第177話 再び機械の王国へ
結局、何か腑に落ちない物を感じながら徒人は出かける準備をしていたら祝詞が全員を食堂に来るようにと呼び出した。
部屋から出て食堂に向かうと前に元老院議員の使いで魔骨宮殿の棺の間への確認を依頼を持ってきた男だ。と言う事は南の魔王軍の、トワ絡みの話なんだろう。
全員が席についたと同時に男が依頼について話し始めた。
「依頼なのですが」
男の話を簡単に掻い摘むと災禍の祭壇へ赴いて調査して欲しいと言う話だった。そして報酬の支払いはその議員が持つらしい。弱みは握られたくないな。もっとも飴と鞭で操っている可能性はあるが。
祝詞はその依頼を受け入れた。南の魔王軍絡みなのは分かっていたからだろう。
徒人と祝詞と盾石以外が食堂から出て行った。
「相変わらず難しい顔してる」
近寄ってきた祝詞が指摘する。そりゃ盾石は死神勇者が剣峰終である事を知らなかったのにバラすのはどうかと思うくらいは言わなければならない。
「そりゃな。俺が倒したのに責められてるみたいだ」
「徒人君、みんな、私の感情に付き合ってくれただけだから気にしなくていい。第一、みんなは貴方を責めてなんか居ない。一歩間違えればパーティの誰かが死んで復活しなかった可能性はある。何せ、殺し尽くすのが彼女の能力だったし、制圧できなかった時点で貴方か彼方の手を汚す事になるのは目に見えてた。それは私の落ち度だよ。心から謝罪を。勿論、謝ってもどうにもならないだろうけど」
祝詞が深々と頭を下げた。そんな事をされるとこっちが驚く。盾石はこっちを見ているだけで何も言わない。
「やり辛いぞ。敵を倒すのが前衛の役目だ。手を汚すと覚悟があったとは言わないがこれでも一応は割り切ってるつもりだ。でも思い出すと堪えるから止めてくれ。やはり多少は心苦しさを覚える」
徒人は素直に心中を語った。トワに打ち明けても聞いてはくれても心境を理解できないのでこればっかりは仲間に話すしかない。
「ごめん。あとは剣峰終と言う人物が根から私たちを裏切っていた訳じゃないってみんな思い込みたいだけで深い所では分かってるから1人でそう思いつめないで。貴方は私たちの為に泥を被ってくれただけ」
「そんなんじゃない。俺は俺の為に死神勇者を倒しただけだ。それと彼女の為に。殺さなきゃ俺と彼女が死んでただけだ」
ありのままの事実を伝えた。大体は伝えていたが心境を話したのはこれが初めてだ。勿論、盾石に聞こえないように小声で。
「分かった。そこらへんの足りない部分は飯とかで徐々に分割して返していくとして言わなきゃいけない事がもう1つ。あいつは剣峰終が死神勇者だと知ってた」
祝詞の言葉に徒人は盾石を見る。こっちを見ているだけで何も言ってこない。まるで成り行きを見守っているかのように印象を受ける。
「それを早く言ってくれよ。小声で喋って馬鹿みたいじゃないか」
勿論、小声で喋った事が全くの無意味ではない。トワに関して喋るのは宜しくない。当然、盾石に聞かれるのは以ての外である。
「あいつが居なくなったのを誤魔化すのは限界があるし、いつかはバレるんだろうが……結構早いな」
「そうだね。何か後ろだけでもあるのかな。表情が読めないから困るんだよ」
祝詞が同意するように言葉を引き継ぐ。
「別に大した事はない。前から噂になっていたからな。彼女は、剣峰終の異常な強さ。仲間を失って以降の単独での行動。その彼女が再びパーティを組んで暫く経って消えた。君たちと合わなかった可能性もあるが彼女の様子を見ていた人間による複数の目撃情報ではどうやらそのような感じではなかった。
ならば考えられるのは君たちを裏切って粛清されたと見るのが正しい。君たちはランカーであるのにも関わらず、遺体を届け出ないのは彼女が黄道十二宮の勇者の勇者であったと考え、それを帝國に報告できないと見るのが妥当だろう。勿論、殺したと口裏を合わせて彼女を逃した可能性もないとは言えないがね」
盾石は黙っていた分を取り戻すかの如く喋りだした。何も考えてないかと思えば冷静に分析している。厄介な奴だ。
「勇者に関しては鼻が利くのね」
祝詞がエメラルドを連想させる冷ややかな瞳で盾石を値踏みしている。
「勿論だよ。稀人の女性を口説くには勇者の情報がまず真っ先に必要になるからね。勇者に着いていれば安泰だったからね。ちょっと前までは、あ、勿論、私の甘いマスクも武器にはなるが」
「どっちかと言うとその自惚れの強い性格のせいでピエロにしか見えないけど」
「ハッキリ言うんじゃない! 私の立場がないじゃないか!」
祝詞の返答に盾石を力説する。賢いのか馬鹿なのか本当によく分からん。
「話が脱線してしまったな。老婆心ながら忠告しておくと何でも良いから剣峰の件はでっち上げておいた方が良い。元老院議長が君たちを尋問したがっていると言う話もあるからな。先手を打っておくか、対処法を考えておく事をお勧めする。帝國の権力者に良いようにされて死んでいった稀人もいるからね」
「随分と他人事だな。最悪、給金が支払われない可能性や一緒に巻き添えにされる可能性を考えてないのか?」
徒人はイラッときてその辺りを指摘する。
「確かにその可能性は十分にあるね。そうだね。その場合はラティウム帝國相手に大立ち回りでもするか」
「本当に他人事みたいね。まるで自分の事じゃないみたい」
「修羅場をくぐればこうもなるさ。自分だけ生き残る術も覚える。あんまりランキングだけ注目してると足元をすくわれるぞ。俺みたいな伏兵にな」
忠告なのか警告なのかよく分からん指摘をする。
「それよりも準備が出来たら災禍の祭壇へ向かうんだろう? 準備しなくて良いのか?」
「私はすぐに準備できる。全身鎧を着るのは簡単なんだ。それより君たちの方が時間が掛かるんじゃないのか?」
盾石の返答は淡々としたものだった。
「私はもう出来てる。この身と装備だけはもう用意してる。徒人もそうだと思うけど」
「では私が一番最後になりそうだな。待たせてはいけないので急ぐとしよう」
盾石は近くにあったドアを開いて食堂を出て行った。
「どう思う?」
「奴の事か? 元老院か?」
どっちの事か分からずに徒人は聞き返す。
「両方だけど元老院議長の方がより厄介ね。剣峰終に関して黄道十二宮の勇者だったと報告はしたんだけど他の件で突っつかれるかもね。何か弱みを握れたらいいか取引材料を見つけられたらいいのだけど……」
「俺らがノクスの意を受けて行動してるのが面白くないのか。典型的な権力争いだな。少なくとも2方向から魔王軍に攻められてるのに実に頼もしい事だ。……元老院議長を失脚させるなり黙らせるなりしないとこっちも危険って事か。トワに頼んで情報を集めてもらうしかないか」
この依頼なら災禍の祭壇近くにトワがやってくるのだからその時に頼むか。アニエスだけでは今の仕事にそれまでやらせるとオーバーワークだろうし。
「あっちの人にお願いしなきゃいけないとは笑えない。と言うか、こうしてると人間が敵なのか魔族が敵なのか分からなくなるね。本当に人間も魔族もドロドロしてるね。大人の汚い所を見てて耐性付いてて良かった。じゃないと右往左往してたかもしれない」
祝詞がぼやく。彼女に世渡りの才能があって助かった。
「俺たちは何をやってるんだろうな」
徒人が愚痴る。
「それは簡単だよ。帰る方法を探すのとそれまで生き残る事だよ」
「そう言えば、災禍の祭壇への許可が降りればこの世界に一番詳しい人物に会えるとか言ってたな。帰る方法に関してあればいいが」
祝詞の言葉にトワの発言を思い出した。
「可能性の話だったね。それでも調べてみないとね」
少し疲れた表情で祝詞が呟いた。




