第167話 その男の名は──
それからもう一度襲撃されてターンテーブルは下に着いた。ここは異世界ではなくて地球なのだけどターンテーブルで襲われる所までお約束を守らなくてもいいのにとうんざりしてくる。
ターンテーブルの床が油まみれになってるのを見て余りここには居たくないと思ってしまう。引火したら笑えない。こういう流れだと引火しそうで困る。フラグを立てる前に逃げるのが一番早い。
「《ボイス・ウォール!》」
祝詞が防音の魔法を掛け直す。白い壁が現れすぐに消えた。
「早く出よう。ここで手間取りたくないし、通報が行ってるだろうから機械歩哨がウジャウジャやってくるだろうし」
「だろうね。でもこれ帰りに使えるか」
「別の昇降機を、ターンテーブルを使った方がいいかな」
祝詞、十塚、和樹がそれぞれの意見を口にしながらターンテーブルから降りる。徒人も慌てて後を追ってターンテーブルから離れた。
「それでどこに居そうなんだ? その山田パーティは?」
「上田ね。上田。田中じゃない」
徒人の間違いに祝詞が即座にツッコミを入れてきた。恥ずかしいから指摘するのは止めてくれ。
「それはどうでもいいけど急ごう。闇の神よ。我らの足音を殺し、我らの吐息を殺し、我らの敵からその姿を隠蔽せよ。忍手!」
十塚が唱えた魔法によって徒人たちは黒い霧に包まれ、そしてすぐにそれは霧散した。
十塚が走っていく方向に通路が見える。彼方、アニエス、和樹、祝詞、徒人の順で続く。誘い込まれていないだろうな。
「それよりメタルストーカーって名称はどこから付けているんだ?」
「聖隷さんにラーニング、学習させたら出てきたよ。こいつ、データを覚えさせようとしないと最低限の情報しか覚えないから最悪だけどね。まるでアプリの入ってないコミデみたいに役立たずだから。神蛇さん知らなかった?」
彼方から返ってきた反応に徒人は絶句した。スマホとか全部の機能を使いこなせる方ではないがこの反応は辛い。ゲームしかしてないとは言えない。つーか、彼方はゲーム以外にコミデをフル動員してそうだが──
『人間の補助をするナビゲート聖隷は不便なんですね。魔族のナビゲート聖隷は生活の知恵とかも教えてくれるのに』
トワが完全に他人事として呟く。本来は人間と魔族の状況を考えれば当然なのだろう。人間と魔族の生活基準の違いから考えると彼女たちの方が生活レベルが良かったのはそのせいなのかもしれない。
「神蛇さん、電子には疎い世界から着てるから仕方ないか」
「お前、何気に酷い事を言ってないか? 爺扱いされてるみたいで納得出来ないんだが……でどうするんだ」
徒人はずっと出したままの聖隷さんを呼ぶ。聖隷さんと言うか光の球体は何やらジリジリ音を出していた。なんだか昔のPCみたいだ。そんなやり取りをしている間に通路が見えてくる。
「大丈夫。神蛇さんの居た世界に対しても言ってるから。えーと普通に命令したらやり始めるよ。データ交換もできるから一気に覚えられるから問題ない」
「なるほど、後で頼むって余計に酷いわ。でも彼方の世界の方が一番進んでるのか」
「多分、当方の世界が一番の時間軸なんじゃないかな。地球の文明が興亡を繰り返す間に技術革新の速度が上がってると思いたい。逆だったら悲しいじゃない」
彼方は前を走りながら願うように呟いた。確かに時間軸が進む度に退化してたら笑えない。例え滅亡の運命を辿っていたとしても過ちが修正されて居て欲しいと思う気持ちは分からなくもない。
「通路に入るよ」
十塚の言葉が響く。前後左右に天井にも異常は感じ取れない。もっとも罠かも知れないがターンテーブルの近くでボーッと突っ立って居たら機械歩哨たちに襲われる羽目になるのは御免こうむる。
「罠じゃないよな?」
「ここに放り込まれた時点で元老院の罠である可能性も捨てきれないけどね。あいつらにしてみれば元皇帝の妹と近い私たちは消えてもらった方がありがたいと思うんだけど」
祝詞の言葉に徒人は押し黙る。
確かにそれは言えてるし、多少間違いはないだろう。でも全方位を各魔王軍に包囲されてるのに随分と暢気な話ではある。現実が見えてないのかとも思わなくもないが権力者はしばしば権力争いに走り出す傾向があるのはどこの世界、どこの時代でもないとは言えないし、こんな状況だからこそ権力争いに終始するのかもしれない。
『それはありますね。ラティウム帝國は消耗品で騙しやすく且つ強力な稀人を呼べる。その点においては各魔王軍と較べて圧倒的に有利と言えるかも知れません。各魔王軍の連携も拙いどころかいがみ合ってますし』
トワがサラリと重要な事を言ってのける。俺が聞いて大丈夫なのかと徒人は思ってしまう。
『徒人になら聞かれても大丈夫ですよ。貴方はわたしを裏切りませんから』
心の声が漏れていたのか、トワが凄く自信満々で返す。
『確かにそうだけど読心術とか使ってくる相手だと情報を盗まれないか?』
『その可能性はありますね。わたしが全部本当の事を言っていたらですけど』
フフフと笑い声が聞こえてきそうなトワの返答だが内容が内容だけに笑う気にならない。
「向こうで音がする。誰かが戦ってる」
彼方が叫んだ。確かに通路の奥で音がする。
「許可を取ってここに潜ってるのは上田パーティだけだから間違いないかな。こっちに襲い掛かって来なきゃいいけどありそうなんだよな」
状況を想定しながら祝詞が呟く。救援が来るような状況だとは聞いてないだろうし、そんな予定でダンジョンに潜るパーティは居ない。遭難する事を前提で山に登るようなものだ。もっとも保険金欲しさにやる人が居るかもしれないが。
「全滅し掛かってても自分たちの責任になる可能性がありますよ。幾ら条件闘争の時に念を押しても翻してくるかもしれませんし」
「それをやると元老院の信用が失墜して最終的にブーメランになるからやらないと思うがどうかな」
アニエスの懸念に十塚が指摘するがないとは言えない。
「前に一度だけありましたので一応最悪の事態を想定しておくべきかと」
その言葉に十塚が黙り込んだ。
「後は機械なんだから録音した音声でやらせとかだな」
和樹が嫌なツッコミを入れてくる。確かにあるあるだ。マシンたちは普通に人間が使っていた武器も使用して居たのでお互いの武器で鍔迫り合いして騙している可能性は捨てきれない。
『徒人、冗談ですからね』
『分かってるから。ちょっと敵が来たみたいだから黙るよ』
『はい。終わったら声を掛けて下さい』
そんなやり取りをしている間に十塚がL字型になっている通路の奥を覗く。多分、視力を向上させる魔法を使ってるのだろう。彼女の後ろから覗いてみるが何にもしていない徒人には何も見えない。ただ照明を破壊された暗い空間から金属音が響いてくるだけだ。
「思ったよりも不味い。上田パーティの半数近くが床に倒れてる。介入して助けないとヤバイかも」
十塚の言葉に全員に緊張が走る。この場合は帰ってから元老院議長になんて言われるかが問題かもしれない。
「なら助けましょう。全滅してから報告してラティウム帝國に追われる身になるのは悲しいから。いずれそうなったとして今そうなる必要はないし」
祝詞が迷う事なく判断を下す。
「それが今戦ってるのは男のパラディンらしいのが防戦一方なんだよね。あとの5人は床で倒れて反応しない」
もう一度、徒人は目を凝らしてみるがやっぱり見えない。
「罠の可能性が除外出来たのなら突入するタイミングを教えて。生きてるのは助けて。倒れてるのは持ち帰って外で蘇生しましょう。出来たらだけど。和樹はエスケープをいつでも使えるように。じゃあ、準備して」
祝詞の言葉に徒人を含めた全員が準備をし始めた。




