第175話 双子の流星の童話
徒人はトワに風呂に連れて行かれた後、彼女の寝室に戻ってきた。相変わらず、個性的と言うか何と言うか、ベッドの向こうに棚が増えており見えないように布で覆われている。布が薄いのか何となく人形のようにも見えるが見るのは止めておこう。嫌な予感しかしない。
トワが髪を乾かしている間に徒人は寝室を見渡してみる。部屋の隅にある本棚を見つけ、本のタイトルを見てみるがこの大陸の文字ではないらしく全く読めない。その中で背表紙が妙に焼けてボロボロになっていた。相当古いものらしい。
よく考えると魔族は2000年以上生きるのであれば紙媒体で作られた物は天寿を全うするまで持つのだろうかと疑問に思ってしまった。
徒人は最も古い本を慎重に取り出した。よく見たらどうやら絵本のようだ。
「徒人、それは……出来れば見ないで欲しいのですが気になるというのなら見ても構いません。でも丁重に扱って下さいね。魔法で保護してあっても寿命が来そうなので」
ネグリジェに着替えて髪を乾かしている最中のトワが言った。割りと大事な物らしいので絵本に傷を付けるら怒られそうだが興味があったので近くの椅子に座ってから絵本をゆっくりと開いてみた。
文字は読めないが最初のページには仲良さそうにしている2人の少女の絵があった。1人は青い髪の少女でもう1人は赤い髪の少女だ。文字は読めないが意味はなんとか分かる。2人は仲良しと書いてあるような気がした。
「2人は仲良し。いつも一緒でした」
声がして顔をあげると頭からバスタオルを被っているトワが近くに立っていた。
「もしかして全部暗記してるのか?」
「全部と言っても大した文章量じゃないですよ。絵本なんですから」
それはそうなのだが絵本の内容は覚えていても書いてある事を全て暗記するほど熟読してるとは思っていなかった。
「そりゃそうだがそこまで思い入れがあるとは思わなかったから……ちょっとビックリしただけだ」
徒人は次のページを捲った。次の数ページには街に海に山に花畑と色んな所へ行ったりする2人の少女の姿が描かれている。二人共、本当に楽しそうな笑顔で。
「街へ行くにも、海へ行くにも、山へ行くにも2人はいつも一緒」
トワは本当に全てを暗記してるらしくこれまでのページ書いてある文を読み上げた。次のページを捲ると赤い髪の少女が1人で悩んでいる姿が描かれている。
「しかし、赤い髪の少女は悩んでいました。自分にない沢山の友人を持つ青い髪の少女に対して嫉妬していたのです」
トワが感情を込めて読み上げていた。
「トワは本当にこの話が好きなんだな」
「違いますよ。好きなんじゃなくてこの2人の話が頭から離れないんです。……理由は最後まで読んで貰えば分かると思います」
余計な事を言ってしまったと思った徒人は黙って絵本の次のページを捲る。そこには喧嘩する青い髪の少女と赤い髪の少女が描かれていた。赤い髪の少女は視線を合わせないように俯いて、青い髪の少女は泣いている。
「どうして私は貴方を一番の友だちと思ってたのに。赤い髪の少女は何も答えません」
入れ込んでいるのか、トワは悲しそうな顔で語る。次のページには星に姿を変えて天へと昇っていく赤い髪の少女とそれを手を伸ばして阻止しようとする青い髪の少女が描かれており、徒人には星になって天に昇って姿が天に召されたように見えた。これは死別のメタファーなのだろうか。
そして最後のページには赤い髪の少女の星は流星になって去っていく姿とその場に為す術もなく放心して座り込む青い髪の少女の姿が描かれている。
「大好きな友だちが去って取り残された青い髪の少女はいつまでもいつまでも泣き続けました」
台詞を読み上げるとトワは唇を噛んで黙り込む。
「別れが怖いのか?」
「はい。わたしは臆病者ですから、この《流星になった友だち》の話は堪えます。青い髪の少女はどうしていたら親友だった赤い髪の少女と別れなくて済んだのでしょうか? 彼女以外の友だちと別れていたら赤い髪の少女を失わずに済んだのかとずっと考えてます。答えらしきものは考えついても正解には辿り着けません」
徒人がした問いにそんな答えが返ってきた。普通に考えたら嫉妬に因る別離の話と考えるのが妥当なのかもしれない。しかし、徒人には寿命が違う者同士の話と受け取れる。もっともそれは勝手な想像でこの絵本の作者に聞いてみないと分からないが。
「解釈の違いなんだろうが俺には寿命の違う者同士が友だちになった話に見える。でもこの絵本が伝えようとしてる事はそんな事は関係なく嫉妬の話かもしれないし、すれ違いの悲劇を描いてるだけかもしれない。
トワの言うとおり、友だちをなくさない為にどうすれば良かったのかと言う話かもしれない。今挙げたようにどの解釈が正しいかなんて俺には判断できないよ。或いは選択による判断についての話なのかもしれない」
「徒人も考えすぎな所がありますね。わたしも部下に話したら同じ事を言われました。わたしはでもどうしてこの2人が別れる事になったのかが一番気になります。
そして、残された青い髪の少女の心中を思うと赤い髪の少女を恨みたくなる。昔、わたしは誰かに置いて行かれたような気がするのですよ。だから余計にこの流星になった友だちに関して特別な感情を抱いてしまうのです」
「あ、別に否定はしてないから。ただ、余り想い入れ過ぎない方がいいと言いたかったんだ」
徒人は絵本を閉じる。フィロメナの言った事の重みを痛感した。寿命の事を徒人にはどうにも出来ない。魔術師である和樹に聞いてみた方がいいかもな。アニメや小説で長生きしてるのは魔術師系だと言う根拠のない憶測と微妙な偏見だが。
徒人は絵本を傷付けないように棚に戻した。
「それじゃあ、今日はここで帰るから……」
徒人が帰ろうとした時、首に、両方の頸動脈の辺りに後ろから冷たい感触が触れた。
「徒人、何を言ってるんですか? あのベッドがキングサイズのベッドだと言う事は徒人も知ってますよね?」
声色こそ冷静で優しく聞こえるが振り返るのがちょっと怖い。
「凄く冷たいんですけどそれは何ですか?」
「嫌だな。わたしが徒人を傷付けたりしませんよ。氷水の中に手を突っ込んでいただけです」
徒人は首筋に這うように添えられたトワの指先に触れる。刃物とかではない。
「引っ越し初日から部屋に居ないのはマズイでしょう」
「大丈夫です。その為にアニエスが居て誤魔化したりしますから。それとも戻らなければいけない理由があるのですか? まさか、女?」
トワの両手を握りしめて徒人は向き直った。案の定、彼女は虚ろ目だ。近くの床を見ると氷水の入った桶が置いてある。足を冷やす為に持ってきていた物だったが手を突っ込んでても別に不思議ではない。
「……トワは俺がモテると思ってるの?」
取り敢えず、前から疑問に思っている事を聞いてみた。
「そういう問題じゃありません。モテるモテないに関わらず面白くありません」
トワの言いたい事は分かる。早朝に帰ればいいか。気が緩んだら眠たくなってきた。
「分かった。ここで一緒のベッドで寝るよ。早朝に帰るから」
徒人は逃げるようにベッドへと潜り込む。そして横になった。前から思っていたが上等な寝具を使っているだけあって徒人が使っていた粗末な布団とは比べ物にならない。
「朝は一緒に食べて行くんですよね?」
隣にやってきたトワが問う。そして強引に彼女の方を向かされた。答えないと寝かせてくれそうにない。
「食べていくから寝かせて」
そう言って徒人は眠りに落ちていく。なんか頬に液体が落ちてきたような気がするが寝てる間の事は──考えないようにしよう。




