第172話 蘇らない筈の女
物陰から現れた人物は浅黒で銀色の髪の女だがいつものウェスタの巫女装束とは違うラティウム帝國が死者に着せる白い死に装束だ。間違いなく死神に間違いで殺された筈なのに──
徒人たちは反射的に祝詞を囲んで守るような位置取りを取る。
「カルナ? 蘇生できない筈では?」
「確実に違う。カルナじゃない。死んでるのは確認したし蘇生も出来なかったのも確認した」
祝詞が顔から冷や汗を流しながら呟く。その顔色は真っ青だった。蘇生が出来るからこそ余計に衝撃が大きいのか言葉を失っていた。
「どうしたの? 妾の事を忘れてしまったのか?」
「ふむ。残念ながら直接相対した事はないのだよ。それに生きてる女は大好きだが死んでるのに好かれても楽しくないのだ!」
カルナの姿をした何かに盾石がワームポットから大剣を取り出して構えた。後半の余計な一言がダサい。
「幻術の可能性は?」
「魚座の惑海とか言う奴の幻術か。それなら私の感覚まで誤認させてる事になるけど……それはないと思う」
祝詞がありがたくない事を告げてくれる。
「じゃあ、あれは本物のゴーストかアンデッドか、それともゾンビだって話か」
「実態はあるでしょう。微かにホコリが舞ってます。霊体と言う事はない筈です」
「それに他にも何体か居るみたい。ヴァルトラウトの新しい出し物かな」
彼方が周囲を見渡しながら言った。言われてみれば変な視線を感じる。
「死んだら生きていた頃の付き合いもなしになるのかえ」
「……微妙にカルナのようでカルナじゃないような」
盾石を無視してカルナは徒人たちに話し掛けてくる。おかしいと言えばおかしい。例えるなら別人がその人物の人格を借りてるようなそんな違和感。
カルナはどこからか両手にメイスらしき打撃武器を持っていた。生前のカルナは書類整理の様子を見ている限りであるが女性にしては力持ちのように思えたがこのカルナは明らかに尋常ではない力を有しているように判断できる。
カルナが盾石に殴りかかった。盾石は様子見なのか大剣で攻撃を受け流しているばかりで自ら攻撃しようとはしていない。
「おや? とんだ客人が居るわね。まさか仮面の男とは……確か」
徒人たちを囲むように後ろから現れた男は見慣れた格好に見慣れた仮面を被っていた。忘れる筈がないこの男の名は──
「岳屋弥勒だね」
彼方が鞘から雷切を抜いて岳屋の方へと歩きだす。その歩みには緊張の欠片も見て取れない。だがワインを飲んだせいで多少酔ってる可能性があるのだが大丈夫だろうか。
「彼方」
「大丈夫。再生怪人如きに遅れは取らないよ。それに自分の刀で斬れなかったのが心残りだったんだよね。神の采配か魔王の采配かは知らないけどこっちは任せて。そっち任せるから」
徒人の声に彼方は背を向けたまま答えた。
「どけ! 貴様に用はない!」
「残念だけどこっちにはあるんだよな。首を刎ね落とされた時の借りは何十倍にして変えさせてもらうよ」
双剣を抜いて怒声を上げる岳屋に彼方は飄々とした感じで返す。それがかえって怒りを感じさせた。
「アニエス。ちゃんと処理したんだよな?」
「はい。火葬までは見届けてませんが魂が戻れないように阻害はしておきました。それでもあの時に説明した通り五分五分の筈ですが……」
アニエスは戸惑っている。もし、すぐに蘇生して敵になったのならばすぐに襲ってきそうな気がしなくもない。このタイムラグは一体。
「憑依とかは考えられないの? 蘇生じゃなくてネクロマンシーとか反魂の術とかならありそうじゃないの?」
「それって呼称が違うだけで全部同一の術じゃないか?」
突っ込まれた祝詞が睨んだ。仕方ないので和樹は黙っている。
「魔王の力を持ってすれば可能かもしれません。北の魔王ならば蘇生ともネクロマンシーとも違う魔の力を行使できるかもしれません」
「でもトワを見る限りそんな感じはないぞ」
徒人はカルナと対峙している盾石に聞こえないように小さな声でアニエスに問う。
「あの方はただの魔族ですから。北の魔王はそれこそサーガとかに出てくる化物で万の年月を生きていると言われています。さすがにあの方でも比較したら可愛そうですよ。ただの……人間で言う所のアラサー女子とか言われてる667歳と比較相手が神話レベルの化物ですから」
サラリとかなり酷い事を言っているアニエスに徒人は閉口する。だが告げ口は止めておこう。アニエスがガチで殺されそうだし蘇生されるだろうがアニエスが殺される姿は見たくないし、トワが殺す姿も見たくない。
「あの方は魔法のレパートリーと才能が回復系に偏ってますから……それよりも周りを警戒しておかないと岳屋が居ると言う事は妹がいる可能性もありますから」
アニエスの言葉に徒人は彼方と盾石の戦闘に目配せしながらも周囲の警戒の為に周りを確認するが誰も居ない。
岳屋が彼方に双剣を持って襲い掛かった。左右から繰り出される小剣を余裕で流しながら攻撃仕返す。以前と戦った時よりも岳屋は強いと言うか剣速が早い気がするが彼方はそれすらも上回っている。
しかし、雷切が纏う雷属性に対して耐性があるのか傷は追わせていても効果が薄いように見えた。やはり、生きて蘇っているようには思えない。普通の人間なら電気で焦がされたら皮膚に痕が残ったりする筈だ。
前と同じ状況である。首を刎ねられた時の光景がスローモーションのように過る。横目で盾石とカルナの戦いをチェックするが防戦一方で押されていた。最悪の場合はこっちの面倒もみないといけないか。
「徒人君、一応、最悪の事態は避けれるようにお願い」
彼方と岳屋の対決に視線を戻しつつ、肯定の返事を返す。
「なあ、仮にこれが魔による者の蘇生だとして腐っても勇者が受け入れる物なのかね。例え、魔王の血と臓器を自分の体に移植していたとしても……」
「ご主人様、生き返らせてくれるのなら神だろうが魔王だろうか一々細かい事を気にしたりしないと思います。あいつは生に執着していましたから」
それだけ言ってアニエスは押し黙った。先代の南の魔王に世話になったらしいから岳屋は仇と言えるのに落ち着いているように見えるのがかえって怖い。結局、この場の全員が全員冷静ではないと言えるのか。
徒人が視線を彼方と岳屋の戦いに戻すと彼方は雷切で双剣の、小剣の片割れを弾き飛ばす。彼方が機会を待っていたとばかりに首刎ねを狙う斬撃を放つ。奇しくもあの時と似たような状況になる。
「五光聖双子星!」
一気に決着を着けるつもりだったのか、岳屋が叫んだ。自身と分身に寄る前後挟み撃ちによる本体と分身体による連続攻撃。彼方が首を刎ねられた時は二人がかりだったが──
また同じ事が再現されるのかと思った瞬間、彼方が雷切を手放し、一対の短刀を、陽光の双子を手にしている。
次の瞬間、遅れて対応したのにも関わらず彼方は岳屋の攻撃を叩き落とし、同時に奴の両腕を切り裂いていた。そして、左手に持つ炎の短刀で胸部を貫き、右手に持つ光の短刀で顔面を突き刺す。
岳屋はまだ呻いていた。やはり人間として蘇生していない。
そんな岳屋にとトドメを刺すべく彼方は石畳に手放していた雷切を足で蹴って宙に浮かせ再びその手に取る。そしてそのまま、袈裟斬りに岳屋を斬った。雷切は岳屋の右鎖骨から左脇腹へと抜け、その胴を真っ二つに分かった。
意志と力を失った肉塊と化した岳屋の肢体は左右ともに石畳へと無造作に転がった。血は流れなかった。そして、そこが底なし沼であったかのように2つに分かたれた岳屋の体は沈むように消えていった。
「亡霊、そう何度も同じ手は通用しないよ。それはまた来ても同じ事だし」
彼方は怒りを込めた言葉を吐き捨てた。そして盾石の方へと向き直る。
「やはり、勇者でも屑は屑か。今日はここまでにしましょう。所詮挨拶ですし」
盾石と戦っていたカルナが大きく後ろに下がる。だがその移動の仕方はまるで夜の闇に溶けるかの如く移動していた。ただの人間だったカルナに出来る芸当ではない。
「待て! 逃げるのか!」
「妾は逃げも隠れもしませんよ。またお会い致しましょう。それまで妾が恋しくないようにのう」
盾石の挑発には乗らず、カルナの姿をしたそれは最初から居なかったかのように闇の中へと消えた。




