第171話 思わぬ再来
ノクス邸で昼食会を済ませたらおやつの時間を過ぎていた。それから一休みして手近な荷物を持って墓所の隣に立つ洋風建築に引っ越しを済ませたら既に夕日が傾いている状況になっている。
食材も何もないんだねと食料庫を見た彼方の指摘にサラキアの街へ戻って全員で買い出しとなった。盾石は相変わらず付いてきているが真意は読めない。当人曰く雇われた契約上付いてきているだけなので気にするなと言っているので出来るだけ気にしないようにする。
取り敢えず、市場で食材などを買えたのは良かったのだが太陽は地平線の向こうにその姿を消そうとしていた。サラキアの街に落ちる影は迫ってくる夜の闇に飲み込まれつつある。この世界では夜は人の領域ではなく向こう側の領域なのだと実感してしまう。
もっともトワと行動を共にしていると日が沈んで日付が変わるまでに寝てしまうのが習慣だったので余り魔族と言う存在に対して夜活動するイメージは余りない。
「前にもこんな事があったな」
「襲撃するのにはもってこいの時間ですからね」
和樹の言葉にアニエスが笑えない反応を返す。周囲を確認すると通りには人が居るが全員が急ぎ足でこちらには関わりたくないのか早歩きで立ち去って行く。
「みんな、稀人に関わりたくないんだ。関わってもろくな事にならない。その上に巻き込まれたら大損だし、特に黄道十二宮の勇者が現れてからこんなものだ」
十塚が誰に対して話すでもなく呟いた。
「それまではサラキア市民の反応はマシだったのか?」
好奇心でそんな事を聞いてみた。
「全然。稀人なんて彼らからしたら生物兵器みたいな物だから元々からよくは思われてない。どこから来たかなんて分からないし、暴れた奴も居たから」
十塚の返答の中身は想像していたが愉快な気分にはなれない。
「得体の知れない者なんてどこでも鼻つまみ者さ」
「貴方に対しては稀人とかサラキア市民とか関係ないと思う」
勝手な事を言う盾石に祝詞は冷たい言葉を浴びせる。まだ相手をしてやってるだけ優しいとも言えなくもない。後は盾石がスパイじゃないか突っ突いてボロを出すかどうか調べている可能性はある。今は彼女の好きに行動させた方がいいと判断して任せておこう。
「で今はそんな態度になった訳か」
「厳密にはサラキアの市民が悪かったんだがな。以前は召喚を望んでない稀人も呼ばれてた時期の頃だから煽られたら喧嘩もするさ」
「昔の話だな。私もよく知ってるから懐かしいよ。あの頃はもう少し愛嬌が良かったんだがな。サラキアの女性たちも」
十塚の話に茶々を入れてくる盾石にイライラを覚えるが構うと話が進まないので徒人は流す。
「何が原因で煽られたんだ?」
「殺された妻子の陰口が原因らしい。しかもその妻になった女性はサラキアの出のこっちの人だったと聞いてる。煽られて市民に手を出した男が勇者だったと聞いた。皮肉と言うか、勇者の現実と言うべきなのか……」
「狡兎死して良狗煮らる、か。まだ魔王を倒しても居ないのに勇み足で笑えないな」
トワが言っていた諺の意味を考えながら徒人はため息を吐く。
「その当時は南の、先代の南の魔王が倒れてすぐの時期だったからな。勇者が複数いると派閥が出来るんだ。どうしても前衛で戦える職業の勇者の方が優遇されてしまうから。先代の南の魔王を倒した双子の兄妹は特に人気だったし」
「双子の兄妹については触りしか知らない喧嘩した男の話なら私も聞いてる。その男の名は鴨野教士。水瓶座の勇者と言われた男だ」
十塚の当時の話をそれぞれが黙って聞いている所に盾石が口を挟んだ。
「それでそれから水瓶座の勇者はどこへ行ったんだよ?」
「知らん。私が知っているのは鴨野が市民と騒動を起こした後、捕らえられ、投獄されたと言う話だけだ。噂では死んだと言われていたが先の死神襲撃事件からすると黄道十二宮の勇者を率いているのは奴のようだな。噂など当てにならないものだ」
徒人の問いに盾石は吐き捨てるように言い放つ。徒人に対しての感情ではなく一連の件に憤ってるのだろう。
サラキアの市民が普通にしていると思い込んでいたのは失策なのだろうか、それとも単に自分とトワの事を優先するあまりによく観察せずに市民の視線と態度など考えてなかったのかもしれない。
「要するに誰かが鴨野を逃がすか死を偽装してラティウム帝國に仇成すように動かしてる人物が居た訳だろう。そいつがこっちにも刃を向けてこなければいいが」
「そいつよりもその鴨野の方が厄介じゃない? こっちで得た妻子を殺された訳でしょう? 復讐に凝り固まってる奴が首魁の方が質が悪いと思うけどな」
和樹の言葉に彼方が意見を述べる。
「死神を倒されたのを怒って報復してくると」
「多分ね。いきなり銃口向けておいてなんだよそれって思うけどさ」
和樹と話を続けながら彼方が苛ついている。多分、その様子を見ると普段は冷静な筈の彼女がかなり怒っているのが分かる。
「それで話を変えるが執政官殿に関してのノクスが本当の事を言っていると思うか?」
「嘘は言ってないと思う。元老院もユリウスが当たりを引ける稀人召喚に関して探りたがっているのは事実だし、ノクスも不思議がってる反応に関しておかしな点はないと思う」
徒人にの問いに祝詞が答える。
「真偽については自分も間違いないと思います。ただ嘘を真実だと思い込むような状態でなければの話ですが」
アニエスが祝詞の推測を補足した。
「こんな状況でも稀人召喚を続けさせていいのだろうか?」
「世界が、私たちが居た世界が5年以内に全滅しているのであれば稀人召喚は救済とも言えなくもないがな。もっともこっちの世界での扱いに納得がいくかいかないかは除いての話になってしまうが。だがここで議論しても仕方ないだろう。たらればを話しても話は進まない」
徒人の疑問に盾石がツッコミを入れる。
「非難してるのか?」
「違う。今、起こる難題に対処すべきではないのかと言っているんだ。丁度、君たちが言っていた死者の目撃例があるなら黄昏時の今をおいて他にないとは思わないか」
盾石の真剣なのかはぐらかしているのかよく分からない態度にはイラつくが死者の目撃情報が本当ならば出てきてもおかしくない頃ではある。
「どっちかと言うと私的には丑三つ刻の方が馴染みがあるんだけどな」
祝詞がそんな事を呟く。呪いや藁人形が身近にある為にそんな事を言っているのだろうが暗闇が広まり始めたこの夕暮れにはあまりありがたくない発言だ。もっとも幽霊だろうとゾンビだろうとアンデッドだろうと今のこの世界では倒せる存在でしかないが。
突然、祝詞の足が止まった。
「どうしたの?」
「……居る? この感覚、久しぶりだな。こっちじゃ味わう事なんてないと思ってたのに。しかもこんな街中では初めてだよ」
不審に思った彼方の声に祝詞が答える。
「死者? 幽霊が出てきたとでも?」
「うん。霊が出た時の反応。神霊の祭礼では殆ど感じなかったのにな。それ以上に強い波動を感じる」
徒人の確認に祝詞が笑うしかないと言う表情を浮かべている。確かに背中に氷の中に突っ込んで冷えた手で触られているような気持ち悪い感触があった。
「出る時の状況と言うのは人が居なくなるものなのだな」
盾石の声は震えていた。徒人が辺りを確認してみると先程まで歩いていた市民はどこにも居ない。
「妾の事を覚えておるか?」
前方で声がして建物の影から滑り出てくるように人影が現れた。




