第176話 私たちは魚座の勇者を殺す事をここに誓います
早朝にトワの所から抜け出して、戻ろうと思ったが彼女に見つかってしまい、計画は頓挫した。足首に鈴を着けられていた事に気が付かなかったのがその原因だ。結局は黒鷺城で朝食を食べる事になってしまった。
当然、こっちの方が食べる物に関して質がいいのは否定できない。その上、トワからアニエスの昔話を聞かされてその中でスープに浸さないと食べられないくらい硬いパンの話を聞かされてビックリしていた。
黒鷺城とラティウム帝國の食文化に感謝しなければ。そんなの絶対食べられないだろうな。
全員から離れてホスト席の斜め左に座っている盾石。その斜め向かいに座っていた和樹が座っていた。左右が開いてるのはアニエスを隣に座らせる為だろう。
十塚はホスト席の反対側に座っている。祝詞と彼方は余り仲が良くない筈なのに盾石から離れた位置で並んで座っていた。
「やっぱり、食べてきたんですね」
メイド服ではなくサラキアの市民が着てそうなラフな格好でアニエスが給仕を行っている。黒鷺城よりは質は劣るがそれをアニエスが知っているせいか量を多めに出してカバーしているように思えた。
全員から離れてホスト席の斜め左に座っている盾石。その斜め向かいに座っていた和樹が座っていた。左右が開いてるのはアニエスを隣に座らせる為だろう。
十塚はホスト席の反対側に座っている。祝詞と彼方は余り仲が良くない筈なのに盾石から離れた位置で並んで座っていた。
徒人は面倒なので和樹の2つ右隣に座った。
「ちょっとな」
「浮気野郎め」
その返答にツッコミを入れたのは祝詞だった。隣りに座っている彼方は徒人と祝詞を見て楽しいのかニヤニヤ笑っている。盾石は聞き流してるのか黙っていた。
「お口に合うと良いのですが」
「問題ない。貴女のような美人が出してくれた物だ。残さず食おう。……ただし私は朝から余り食べられる方じゃないのが残念だが」
盾石がそんな事を言っていた。駄目じゃねぇか。
アニエスもそう思ったのか微妙な表情をし、和樹は面白くなさそうに手前にあった正方形型のパンを取り、スプーンでマーマレードらしきパンにジャムを塗りたくっている。もう慣れたのか目玉焼きと厚めに切ったベーコンを挟んだサンドイッチを黙々と食べる祝詞と彼方とは対象的にホスト席の反対側に着いてお茶の入った陶器のコップを片手に十塚は笑いを堪えていた。
「食えないのなら気障な台詞を吐かずに黙って食え」
和樹がそれだけ言ってマーマレードを塗ったパンを噛る。
「朝からそんなに食えるな」
徒人は女子陣の食べっぷりを見てウンザリする。皿の上にはパン粉が落ちていた。
「和樹は2つ食べてデザート代わりに食パンっぽいのにマーマレードジャム塗ってるんだけどね」
彼方が湯呑みに入ったお茶を飲んだ後に言った。
「そうですよ。ご主人様。師匠は食べまくりです」
アニエスが事情を保管しつつ、前の家から持ってきた徒人の湯呑みにお茶を入れてくれた。
「魔力を空になるまで使い果す事が多かったからな。ここ数日はちゃんと食わないと回復しない。もっともお前は限界まで魔力使う事がないからいいじゃないか」
「その変わり体力は使い果たしたりしてるけどな」
自分で言っておいて徒人は嫌な気分になる。死にまくったり、限界ギリギリまで無茶苦茶したり、ろくな事がない。
「何!? それはどういう意味だ!」
「戦闘における意味でだ。生傷が絶えん。それ以外にあるのか?」
盾石のツッコミに真面目に返した。彼は残念そうな顔をしている。
「それよりも食べ終えたのなら全員に話があるのだけど」
妙に神妙な面持ちの祝詞が与太話を打ち切った。
「何を話すんだ?」
ただならぬ雰囲気を纏う祝詞に徒人が問う。同盟破棄ですとか言い出すのか気が気ではない。
「黄道十二宮の勇者についての方針と私の考えを伝えておきたい。例の件があって状況が変わったから」
祝詞を除いた全員が黙り込む。
「例の件があるとしても私は黄道十二宮の勇者を許せない。色んな件を含めてね。本当はあいつらと戦わない道を探すべきなのかもしれない。
でも私はその選択肢を選べそうにない。だからその方針が不満で抜けたい人間が居るなら抜けてもらって構わない。
正直、私は冷静じゃないと思う。でも今まで考えてみたけど考えは変わらないの。だから私の判断が間違ってると思って今抜けるなら私は何も言わないで送り出せる。と思う」
祝詞以外の全員が顔を見合わせる。別に抜ける為の算段ではない。誰かが抜けるのならばそれを邪魔すべきではないと考えていたのだと思う。
「当方は抜けないよ。前にも言ったけど借りがあるからね。少なくともあいつらブチのめしてとっ捕まえるくらいしないと気が済まない」
「俺もあの炎の魔術師と決着を着けないと黄道十二宮の勇者と和解なんぞないよ」
「小生はあんまり気が向かないけど乗りかかった船なんで降りるって言うの……消極的で悪いけど付き合う」
徒人と盾石以外の3人が各々の意見を述べる。
「徒人君は?」
「前にも言ったけど俺が和解するとかないよ。俺は黄道十二宮の勇者と最後までやり合うしかないんだから」
祝詞の言葉に徒人は答えてお茶を飲む。今でも12人の勇者を倒せば魔王神が蘇るなんて眉唾を信じる気にはなれないが余りいい気分ではない。
「君たちが言う例の件とやらに関して分からないが私は手伝おう。貰った分はきっちり働く主義なんでな」
今まで黙って成り行きを見ていた盾石が言った。やはり、気障な奴だ。
「どういう意味か。分かってるの?」
「いや、私に分かるのは麗しい女性が黄道十二宮の勇者と戦おうとしていると言う話にしか分からないがな」
祝詞の問いに盾石はそんな風に答える。冗談で言ってるようにも本気で言っているようにも見えて判断し辛い。
「つまり全く分かってないって事か」
和樹が残っていたパンの最後の一切れを口に放り込む。こいつも段々当たりがキツくなってきたな。
「本題に戻すよ。私がこんな考えに至った理由をはっきりさせておくわ。確かに死神勇者としての剣峰終を倒したのは私たちの仲間である徒人だから言えた義理じゃないかもしれない。
でも私の仲間であったパラディンの剣峰終を殺したのは魚座の勇者である惑海双葉と黄道十二宮の勇者。だから私は奴を討とうと思う」
その意見を聞きながら徒人は複雑な感情に囚われる。リーダーとして祝詞の言う事は正しい。内部闘争の目を外に向けさせて団結するのだから。
「敵討ちだな。理由はさっきも言った通り、あの炎の魔術師と決着を着けたい。例の条件については全員殺さなきゃ済む事だろう?」
「及ばずながら自分も手を貸します」
和樹とアニエスが真っ先に乗った。徒人としてはアニエスには冷静で居て欲しいのだが南の魔王軍の一員として勇者を倒しておく必要があるのだろうし、岳屋弥勒の件で気持ちが高ぶってるのかもしれない。
「惑海には当方も術に掛けられたことあるんだよね。だからやり返さないと気が済まない」
「今更反対する気はないんだよね。例の件があるから誰かとっ捕まえておくなりツテを使うなりすれば解決するんじゃないの?」
彼方と十塚が意見を挟む。
「例の件とは? 私にはさっぱりなんだが」
「隠しても仕方ないから言うけど、勇者を全員倒すと魔界の神たる魔王神が蘇るんだってさ」
「ほぅ。怖いな」
盾石は質問に答えた彼方に対して茶化す訳でもなく純粋にそう答えた。事の重大さを把握してないのか把握しているのかよく分からない。
祝詞が黙り込む徒人を見ている。ぐだぐだ言わずに答えろ言いたそうだった。
「俺が言えた義理じゃないがあの人と手を取り合えた可能性を潰した奴を許せない」
自分で言っててなんとも気の入らない言葉だなと思う。彼方が気にするなと言いたげに瞳を向けている。
「私たちは死神勇者を許さないが私たちのパーティメンバーだった剣峰終の仇である惑海双葉を倒す事をここに誓う」
『お!!!』
祝詞の声に全員が声を上げた。徒人は声を上げながらもどこか罪悪感が拭えなかった。




