第178話 知らない一面
徒人たちは転移陣を幾つか経由して災禍の祭壇へと移動した。勿論、今回は徒人を含めた7人しか居ない。相変わらず、元の時代ですら滅多にお目に掛かれないハイテクが内蔵された研究所みたいな壁に天井。そして床が出迎える。
よく考えればこれらにセンサーが仕込まれていたのならば誰かが入ってきてもすぐに分かりそうなものだが──
「忍手とか使えるものは全部使ったから大丈夫。行こうと言ってもすぐ近くにずっと動かないで待ってる人が居るみたいだけど」
先頭を歩く十塚が指摘する。徒人にはよく分からないがトワがここを通ったのは分かった。理由は彼女が使っている香水の匂いだ。
「クンカクンカ。女の匂いがする! 割りと気立てが良さそうな」
フルフェイスの兜を被っていながらそんな事を言える盾石に呆れ返る。隣りにいる十塚が物凄く嫌そうな顔をしていた。
「神蛇さんも嗅ぎ取ってそうな顔してるね」
3番目を歩く彼方が後ろを振り向く。
「変態みたいに言わないでくれるか? 別に常人なら嗅ぎ取れるレベルだろう」
「私には嗅ぎ取れない。嗅覚悪いけどね」
「俺も分からん」
前から祝詞と和樹のツッコミが入る。アニエスには返答を求めてもトワ関連で助け舟を出してくれるとは思わなかったので黙って歩く。
「自分には分かりますけど人間で分かるのは嗅覚が優れているか嗅ぎ慣れているかと言う点のどちらかだと思います。意見など求められて居ませんでしたね。申し訳ありません」
「今日は妙に棘があるな」
和樹が眉を顰める。アニエスに関してはやっぱり鋭い。宥めるのは彼に任せよう。トワと違ってアニエスには冗談が通じないので怖い。
「いえ、岳屋の事を考えてました。また戦うような事がなければいいのですが……」
「むしろ、当方には戦いたいように聞こえるけど」
彼方の指摘が当たっていたのか、アニエスが沈黙する。ちょっとは空気読めよと思ったが彼方も彼方で岳屋には恨みが晴れてないのか逃げられたと思って面白くないのか。そこを考慮するなら当然の苛立ちなのか。
「十塚、その気配はどこだ?」
「ここから真っすぐ行って曲がった角の最初にある広場だよ。団体様が待ち受けてるとかない事を祈るよ」
十塚が嫌な指摘した。自分がちょっと浮かれてたような気もする。罠と考えるのが自然か。生きてるとは思えないカルナの襲撃といい、この前、ここに派遣された事といい、良くない事が続いてるのは確かだ。用心するに越した事はない。
結局、そこまでは一本道なので行くしかないが。
「アニエス、そう言えば、サラキアの墓地と言うかカルナが正しく埋葬されたか調べたんだよな?」
「はい。ご主人様。カルナさんらしき人物から襲われて以来、探りを入れてみました。親代わりだった方にも聞いたのですが荼毘に付すのを躊躇ってゾンビ化と言うかアンデッド化しない措置を施した上で土葬したそうです。市民墓地の方は……それが元老院議長の利権が絡んでるので調べるのに時間が掛かってますのでもう少しお待ちを」
徒人はウェスタの巫女神殿に居た中年男性の顔を思い出した。カルナが安らかに眠っていると思っているのだろうから余計な事には巻き込みたくない。幽霊ならまだしもアンデッドの可能性が極めて高い以上、遭わせる前に片付けたい。
「ここでも元老院議長か。でも物は考えようかも。いっそう全部の責任をそいつに擦り付けちゃおう」
「でもそれをやるとユリウスの天下になるよ。元老院のアホ議員たちよりはマシかもしれないけど」
彼方の声に十塚が嫌そうに言った。どうやら彼女はユリウスが嫌いらしい。歩いていると先頭の2人が角に差し掛かった。
「む。女性発見! お嬢さん、ここで何をしてらっしゃるのでしょうか?」
盾石は全員鎧を着込んでいるにも関わらず兎の如くいや獲物を見つけた肉食獣の如く走っていた。勿論、止める間もなく。
「あいつ、アホか」
十塚が焦る所を見るとやっぱり1人が見つかると忍手の効果も薄くなるようだ。
「追うよ。止めないと」
彼方が急いで追いかける。徒人も隊列から離れて角を曲がって後を追う。この世界に珍しい電気による照明で照らされた広場には1人の女性が佇んでいたが自身に向かってくる盾石の姿を見てビックリしてるというか怪訝なオーラを漂わせていた。誰か確かめなくても見た目は間違いなくトワだ。
「お嬢さん、ここは危ない。私たちとご一緒しませんか!」
顔見せてたらそれなりに通じなくもないがフルフェイスで全身鎧の男が言うと凄く怪しい。
それにここから見てても徒人にはトワが怒っているのは何となく分かった。止めなければ──トワの方を。何故なら右手に持った白い錫杖を力強く握り締めている。
「おい、盾石! 止せ!」
「問題ない! レディーの扱いには慣れている!」
聞いていて不安な言葉しか返ってこない。
「いや、ないでしょう」
前を走る彼方がツッコミを入れながら走る。地味に追いつかせない盾石は凄い奴なのが分かるが今はそれが命取りになりかねない。この間、こいつの雇い主が全滅したのはこいつのせいじゃないだろうな?
「お嬢さん、お待たせしました」
止せばいいのに盾石はトワの左手を取る。そして悲劇は起こった。広場に鈍い音が響き渡る。勿論、盾石の兜に白い錫杖が直撃していた。
「ぎゃあ! 頭が! 頭が割れた!」
手を離して盾石が床を転げ回っている。間に合わなかったか。徒人は思わず足を止めてしまった。
「頭蓋骨は幼少の頃に割れてるそうですから大丈夫ですよ」
トワの鴇色の瞳が冷ややかな視線を浴びせていた。その蔑んだ視線を見るのは徒人にとっては初めてだった。これで見つめてくれと言う奴の気が知れない。
「ご主人様、あれがガードが堅い時のトワ様です」
すぐ後ろに追いついていたアニエスがボソッと呟く。それが聞こえたのかどうか分からないがトワがアニエスの方を睨んでいるように見えた。
「死ぬ! 死んでしまう! 私のヒールでは無理だ。早く治してくれ」
仕方ないので痛みくらいは取り除こうと徒人が近寄るとした瞬間にトワが走ってくる。
「徒人ぉ!」
最後に会ってから数時間も経ってないのにも関わらず、トワが飛びかかるように抱きついてきた。さっき、目の前で雇われパラディンの頭をかち割ったのにちょっと許そうって思ってしまう自分が情けない。元々、怒る気もないがこれはどうかと思ってしまう。
「怖くて殴ってしまいました。ごめんなさい」
「分からなくもないけど……いや、殴らないであげて。それで殴られたら死ぬから」
一瞬、納得しかけて一応は指摘しておく。どうせ、聞かないだろうけど。でも聞いたら聞いたで徒人自身が嫉妬しないとも思えない。だからこれでいいのだろうか。
「謝るのならば私に謝れよ。かち割られたのは私だ。と言うか治せ。あんた、回復系だろう」
さすがに兜の上からだったがパラディンと言えども堪えたのか、盾石は怒っていた。これで少しは自嘲してくれたらいいのだが──
むくれてるだけでトワは反応しない。しかも徒人の背中に回した手をギュッと締めて嫌と言う意思表示をした。
他のメンバーが追いついてきた。祝詞が転がる盾石の近くで床に膝を着く。
「私が治すから騒がないで。機械歩哨とか機械歩兵が来られたら厄介だから。至高なる光の下僕たる白咲祝詞が命じる。天が与えし定めですらも理の外に置く。この場で傷付き倒れたこの者に安息たる日の祝福を与え、全ての傷を癒やし給え! 《エクストラ・ヒール!》」
いきなり大技を使った祝詞にビックリさせられた。そんなに酷かったのだろうか。転げ回っていた盾石が止まって呻き声が止んだ。
「そんなにヤバイ傷だったのか?」
「多分。私にはそうとしか思えなかった」
祝詞の判断の方が正しい気がする。
「トワ。謝っておこうな」
その一言にトワが油の切れたロボットのようなぎこちない動きをし始める。
「だって、667歳にもなってお嬢さんとか言われたら腹立つよ」
「じゃあ、俺が可愛いとか言ったら失礼なの?」
「しょれは、それは違う。……ごめんなさい」
観念したトワは徒人の後ろに回り込む。そして床に転がっていた盾石に対して顔だけ出して謝った。子供かよと思わなくもない。でも何だかんだでトワを許そうとしてる自分が情けなくなる。
「……人妻に手を出した私の落ち度だから今回は許そう。そういう事は予め言っておいてもらいたいな」
起き上がったが盾石が憤慨している。当然だが絶対に許してない。頭をかち割られたら誰だって怒るわな。
「そうだ。ありがとう。リーダー助かったよ」
盾石は懲りないのか、祝詞の手を取っていた。
「どう致しましてと言いたいけど軽率な行動は謹んで欲しいわね。次があるなら」
盾石の手をぞんざいに払って祝詞は辺りを見渡した。薄暗い照明の向こうから赤色の光が幾つも光っていた。当然、ここを守っている機械たちだった。
「徒人。囲まれてます」
トワが叫んだ。




