第181話 稀人召喚にまつわる事実
徒人が十塚の言葉に疑問に思っていると前に居た十塚が後ろに居た祝詞を呼び寄せ、彼方を加えた3人であーだこーだと話している。発音的に聞いた事がある言葉らしい。
「多分、コミデによると東北地方の方言か沖縄とかの言葉だと思う」
「じゃあ、これで言えるかな」
祝詞はメモにボールペンで何かを書いてアハトに見せる。相手が反応するまで祝詞はメモに何かを書いては東の魔王に書いて見せた。それを暫く繰り返すと変化が起きた。
「はじめまして。遠き落日より来たりし人間たちよ。これは失礼な言い方だったか。非礼を……いやそもそも通じているかね?」
意外にも東の魔王と呼ばれた機械たちの主は丁寧で紳士的に喋った。もっと荒々しいキャラだと思ったぞ。
「ええ。えーとアハトさんと呼んで宜しいのですか?」
「構わないがまず人に名乗るのが礼儀ではないのか、人間よ?」
「これは申し訳ありません。こちらの非礼をお詫び致します。私がリーダーの白咲祝詞。こっちに居るおかっぱのが刀谷彼方。浅黒いのが十塚里見。後ろにいる眼鏡のが冬堂和樹。後ろの青っぽい黒髪の剣士が神蛇徒人」
祝詞の説明にそれぞれが頭を下げたり手を挙げたり、一礼したりする。徒人は名前を呼ばれて「初めまして」と一言告げてアハトに対して頭を下げた。
「こっちのメイド服の人がアニエスでこのフルフェイスが雇われパラディンの盾石」
アニエスは深々と頭を下げて最上級の礼儀を示す。盾石は紹介されてVサインを作った。相変わらず、盾石に関しては身も蓋もない紹介としか言い様がない。そして次は徒人の隣に居たトワの紹介を祝詞がしようした瞬間に相手が介入してきた。
「その娘の紹介はしなくていい。よく存じているのでね。しかし、トワ・ノールオセアンよ、余りにお粗末とは思わないのか? 本来はそなたが余の言葉を介さねばならない立場ではないのか?」
アハトの思わぬ叱責にトワは目を丸くしている。どうやらこの展開は想定してなかったようだ。
「徒人、わたし、667歳になったのに怒られてる」
「怒っているのではない。叱っているのだ。余の言葉が時代の流れに取り残されて現代の公用語についていけなかったのは素直に詫びよう。だがそれは本来、君がどうにかしなければいけない事ではないか? それを他人任せにする結果になってしまったのだ。これを失態と呼ばないでなんと称するのだ?」
確かに怒っているとは程遠いトーンの声で言い切られてしまった。
トワはおやつのつまみ食いを見つかった子供のように慌てて汗をかいている。叱られる魔王なんて見た事ないぞ。
「も、申し訳ありません」
「これ以上、咎めても仕方なかろう。こんな事態は何度もなかろうが次は活かせよ」
本当に呆れてるのか、アハトはそれ以上は言わなかった。トワは重苦しい空気で落ち込んでいる。そして困ってアニエスの方を見た。それがかえって良くなかった。
「どうせ、そんな事だろうと思って彼方さんたちに頼んでおいたんです。予防策を打っておいて良かった」
アニエスは忌憚なく真実を言ってしまった。
トワの周りの空気が更に重くなった気がする。徒人がちょっと距離を取ろうとした瞬間、彼女に服の裾を掴まれた。逃げられない。これ、3日凹みコースとかじゃないよな。
「予防策って言ってもコミデで翻訳言語ソフト使って対応しただけ。あとはリーダーと十塚さんが訳しただけだし」
彼方がコミデを左手に持ちながら呟いた。空気を変えなければと察してくれたのか話題を振ってくれた。
「コミデがなきゃ分からなかったけどね。本当にオーバーテクノロジー」
「助かった。助かった。少なくとも東の魔王軍は、いやここの昔の公用語は方言だったと言う事かな。……よくある事だけどね」
十塚と祝詞も話に乗ってくれた。
アニエスはトワの方に視線を移した瞬間にヤベェ。やっちまった。みたいな表情をしていた。そう思うなら止めてくれ。
「徒人、徒人」
トワは涙目で弱々しい声を上げていた。取り敢えず、よしよしと頭を撫ぜてみる。
「トワは悪くないよ。悪くない」
我ながら白々しい言葉だと思ってしまった。
「ありがとう。徒人、でも髪が乱れる。そして、あんまり気持ちがこもってないのが悲しい」
逆効果だった。顔を上げて会話してるだけでもマシかもしれないが。
「そっちで盛り上がっている所を申し訳ないがそろそろこっちの話に移って構わないか?
そして、トワ・ノールオセアン。恋人を困らせるのは程々にしておきなさい。どうせ、切り札を持っていたが使いたくなかったのだろう? 寿命を削るような方法で何でも解決しようとするのは君の悪癖だ。個人的に泣くよりは彼に謝っておくべきだと思うがね」
なかなか進まない話にアハトが口を挟んできた。待たせておく訳にもいかないか。
「徒人、ごめんなさい。あとついでにアニエスもごめんなさい」
「い、いえ。自分は気にしてませんから。それより続きをお話下さい。アハト様」
アニエスは額に筋をピクピクさせながらも表向きは冷静にしていた。
「長々しい口上もあれだが余も名乗っておこう。余はアハトと呼ばれている。正式名称はまた別にあるが君たち人間に覚えさせる必要もあるまい。無駄に長ったらしいのでな」
アハトが一度立ち上がって名乗る。少し動いただけでもその振動が床を揺らし、場の空気を震わせる。そして玉座に着席した瞬間に起きた振動もこの場にあった物を全て震わせた。もちろん、徒人たちも含めて。今までの相手とは桁が違うのだけは分かった。
「実は私たちはそこのトワさんに教わってここプラント・オリジンへとやってきました。目的は──」
「わざわざ言わぬでもよい。君たち、稀人いや遠き落日、落日の彼方などと呼ばれている時代からやってきた者が考える事など1つしかない。元の時代への帰還。それで間違いないかね?」
祝詞が説明するのをアハトが遮った。微妙に嫌な予感がする。何度もこの問いを繰り返されたと言う事実に他ならない。
「はい。間違いありません。方法はありますか?」
「余の前任者が人間と似たような会話を交わした記録が残ってはいる。だが君たちにとって望む答えとは限らないが……それでも聞きたいかね?」
アハトの言葉に祝詞がこの時代以外から来た人間の顔を一人一人見て確かめる。全員、頷いていく。聞かなければ話にならないので徒人も頷いた。アハトは殆ど答えを言っているような物だが──
「お願いします。聞かなければ先に進めません」
祝詞が覚悟の宣伝をする。
「結論から言おう。戻れる事は戻れる。だが先史時代へと無事戻れるかと言われると推測の域を出ないが恐らく不可能だと思われる。人間の体や精神では時空転移に耐えられない可能性が極めて高い」
「何か保護する何なり手段はないのか?」
黙っていた和樹が口を挟む。
「余がアクセス出来る情報の範囲では無事に帰還したと思われる例がない」
「それならアクセス出来ない範囲に情報が残っている可能性はあるとみていいの?」
今度は十塚が問う。その表情は希望と絶望が入り混じってるようにも見える。
「それは人間のよくいう希望的観測と言う物だな。確かに断絶され、アクセス出来ない情報がある事にある。だが都合よくそこに君たち稀人を都合よく送り返す術が残っているとは思わない方がいい」
「話に割って入って悪いがその事実を黄道十二宮の勇者に流したり、話したりしたか?」
徒人はアハトの目らしき部分を見つめる。そんな事をしても相手が嘘を吐いているかどうか分からないのに。
「少なくとも余は彼らと話した事もないし、彼らがこのプラント・オリジンまで辿り着いた事実はない」
だとしたら黄道十二宮の勇者の帰る手段云々はブラフと言う事になる。それでどうやって士気を保っていたのか、別に情報を手に入れられるソースがあったのか、或いはアハトが嘘を吐いているか真実を知らないのか──
「貴方以外にこの情報に詳しい人間、魔族及び機械は存在しますか? そこから知った可能性はありますか?」
黙っていたトワが口を開いた。徒人の目にはアハトが驚いたように見える。
「ないとは言えない。だが可能性は限りなく低い。先程も述べたが都合よく時空転移する術がそこに書いてあるとは限らない。
本来、稀人召喚とは失われた技術をこの世界に呼び戻し活用する為の術だったのだ。それをラティウム帝國が勇者を召喚する術として利用し始めて現状へと至る。
勿論、先史時代の滅亡から人々を救うと言う善意と建前の部分もあるがね。他に聞きたい事がなければ帰り給え。余の方で引き続き調べてはみるが過度な期待は持たない方がいい」
アハトはそう言って押し黙ってしまった。
その場に居た全員がショックを受けていたのか暫くその場から動けなかった。




