第17話 奪い合いの開始
徒人たちは夜の新市街地の外れへと来ていた。辺りは街頭の明かりで暗過ぎはしないが昼間よりは視界はきかない。明かりの灯っている民家は少なく住民たちは寝ているのではなく息を潜めて炎の妖精が来ないことを祈っているようだった。
辺りには人影はなく徒人たちだけが街外れに佇んでいる。目の前には地下水道へ降りる通路が大きな穴を開けており見える範囲で焦げたような跡が残っていた。
「改めて家屋を見ると石造りだね」
「ローマン・コンクリートと言うらしい。オレたちが思ってるコンクリートとは違うらしいが」
祝詞の感想に土門が珍しく答えた。それを珍しいことだと思いながら徒人は後ろから付いて来たアニエスに視線をやる。詰め所の受付嬢曰く彼女がうちのチームの監視役で炎の妖精を倒したかの確認役らしい。元々職業しての執事やメイドはこういう雑務を兼ねている場合が多いらしい。このラティウム帝國だけでの役割らしいが──
「石とコンクリの建物でもやっぱり燃えたらヤバイか」
「そりゃ耐熱温度と中の人間が煙に巻かれたり、蒸し焼きになるか焼け死ぬからね」
徒人の言葉に土門が返す。
「それに数年前に大火があったらしいからここの連中は火事が苦手なんだよ。精神的にな」
レオニクスが血を吐くような苦悶に満ちた表情で言うがすぐに普段の気だるそうな顔付きに戻る。別に同情した訳ではないがそれを追求するのはよした方がいいと徒人は思った。
「そう言えば皮の帽子から金属製の兜か」
話題を変えるために土門に聞いた。炎で融けたりしないかが心配ではあるが──
「革製だと燃えるから徒人は頭の防具は後回しでいいのか?」
「良くはないんだが視野が狭くなるのを嫌ったから後回しで」
彼方のように鉢金でも買っておけば良かったと思わなくもないが予算が尽きてしまったのだから仕方がない。
「ブーツ新調して即燃えたら泣く」
彼方が珍しく女の子らしい発言をした。
「その時は半分出してやるよ。元々は俺の氷魔術が原因だしな」
「ありがとう」
和樹の言葉に彼方が頭を下げる。
「それよりもその炎の妖精はどこに居るんだ?」
徒人は肝心な事を聞き逃していた事を思い出す。
「ねぐらは新市街地の地下水道の奥らしい。特殊兵向けの酒場で聞いてきた」
和樹が意外な答えを返した。途中で居なくなっていたのはその為か。
「取り敢えず、私たち以外に特殊兵3パーティか。意外に少ないね」
「俺たちの回で炎に有効な氷系魔術を使える奴が少ないからだろう」
祝詞の疑問に和樹が答えた。氷が不人気だというのがこういうところで仇になったかと徒人は肩を竦める。錬金剣士になったのは剣魔法の氷を覚えて剣の攻撃を有効にする為だが──
狭い場所で下手に炎系の魔法を使えば制御が心もとないとこっちが全滅すると言う話か。
「ラッキーだと思えばいいんじゃないかな。オレはそう思うよ」
土門が呟く。
「あ、忘れるところでした。皆さんにこれを渡しておきますね」
珍しく黙って控えていたアニエスがショルダーバッグから何かを6つ取り出した。首から下げられるように紐の付いた赤い竜のウロコみたいな塊だった。
「アニエス、これは何?」
「本物ではないですが火竜のウロコと言われるお守りです。ほんの少しだけ炎を減退する事ができます。こんな物でもないよりはマシでしょう」
そう言ってアニエスはそれぞれに渡し始める。彼女が言うのだから間違いはないだろう。
「はい。ご主人様」
「ああ、ありがとう」
徒人は受け取ってそれを首から下げた。気持ち炎に強くなった気がする。気がするだけだが──
誰かがこちらに来る気配がした。足音は6つか?
「お客さんかね」
「みたいですね。しかも特殊兵かと」
レオニクスとアニエスが警戒を促す。
街灯に照らされてない薄暗い闇の中から出てきたのは早希一行だった。早希本人は盾騎士から正騎士に昇格しているようだ。これは【職業鑑定1】のスキルのお陰だ。ただ最低限くらいしか分からなかったが──
「こんばんは」
リーダーらしき僧侶の少女が挨拶してくる。
「ども、こんばんは」
徒人が構えてると祝詞があっさり返した。警戒心がないのではなくて先に合わせて毒気を抜く戦術なのだろうか。それを察してるのか戦士の少女はこっちを睨みつけているし、彼方は左脇をかくようなふりをしながらいつでも抜刀できる体勢だった。
徒人は前に出つつ、和樹はさり気なく後ろに下がってくる。
「ハナ、やめなさい。彼らと戦いに来た訳じゃないでしょう」
早希の叱責にハナと呼ばれた戦士がその一言で剣の柄から手を離す。その様子は明らかに仕方なくといった感じだった。
「先に行かせてもらっていいですか?」
魔術師然とした姿の少女がオズオズと問う。一見小動物風なのだが目の光がそうじゃない。天然のふりをしてブリッ子してるような印象を徒人は受けた。
「どうぞ、私たちは物見遊山で見学に来ただけですから」
祝詞がニコニコ笑顔で右手を地下水道入り口を指す。勿論、大嘘なのだがこちらに興味をなくしたのか、早希一行はいそいそと大きな口を開けた通路入口へと入って行く。早希は最後尾で一礼した後、最後に地下水道へと入って行った。
「相変わらず嘘が上手いな」
「徒人君、貴方分かってないわね。私の嘘なんかバレてるよ」
祝詞は徒人の言葉をあっさり否定した。
「だから慌てて降りていったのよ。ところで戦力は分かった?」
祝詞が和樹の方を向いて質問する。
「魔術師は炎、氷、雷とバランスよく覚えてるよ。だからバランス型だな」
「よく分かるな。俺は神前が正騎士になってた事しか分からなかった」
「鑑定のスキルさ。魔術師同士なら分かる……錬金術士になればもう少し詳しく分かるかもしれないけどな」
徒人は和樹の言葉に納得する。
「対人戦するなら鑑定系スキルは必要かな。取り敢えず、近道から行きましょう」
祝詞は隣の方にあった井戸を示した。何となく事情を察していたレオニクスとアニエス以外はその提案に徒人を含めて全員が嫌そうな表情をしていた。




