第182話 召喚状
トワと最初に会った広間で別れてから徒人たちは災禍の祭壇を出た。外に待ち受けていたのは以前に元老院議長の要望書を持ってきた連中だった。周りには衛兵と思しき兵士たちがこちらを取り囲んでいる。
トワとの関係を悟られたのか。ならラティウム帝國とはこれまでか。徒人は魔剣を抜く準備に左手で柄を握る。
その次の瞬間、アニエスが脇をすり抜けて先頭に出た。
「随分と派手な出迎えですね? 今度は一体何用でしょうか? 主に代わり質問する無礼をお許し下さい」
アニエスがこの状況に対して皮肉を込めた笑みを返す。その様は慇懃無礼としか形容しようがなく元老院議長の三馬鹿どもの額の端に筋がピクピクしている。
「貴様に用はない。我々が用があるのはこのパーティのリーダーである白咲祝詞に対してだ。貴公に召喚状が出された。内容は──」
三馬鹿のリーダーらしき男が書簡を広げて読み始める。
「魔王軍との教唆の疑いで元老院へ出頭せよ。これを拒否する場合は武力行使を行ってでも身柄を拘束する」
前に居た彼方も雷切を抜く用意を始める。それに衛兵たちが嫌な顔をする。勝ち目がない戦いの上に無駄に命を散らすのは彼らも嫌だろう。
「つまり、反乱罪と言う事か。でその元老院議長様は容疑を掛けるんだから私がどこの魔王軍といつ共謀したかとかはっきりさせてくれるんでしょうね」
祝詞は彼方や十塚に盾石を抜いて先頭に立って全員を押し留めるように右手を横に出す。ここで三馬鹿や衛兵を斬っても何にもならないのは確かだ。今回の件を仕組んだ人間を倒さないと余計な容疑が増えるだけだ。
それにどこまでバレたのか把握しておかないとこれからの動きようがない。ただの因縁をつけられただけかもしれないし、誰かに嵌められた可能性もある。
「これから読み上げる。罪状は西の魔王軍と共謀し、我らがラティウム帝國を陥れたと言う大罪だ。日付は……貴様らに言っても覚えてないからこういう言おう。盾の勇者である神前早希が死んだ日だ」
どうやら適当にでっち上げた容疑らしい。そんな時に祝詞が西の魔王軍と共謀できる訳がない。それと徒人と南の魔王軍との関係やアニエスの正体にも気付かれては居ない。もっともこれがそれらを暴く為の芝居かもしれない。
「随分と強引な話だな。部外者であるこの私が聞いてもビックリするよ」
盾石が非難しながらもサラリと部外者アピールをしていた。こいつ、本当に嫌な奴だな。
「我もそう思うよ。余りに不躾ではないかとね」
男性と見間違えるような容姿を持つボーイッシュな少女が衛兵たちの海を割って現れた。エメラルドを思わせる緑髪にルビーのような赤い瞳。整っていると言える目鼻立ちだが喋らなければ男と見間違えそうな戦士だった。天使を表すような鎧を着ている。
「勇者?」
彼方が小さな声で呟く。どうしてそう感じ取ったのか分からないがヤバそうな雰囲気はある。例の件があるとは言え、交戦する事になったら勇者を倒さずに済ませると言う訳にもいかないだろう。
「我の名前は阿戸星昴。貴方たちが抵抗した時に鎮圧する為に派遣された。他の連中が、稀人がヴァルハラと呼ぶパーティメンバーの1人だ。ランキングに乗っていたのだから知ってはいるだろう?」
阿戸星と名乗った少女はシニカルな笑みを浮かべる。そう言えばそんな中二病っぽい名前が載っていたなと徒人は隙を伺いつつ、前にいる仲間が邪魔にならない位置へと移動しようとする。
「無駄に動かないで欲しいな。白咲祝詞のパーティの神蛇徒人。我の仕事を増やさないでくれ。それにもう1人連れてきてるんだ」
その言葉に奥から男が現れた。物静かな優男。茶髪に紫の瞳。騎士と呼ぶに相応しい容姿の男だ。だが実力は阿戸星と互角くらいの実力者だろう。
「某の名は六連将也。パーティ戦武の副リーダーを務める以後見知りおきを」
その容姿から感じ取れない闘気を秘めていた。どちらから1人なら勝てない相手ではない。だが二人同時となるとかなり苦しいかもしれない。出来れば分断してこっちは複数で挑みたい所ではある。
それに帝國と事を構えるのは二進も三進もいかなくなった時だ。
「応じてもらえないと実力行使と言う事になるけど我としては戦いたくない相手だよ。神蛇徒人に刀谷彼方。噂によると死神勇者を倒したそうじゃないか? 手合わせをするのは極力避けたい」
六連は嫌味のない笑顔を浮かべる。取り立てて黒い所は感じ取れないが戦わずに済ませる事を考えているように見えた。搦め手か。こいつが黄道十二宮の勇者の所属なら終がやられた以上、他のメンツを直接ぶつけるよりは戦わせてる戦力のダウンを避けれると言う事か。黄道十二宮の勇者の方針なのか、それとも阿戸星と言う少女の入れ知恵なのかこっちのおっさんの提案なのか──
「貴女はどうなされるつもりで?」
阿戸星が苦笑している。その様子はまるで他人事のような感じだった。それを見て祝詞はため息を吐く。
「今はおとなしくついていくしかないみたいね」
祝詞がしばし考えた後に言葉を返した。
「貴公の正常な判断と賢明なご判断に感謝する」
六連に対して祝詞は事務的な言葉を返すだけだった。
「安心して。貴方を襲うとするとするものは我が片付けてやるから安心して拘束されると良い」
阿戸星が笑えない言葉を返す。逆説的に言うとかなりピンチなのかと思ってしまう。
「みんな、報酬を受け取って。私が居ない間は手順通りに動いて頂戴。すぐに戻ってくるから大丈夫よ」
祝詞は後ろに向けて手を振っている。緊急事態用の手信号だ。すぐに助けに来いではなく「助けを呼べ」と言うサインだった。確かに権力者に睨まれているのだから相手を黙らせる材料が欲しい。とは言え、徒人に元老院議長の弱点もスキャンダルも思いつかないし、知る由もない。会った事すらないのだから。会った事もない人間に疎まれるようになるとは向こうで暮らしてた頃にはなかった事だ。有名税とは言え、面白くない。
取り敢えず、自分の障害になりそうな存在を排除しておこうくらいの事だろうが。
「いつから貴方たちは警察になった訳?」
祝詞が皮肉を込めて阿戸星と六連に言ってみせた。優位な状況にあるからかそれともこういう反応に慣れているのか、2人共反応が鈍い。
「さてね。いつからだったか覚えてないね。ただお互いに時間の無駄はやめようじゃないか。君が来るのは無実を証明する為だろう? ならそれでいいだろう」
六連が自虐と思しき笑みを浮かべている。こりゃ何も手を打たないと祝詞が死ぬな。
「その聴聞会だか裁判だかはいつなんだよ?」
埒があかないので徒人が問い質す。
「明日の夕刻らしい。もっとも君たちが某の言葉を信じるかはお任せするが……」
六連の言葉をイライラしていた三馬鹿のリーダーが口を挟んだ。自分が主役じゃないと気に入らないらしい。たかがお使いの分際で態度のでかいやつだと思わなくもない。
「おい! そこまででいいだろう? その女の身柄を寄越せ」
「残念ながらお前たちには任せられない。彼女は我らヴァルハラが預かる。聴聞会前に傷でも付けられたそれこそ稀人たちが黙っていないと思うがな」
阿戸星の言葉に三馬鹿のリーダーが悔しそうにしていた。そしてその場から逃げるように踵を返してこの場を去っていく。衛兵たちはどうすべきなのか片付を飲んで見守っている。
「行くぞ」
阿戸星とその取り巻きに囲まれて祝詞が歩きだす。
「取り敢えず、弁護士を頼むよ」
我らがパーティの長はまるで他人事みたいに言ってのけた。
「まるでリーダーがヒロインみたいだな」
彼方は苦笑していたがすぐに笑いを消した。
「頼れそうな権力者と言えばノクス様に会いに行ってみますか」
アニエスの言葉に臨時リーダーである和樹が頷いた。




