第169話 3人目の盾役
「気持ち悪いんだけど。それに仲間が死んだのに随分と冷淡なのね」
礼のつもりなのか握手を求めてきた盾石に祝詞が冷たく言い放つ。レオニクスに終。近寄ってくるのを警戒するのは当然だがその2人は祝詞が選んだので何とも言えない。もっともレオニクスはラティウム帝國の手先で十字架教の二重スパイだったし、終は目的があって近付いてきた工作員だったので彼女に全ての責任を負わせる訳にもいかないのは確かではあるがこうも露骨にあれな人である盾石を見るとかえって怪しくないように思える。
あれだ。推理小説やミステリー系で犯人だと思われていて途中で犯人に殺されるような感じを受ける。フルフェイスの兜を被って顔を隠している相手に失礼だが。
「雇われ者の傭兵パラディンだからな。それに女性陣の私への扱いが酷かった」
「言動を見ると自業自得だと思うが」
徒人は祝詞の隣に立つ。一応、リーダーに訳の分からん輩を近付けさせる訳にはいかない。
「失礼だな。……白咲祝詞のパーティの剣士と言う事は君が神蛇徒人か」
「だとしたらどうなんだよ?」
「握手してくれ。逆賊である十字架教の岳屋弥勒を葬り去り、黄道十二宮の勇者の死神部隊を壊滅に追いやり、西の魔王軍の三大幹部ファウストに手傷を負わせて撃退したヒーローじゃないか。是非頼む」
ヒーローと言う言葉に徒人は鼻先がムズムズするのを感じた。正直、全く嬉しくない。どうせ、握手を求められるなら女の子にしてくれ。
そこで徒人は死神勇者である終の件を思い出す。この件が広まってないのは幸いだ。ノクスが上手く手回しして処理してくれたのだろうか。何れにせよ。彼女の件が広まると徒人たちまで疑われかねないので助かる。
『徒人。わたしも女の子に入ってますよね?』
心の中に響く声に徒人は自分の心臓の辺りを見た。この指輪は──色々と言いたくなったが敢えて黙っておこう。
『徒人、返事は、はい。ですよ。それに徒人。徒人には内緒で指輪の機能を拡張しておきましたから大丈夫ですよ。今まで以上に隠そうとしても聞こえるようにしておきましたから。うふふふふふ』
虚ろ目で徒人以外の人物が傍から見ると物凄く不気味に映る笑みを浮かべるトワの姿が見えた気がした。多分、幻覚じゃなくて実際にそんな風に笑っているのだろう。冷や汗が流れていくのを感じる。
『……いつの間に、はい』
今はそれどころじゃない目の前の盾石に対応しなければならない。
『今はそれどころじゃないですか。確かに面倒そうな事態ですね。後でゆっくりと話しをしましょう。ですから気をつけて下さいね』
トワは言うだけ言って話を打ち切ってしまった。多分、ずっと聞いてるつもりだろう。外せない位置に埋め込まれた盗聴器みたいだ。
「どうした? 握手してくれるのか、握手してくれないのか?」
「ちょっと引いただけだ。どうして握手したい? そっちなのか?」
トワとの会話を悟られたくないので適当に誤魔化しの言葉を並べる。
「失礼だな。俺はノンケだ。お前と握手してご利益にあやかれば女に持てるかもしれないじゃないか」
徒人は頭痛がしてきたのを感じた。だがこれも相手を油断させるポーズかもしれないので警戒しておく。
「本当に握手したいならガントレット取って顔を見せろよ」
それに応じて盾石はガントレットを外して小脇に挟んで両手で兜を脱いだ。結論から言うと顔は日本人にしては堀が深くて整っている気はしなくもない。だがその漂う雰囲気でオタクっぽさとは違うモテナイオーラを感じる。多分、喋り過ぎでウザい方のコミュ障なのかと直感で感じた。
「これでいいか? 早くしてくれ」
盾石が急かすので徒人は警戒しつつ、右手を出した。それを盾石はありがたがるように両手で握手する。ミーハーかよ。
「これで私も明日から持てるかもしれない」
握手し終えた盾石は兜を被り直してガントレットを填め直し、ガッツポーズをしている。俺にそんな御利益があるなら触れた奴が全員モテてるよ。
隣に立っていた祝詞が心底嫌そうな顔をしていた。そして大変ねと他人事のように呟いてくる。助け舟くらい出してくれてもバチは当たらないだろうに。
「そんな訳ないだろう」
徒人は握手した右手を確かめる。針とかで刺してくるような罠ではないようだ。
「大丈夫だ。俺から逃れられた奴は女しか居ない!」
ジョークなのか事実なのか判断に困る事を盾石は叫んだ。バックアップをしていた連中が顔を上げて胡乱げに盾石やその周りを見ている。頼むから俺たちまで含めるな
「それって自慢になるの?」
「自虐かと」
彼方が近くに居た和樹に問う。背を向けていたアニエスが後ろ姿で早く終わらせてくれと言わんがばかりのオーラを漂わせている。気持ちはよく分かる。俺も早く切り上げて家に帰りたい。
「モテないのは口が悪いせいだと思うが」
「俺もそう思う」
徒人の独り言にレインボーロッドを抱えて大事そうにしている和樹が同調する。文句を言ってくると思えば、盾石は1人で勝手に盛り上がっていた。確かにこの様子を見れば相手をしたくないのも分からなくもない。
「スパイっぽくはないね」
十塚もやってきて感想を述べる。大人なんだから助けてくれと言おうと思ったが彼女の性格からすると「小生に面倒な事を押し付けないでくれ。この手の手合は苦手なんだ」と返ってきそうだったので止めた。
「ふりには見えませんね。あくまで自分の経験上の判断ですけど」
アニエスもやってきて徒人と祝詞の周囲に5人が集まる。彼方は盾石を観察しているのか黙って独り言を聞いていた。
「取り敢えず、何を探していたか聞かないといけないんじゃないか?」
「それはあるね。何を探していたかを、目的の物を聞こう。盾石さんはちょっとこっちに来てくれないかな」
徒人の一言に祝詞が思い直したのか、盾石を呼ぶ。
「なんだ。今、これからのモテ期が到来した時のプランを考えているんだ。出来れば後にしてくれないか。それとももうモテ期が到来なのか?」
「握手したんだから話を聞かせてくれ」
徒人の発言に盾石は少しだけ嫌な表情を浮かべたがすぐに消した。
「仕方ないな。ご本尊を無碍に扱う訳にもいくまい。私に何が聞きたい? 答えられる事なら全部答えるぞ」
「貴方たちパーティは元老院議長から何を探すように依頼されたの? それを知りたい」
「残念ながら詳しくは知らない。だが私たち先史時代の人間じゃなければ見つからない物に入ったものの情報と言っていた。だがこの時代にパソコンやUSBメモリーの類が残っているとは思えん。だから別の物だろう」
祝詞の問いに盾石はあっさり答えたが肝心な情報は言わない。
「それしか分からないの?」
「少なくとも私は聞いていない。雇われなのでな。リーダーが召喚に関してとだけ言っていたがそれ以上は知らないし分からない。……あともう1つ言っていたな。より強力な稀人を呼ぶ為の選定だと」
その一言に徒人を含めた5人は言葉を失う。
「そしてこうも言っていた。その情報を持っているのはユリウス執政官のみだと。私は話したぞ。これを知っているのは私と君たちだけだ」
盾石は口の端を上げて笑ってみせた。ただの馬鹿じゃなかったのか。今回の件は元老院議長がユリウス執政官に対抗する術を探しているのは間違いない。そういう意味ではノクスについた徒人たちに対してユリウス執政官のノーリアクションが気になる。泳がしているのか取るにならない事なのか、それとも奥の手を用意してあるのか──
「それは貴方を雇えと言う事なの?」
「ペラペラ喋られたい事ではないだろう。あ、御利益が欲しいのは本当だからな」
その返答に祝詞が何かを考えるように押し黙る。答えは決まっているのだろうが駆け引きなのだろう。
「……仕方ないわね。抑え役が欲しかったところだから渡りに船と船頭と言う事で暫く雇ってあげるわ」
「さすが、白咲祝詞。感謝する」
「ただし、パーティ内での恋愛は禁止だから」
釘を刺すように祝詞が言ったがピクッと反応したのはアニエスと和樹だった。
「あともう1つ聞かせてくれ」
盾石が何だと言いたげに徒人を見る。
「死者が蘇ったと言う話を知ってるか?」
「今流れてる噂だろう。残念ながらそれ以上は知らない」
盾石はそう返答した。兜で目以外を覆われているせいで徒人にはその表情が読み取れなかった。




