の壁
その足でノクス邸へと向かった徒人たちをノクスが宮殿で迎えてくれた。家に戻った召使いと丁度鉢合わせて彼にここまで案内されてやってきた。
私生活を過ごしていたと思われる広い部屋へと通された。確かに華やかな部屋であったが少女の物とは思われる物とは程遠かった。本棚が並びその全部が魔術書なんじゃないかと和樹が指摘する。
昼過ぎの日光が差し込む中、この部屋の主だった少女が現れた。魔術師然とした姿ではなく皇帝の妹としての豪奢なドレスを着ていた。魔術師として戦う姿を見てしまったら似合わないのにも程がある気がしなくもない。
「ご足労して頂いて助かりました。家は監視されているのでこっちで話がしたかったので。それより時間がありません」
いつもと違ってノクスの言葉使い方が違う。傲慢さは潜め、焦っているように見える。
「明日の夕方なんだろう? 時間が充分にある訳じゃないが急かしてヘマやらかしたらかえってマズイんじゃないか?」
ノクスの只ならぬ態度に和樹が疑問を口にした。
「皇帝が、このノクスの兄が失脚して以来、元老院の聴聞会が正しく行われた事がありません。その意味が伝わってますか?」
言葉の全てが重い。真剣そのものとしか表現できない強い光がノクスの瞳に宿っている。
「つまり、邪魔者を排除する為の弾劾裁判なのか。なら無罪の証拠なんか持って行っても処刑されちまうじゃないか」
徒人の言葉にその場に居たノクス以外の全員が唇を噛む。
「はい。このノクスもそう思います。だから今からやるべき事は無罪の証拠集めではありません。元老院議長を失脚させる材料です。それを使って彼を聴聞会を受ける側に回らせなければなりません」
その言葉に頭を抱えたくなる。このラティウム帝國の最高権力者に等しい者をあと24時間以内に失脚させるしかないと言うのは無茶に等しい。
「おい。冗談だろう? 俺たちは権力闘争なんぞした事ないぞ。……カチコミでも行った方がマシだな」
「最悪はそういう選択肢になりますね」
頭を抑えている和樹の言葉にノクスが努めて冷静に答えた。若干、何か勝機があるような気もしなくもない。
「カチコミか。……小生がヤンキーやってた頃以来だ。恥ずかしい」
十塚の何気ない言葉に全員が彼女を見た。褐色の肌にセーラー服にチェーンとか持たせたら確かに映えそうだ。
「話の腰を折ってすまん。話を戻してくれ」
アニエスとノクス、それに彼方が何の事が分からず眉を顰めていた。彼方の生きてた頃ならヤンキーが絶滅してても不思議ではないか。
「取り敢えず、調べていた材料の範囲で元老院議長の失脚に使えそうな不正は市民墓地の管理権限を利用して賄賂を渡した物だけを良い所に埋葬していた件くらいですかね。弱すぎて使えませんね」
アニエスが懐からメモ帳らしき物を取り出して元老院議長に関しての話を読み上げる。ノクスが隣に移動して覗き込むように見ていたがアニエスに阻止されて微妙な顔をしていた。
「この国では魔法を使わない火葬では遺体を完全に焼却できないから基本が土葬で、財力がある奴らは火葬を嫌がるから墓所を抑えてる奴が金を集め易い傾向にあるんだったか」
和樹がアニエスを見た。
「はい。前に話しました件ですね」
徒人はそれを聞いて蘇ったカルナの件を思い出す。
「材料がないなら適当にでっち上げたら? ここでは同性愛はスキャンダルにならないけど……探せばなんかあるでしょう。小火が山火事になりそうなネタがさ」
彼方が近くにあった椅子に座り込んで言った。
「力技で今から乗り込もうとか言い出すのかと思った」
「臨時リーダーの冬堂さん、当方はそんな事を言わないよ。出来ればラティウム帝國を今の段階で敵に回す訳にはいかないじゃない。反乱やるなら稀人全員でやらなきゃ。剣奴の反乱だって一部だけでやった訳じゃないし、まあ、最初は一部の剣奴から始まったけどさ」
彼方が冷静な意見を述べる。
「それにノクスさんはここで当方たちと駄弁ってて……話してていいの? 当方たちと一緒に居る所を見られたらお終いじゃないのかな?」
その意見に全員がノクスを見る。彼女は平然としていた。
「それは問題ありません。兄が失脚した時に覚悟はしておりました。このノクスはまだ幼かったので殺されずに見逃されただけです。兄の自決を知った時、復讐を誓い、魔術師としての能力もその時から鍛え始めてここまで来たのですから。今のラティウム帝國と戦うのならご一緒致しましょう。それに言ってしまえば、どうせ、貴方たちと離れて行動しても最終的に難癖を付けられるだけですのよ」
ノクスの言葉に嘘があるとは思えなかった。誰かに賭ける事は誰かを敵に回す事に等しいか。徒人は誰かの言葉を思い出した。
「全員、やる気満々なのは分かったが手はどうする? このまんま、聴聞会に殴り込んで元老院議長をシメるじゃ話にならないぞ。プランBとプランCとかないのか? 彼方のアイデア通りに議長を嵌めるのか?」
和樹が頭を捻っている。別に頭が悪い訳じゃないだろうが権力闘争には向いてなさそうだった。自分が言うのもなんだが──
「嵌めるにしても並の案では駄目だな。ノクスさん、この国における一番の恐怖の対象は北の魔王だよな?」
「はい。その認識で間違いありませんが……神蛇徒人さん、貴方は何を考えていらっしゃるのですか?」
ノクスが肯定して答える。徒人の質問にアニエスと十塚も頷いて肯定していた。この国の事情を知ってる筈の盾石は無反応だ。
「なら元老院議長が北の魔王と手を結んでいたと言うのはどうだ? だから墓所を抑えて、遺体を北の魔王に提供していた。今、このサラキアを脅かしている死者の復活騒ぎは元老院議長が引き渡した死体のせいだとか、こういうカバーストーリーはどう?」
やけくそ気味に徒人は提案してみた。ノクスは美少女がしているとは思えない近寄りがたい雰囲気で何とも言えない感じの仏頂面をしている。肯定なのか、否定なのか、どっちなのか判断がつかない。
「動機はなんですか?」
「不老不死とかどう? 権力者なら誰もが求める不老不死だろう」
「不老不死ですか……」
ノクスは難しい表情をしていた。ラティウム帝國の人間にとって不老不死は余り価値のない物なのだろうか。
「禿。禿を治す為にとかどうだ?」
今まで沈黙を保っていた盾石が口を挟んだ。その一言に彼方が笑いを堪えている。和樹と十塚は反応に困って無表情になった。
「盾石さん、今までの非礼をお詫びします。その線を忘れてました」
「それなら納得できる信ぴょう性かも」
アニエスとノクスの反応に徒人は目を丸くした。流石に髪の毛の為に魔王と手を組むってなんだよと思わなくもない。正直、理解ができない。
「地位も権力も持つ者ですらも薄毛は克服できませんからね。勿論、大魔導師も大神官の魔法ですらも何故か禿は駄目なんです」
アニエスがお前らどうしてそんな反応なんだと言い出しかねない勢いで力説する。そう言えば、トワが回復魔法は禿には効かないとか言ってたのを思い出した。
「価値が違うのかしら? そこのメイドのアニエスが言っている通り、禿は地位を持った男性には辛い事なのよ。だから月桂樹の冠とかで頭部を誤魔化したりする権力者は少なくないのがこのラティウム帝國の流儀と言えるかしら」
少しは心の余裕が出来たのか、ノクスがいつもの口調で話す。ちょっと偉そうだが先程まで焦っていたのでそのギャップで可愛く見えなくもない。ただし、それは年の離れた妹が背伸びしているのを見る兄のような心境だが。
「動機はそれでいいが北の魔王とどう繋げるんだ? カルナの件か? それならカルナが元老院議長の管理する墓地に葬られた記録が必要だぞ」
和樹の質問に徒人は頷いた。
「人の傷を開きたくはないが親代わりの司祭さんに聞こう」
「ご主人様、それなら自分のツテが調べておきました。カルナさんが埋葬されたのは元老院議長が管理している墓所です。親代わりの彼が大枚叩いたと聞きました」
アニエスがそれを止めるように話を切り出した。その結果が死者として蘇ったのであれば遣る瀬ない話だ。
「ならやらなきゃいけないのは証拠を捏造するのとカルナが聴聞会の会場に着てくれる事だが……」
カルナが都合よく来てくれる訳がない。それが最悪の懸念事項だ。
「ならば死者の身戻りと言うアイテムを使えば死霊を引き寄せられますがそれを元老院で使いましょう。上手く行けば呼び出せます。それに今日は皆既日食の日ですから日中でも100%呼び出す事は可能でしょう」
「なら予定を詰めつつ、作戦を決行の準備をしないと」
十塚が言い出す。
「最悪の事態の為に海鳥の群れを呼んでおきますか」
アニエスがそう呟いた。




